オーディション①
──あれから数日が過ぎた夜。
狭いアパートの一室にて、間もなく結婚適齢期に差し掛かろうとする我が姉、神坂三鈴(27)主催の合コンで知り合った水野さん(マッチョ系イケメン)からの誘いを、ネコスタンプを交えながら断りメールをポチポチ打ち込んでいると、不意にブルっとスマホが震えた。
画面に表示されたのは、腹黒メガネ……もとい、柏木マネージャー。
「──え、アニメ映画のオーディション、ですか?」
「ええ。『僕たちは終末の世界でアオハルする』。公開時期は調整中ですが、挑戦してみる価値はあると思いますよ?」
端末の向こうから聞こえてくるのは、どこまでも理知的で、同時に何か企んでいるような、艶のある低音ボイス。だが、その内容に思考が止まった。
それは「終末アオハル」という愛称で名高い文芸ライトノベル。
高校時代、図書館で借りたその日に完徹で一気読みした、僕にとってのバイブルと言ってもいい神作だ。
政府により「世界の終わり」が宣告された近未来の日本を舞台に、限られた時間を懸命に生きる高校生の絆を描いた群像劇。原作は完結済みだが、あの圧倒的な感動大作だったら、低予算のテレビシリーズより、一本の長編映画こそが相応しいといえる。
「……でも、最近のアニメ映画って、本職の声優よりも、今話題の若手俳優を起用したりしません?」
たしかに宣伝効果は抜群だと思うが、声の世界を生きる身としては複雑なものがある。実際、演じる俳優によっては、上手い下手がはっきりと分かれるし……あ、そのへんは声優も同じか。
そんな懸念を、柏木さんは涼やかな笑いで受け流し。
「今回は原作者の強い要望で、プロの声優のみで固める方針のようです。……どうです? 受けるだけはタダですよ?」
「そういうことなら……ぜひ、お願いします」
「いい返事です。かなりの激戦になるでしょうが、まあ、気楽に受けてみてください」
ベテラン勢もこぞって参加するだろうし、たとえメインを逃しても、脇の役で合格する、かもだ。
「──それから、東雲さんと神坂君の歌唱デビューは少し先になりそうです。今ある収録と、このオーディションに全神経を注いでください」
「……わかりました」
「あとは……今回、弊社として神坂君に受けてもらいたい役の資料ですが……」
あれ、なんか嫌な予感が……。
「──本来なら直接渡して、じっくりと説明したいところですが、あいにく時間が取れません。……資料は郵送しておきます。……ええ、精一杯、頑張ってください。……ふふっ」
って、今、含み笑いしなかったか、この腹黒メガネ。
「……あの、一応確認しますけど、僕が受ける役って、当然「男キャラ」ですよね?」
「ははは……。期待していますよ。神坂君」
ははは……じゃねえよ! 絶対これ、地雷だろ。
──そして数日後、柏木さんの予告通り、分厚い封書が届いた。
オーディションまでの猶予は一週間。その間には「ゔぁるれこ」の収録も挟んでおり、テスト台本を読み込める時間は限られている。
……まぁ、今日はバイトもしてない分、すべてをこの準備に注ぎ込めるのが救いか。
僕は送られてきた膨大な資料(にしても多くない?)を傍らに、まずは「終末アオハル」の原作ラノベを電子版で全巻揃え、改めてその世界に没頭した。
僕が受ける役──いや、受けさせられる《《ヒロイン》》、朝霧紅葉。
優しく、そして儚い。守りたくなるような正統派ヒロインだ。挿絵的にはどこか「八城雛月」を彷彿させる、黒髪ロングの美少女。基本、口数が少なく、原作の台詞回しからもその心情を読み解くのは難しい。その辺りは自分なりの解釈が必要かもしれない。
……といっても、どうせこちらは、落ちて当然の記念受験だ。向こうだって、ネタ枠の底辺声優なんて、お呼びじゃないだろうし。
なのに、いざ役に向き合うと全力で取り組まずにはいられない。この報われない努力にジレンマを感じながらも、時間は無情に過ぎ──早くもオーディションの当日を迎えてしまった。
(ま、どっちにしろ、公開処刑には変わりないか……)




