姉と弟のソナタ②
バタン──
「あ──って、おいこらっ東雲!」
「へぇ……今の娘、シノノメ、さんって言うのね……もしかして、登輝くんの……彼女さん、かなぁ?」
「え……そそ、それは……ええっと──」
アパートのドアを前にして、今まさに東雲から閉め出しを食らった僕──神坂登輝と姉の神坂三鈴……つうか、なんでアイツはしれっと僕の部屋に不法侵入してるんだよ。
……いや、それよりも今は姉さんだ。
首を四十五度傾げながら僕に問いかけている様子は、過去の経験からしてみれば危険度MAX状態だ。今も尚、僕を射抜くあの光を失った目は……かなりヤバい。
「──あ、あれは一応、僕の友人というか、仕事仲間で……」
「そうなのぉ? 登輝くんのいうお友達って、部屋の合鍵を持ってるんだぁ。お姉ちゃんは持ってないよ?」
「そ、それはその……」
──あれ、これは何言ってもダメなやつ?
完全に東雲のことを僕の通い妻なんかと勘違いしてる……もう、こうなったら直接、東雲本人から誤解を解いてもらうしかない。
とはいえ、昔からブラコン気質な姉にはホント困ったもんだよな。僕もいい加減大人なんだし、流石に女友だちの一人や二人いてもおかしくはないのだけど……って、あの東雲が初の女友だちだったりする?
「おい、東雲……勝手に人の部屋に──」
未だに目が虚ろな姉を引き連れて、いざアパートの部屋に足を踏み入れてみると、
トントントン──
何故か可愛らしいエプロン姿の東雲が玄関横の台所に立ち、まるで夫の帰りを待つ新婚ホヤホヤの妻みたいに料理をしていた。
「あら、お帰りなさいあなた。今日はいつもよりも遅かったわね……残業、かしら? トントントントン──」
「へ……残業って?」
何かのコント? というか、さっきからキャベツを刻む音が妙に怖いんだけど……って、姉さんが僕の腕にしがみついて震えて──、
「トントン──、ザク、ザク、ザクリッ!」
「「!?」」
「それとも──浮気、か、し、ら?」
「「ひっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」」
包丁を片手にニタリと口角を上げる東雲を見て、神坂姉弟はブルブルと抱き合った。
「──さあ、どんと召し上がれ」
「……いただきます」
「東雲ちゃん、り、料理お上手ね……」
僕と姉……そして東雲の三人で狭いちゃぶ台を囲み、意外や意外、悪役令嬢キャラとは掛け離れた家庭的な一面をみせた東雲の手料理を堪能しつつも、どこかぎこちない空気が流れる我がワンルームアパート。
「でも意外ね。あの神坂君にこんな美人のお姉様が居たなんて、初耳だったわ」
「そんなー。東雲ちゃん、口もお上手──」
「ええ。私としたことが、ショタ好き年増女の暴挙かと。そうね、勘違いしてしまったわ」
「(ピキッ)」
おいコラッ! せっかく場の空気が若干和んできたのになんてことを……ぁ、姉さんの額から鳴ってはならない不協和音が。
「そ、そういえば聞きそびれちゃった……東雲ちゃんは登輝くんとどういった関係かなぁ?」
姉さんが肉じゃがのジャガイモをぶすぶす箸で突き刺しながら、東雲に向かって笑顔を向けた。ちなみに僕は無言で二人の様子をチラ見しつつ、なめこの味噌汁を啜る……あれ、何でかな? 味がさっぱりわからないや……
「友人よ」
あ、ナイスだ東雲、これで姉さんの誤解が解け、
「──橙華、さんとは」
「ぶほっ!?」
「ん……トウカ?」
ちゃぶ台に思い切りなめこ汁をぶちまけた僕をよそに、東雲が発した、《《トウカ》》とかいう見知らぬ名に首を傾げる姉さん。
「ゴホッゴホッ──、だだだ、だよな? 僕と東雲は同じ声優として苦楽をともにした友人であって、ええっとそのぉ……い、いわゆるマブダチで──」
姉さんは僕が声優の仕事をしていることは知っているけれど、女装した僕──橙華の姿までは知らない……いや、このまま知られてはならない。
「そうね、《《橙華》》さんとは、今後とも私の良き親友、良きライバルとして」
「あ、あの東雲、ちょっと黙ってて──」
「ねぇ、東雲ちゃん……《《トウカ》》さんって誰のこと……もしかして、登輝くんの芸名、とかだったりするのかな?」
「ねね、姉さんっ」
「さあ、お姉様、これが『橙華』さんよ」
「──って、東雲ぇっ!」
その時、東雲が取り出したもの、それはスマホの画面に映り込んだ女装した僕──




