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【新装版】オレンジボイス 〜女装してアイドル声優になった結果、周りが地雷だらけで詰んだ件〜  作者: 乙希々


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オーディション②

 ──長編アニメ映画『僕たちは終末の世界でアオハルする』。


 そのキャラオーディション会場となる業界では名の知れた老舗スタジオビル。


 その入口の前で僕は一度立ち止まり、肩掛けカバンから百均で購入した手鏡を取り出し、長い黒髪ウィッグの乱れを手ぐしで整えつつ、鏡に映る自分の顔を念入りにチェックする。


(よし、メイクの崩れなし。これなら真正面からマジマジ見られない限り、たぶん誰にも男だと気づかれない……よな?)


 服装は、先日姉から押し付けられた服の山から、ベージュのハーフコートに白のネックセーターをチョイス。下は淡い色合いのマキシスカート。コンセプトは地味ながらも清潔感がある大人女子だ。


 とはいえ、自分は極めて異質な存在。できるだけ会場ではひっそりと影に潜め、とことん場の空気に徹しよう。どうせ記念受験なんだし。


「──そんなところで突っ立ってるとジャマだわ。ほら、さっさとスタジオに行くわよ」


 背後からの清楚ボイスには似つかわしくないツンデレ台詞で振り返れば、黒縁メガネに地味な文化系女子大生スタイルの僕とは対照的な、濃いめのメイク、真っ赤なロングコート──これから夜の街に繰り出すかのような出で立ちの東雲綾乃しののめあやのが、偉そうに腕を組んで立っていた。


(ってか、コイツも「終末アオハル」のオーディションを受けるのかよ……)





「ちなみに東雲は、何役狙い?」


 会場に続く長い廊下。前を歩く黒タイトミニのお尻を追いながら、ふと訊いてみた。


 ひとたびオーディションとは、若手もベテランも関係なく、たった一つの役を大勢の声優たちで取り合う、いわば椅子取りゲームだ。つまり役どころによっては、いくら同じ事務所の先輩後輩とはいえ、僕と東雲はライバル関係となる。


朝霧紅葉あさぎりもみじ

「そ、そうなんだ……」


(くそっ、マジかよ。あの腹黒メガネ、東雲と僕をぶつけやがった。絶対わざとだろ──)


 すると、突然振り返った東雲が僕を見透かしたかのように嘲笑……いや、邪悪な笑みを浮かべ。


「ふふっ。今回は貴方──いえ、橙華とうかさんに役を譲る気はないわ。せいぜい無駄に足掻きなさい」


 今にも「オーホッホ!」と高笑いが聞こえてきそうな、完璧な悪役令嬢ムーブを披露する。


 ったく、まあいいだろう。そこまで言うなら僕も遠慮なくいかせてもらう。


 と、息巻いたところまでは良かったのだが、いざオーディションが始まると同時に、僕の心臓は緊張のあまりバックンドックン状態。今も自分の順番を待つ間、スタジオ前に並べられた長椅子で、繰り返しオーディション用の台本を念仏みたいに唱えている有り様だ。


 そういえば、ここに来るまでは何かと危惧していたけれど、オーディションに参加している他の声優たちは誰一人として、僕の女装に気づいてる様子もなく……というより、そもそも眼中にないって感じで、それぞれ台本チェック等に余念がない。現に僕の正面に座っているレナちゃん(人気女性アイドル声優)も、今は気楽に声を掛けられるような雰囲気じゃないし。


 にしても、隣にいる東雲ときたら、余裕こいて足を組みながらスマホのウェザーニュースなんか眺めている。もはやコイツの心臓は伝説のオリハルコン製とでもいうのか? 


「ありがとうございました……」


 そんななか、静かにオンエアランプが消灯し、重い防音扉から、台本を抱えたツインテールの美少女が出てきた。というか、アイドル声優の湊由香みなとゆかだ。ミナっちは顔を真っ青にし、ふらついた足取りで廊下の暗闇へと消える。マジか。



「──では、ノエルプロの橙華とうかさん、お願いします」



 と、その声でスマホの画面から顔を上げた東雲が、そのまま僕を見据える。彼女の涼し気な表情からは、感情の有無が読み取れない。


 軽く東雲に向かって頷いてから、僕はゆっくりと椅子から立ち上がった。台本を握りしめ、冷たいブースの分厚い扉に手をかける。


「──全力を出さないと、許さないわ」


 空気が震え、背後から微かに聞こえたその凛とした呟き。


 ふぅ~、と思い切り深呼吸。


(よし、戦場へいざ行かん──)

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