女装男子、己の声に魅力される。
僕、神坂登輝……いや、橙華としての出演作、『ヴァルキリーレコード』──略して「ゔぁるれこ」は、良くも悪くも王道を征く現代ファンタジーだ。
物語が進むにつれ、画面には個性豊かな美少女キャラたちが登場し、それに伴い、現場には名だたるアイドル声優陣が集結する。声オタにとって、それはこの世の天国に等しい光景。
なにせ、推したちの生アフレコを間近に拝めるのだ。しかも交代で僕の隣に並び、同じマイクに向かうこともしばしば──、
……ええっと、うん。みんな、ものすごくいい匂いがした。
まあ、それはさておき。せっかくの機会だ。連絡先の交換なんて大それたことは言わないまでも、憧れの先輩方と少しでもお近づきになりたい。そう思って挨拶に伺った結果──
「──君が噂の橙華ちゃんね! 今度オススメのワンピ選んであげる」
「わー、お肌つるつる〜。ねぇねぇ、どこのコスメ使ってるの? 今度私にも教えて──」
……なんだろう。僕が思い描いていた推しとの交流とは、根本的に何かが違う。というか、遠くからドス黒い闇のオーラ……いや、東雲が思い切りこちらを睨んでいるのだが。
──そうして迎えた、クリスマスイブの収録は、何事もなく過ぎ去り、大晦日もアパートで一人、寂しく緑印のカップ麺を啜って年を越し、元日といえば早朝から、ゴージャスな振り袖姿の悪役令嬢(東雲)に拉致され、はるばる明治神宮で参拝。
「どうかどうか、視聴者に前世バレしませんように」
……っておい。さすがに正月早々、橙華モードはマズくね? 下手すれば身バレどころか、通報ものだろ。
──そんな騒がしい年末年始も終わり、ついに「ゔぁるれこ」の初回放送がやってきた。
時刻は深夜一時過ぎ。……そう、あと数分で運命のジャッジメント。
ちなみに、CG加工された完成映像を見るのは、僕自身、これが初めてだ。正直に言えば、このまま視聴を避けたい。
底辺声優(♂)が演じるメインヒロインなんて、もはや放送事故でしかない。流石に全国規模で「オス声」を垂れ流せば、いずれ男バレするのは目に見えている。後々ネットでどれだけ叩かれるか、想像するだけで恐ろしい。
とはいえ、プロとして自分の仕事を確認せねばならないのも事実。
普段は配信でまとめて観る派の僕だが、今回ばかりはリアルタイムで向き合うつもりだ。深夜ゆえヘッドホンを装着し、テレビの前に陣取る。放送開始前から、心臓の音がやかましい。
──午前一時十五分。放送が始まった。
オープニングの初っ端から「八城雛月」が画面いっぱいに映し出される。当然だ。彼女こそがこの作品の顔、僕が命を吹き込んだメインヒロインなのだから。
『──くそっ、一体誰なんだよ、お前は!』
妻夫木さん演じる主人公、片瀬慎也が焦り、激昂し、いよいよ八城雛月の、冷笑を浮かべた唇が静かに開いた。
記念すべき、第一声──
……貴方が、片瀬慎也ね──
一瞬、脳内がバグった。
これが、僕の声……?
まさか、そんなはずはない。
そう。私の名は、八城、雛月──
ヘッドホンを通じ、耳元へダイレクトに突き刺すその響き。
一言一言が聴く者の理性をかき乱すような、氷のように鋭く、それでいて、危ういほどに繊細で儚げな声。
普段の生活で発している、あのガサついた自分の声とは到底思えない。
『──た、頼む助けてくれ、八城……』
『……慎也がそう願うのなら、私はただ、貴方を守る剣になるだけ──』
それからの時間。僕は狭いアパートの一室で、ぼんやりと画面を眺めて……いや、命を宿した雛月の姿に魅入られていた。
まさに、自分が思い描く「彼女」がそこにいたから。
──放送終了。
ブラックアウトした画面に、いつもの冴えない僕が映り込む。っていうか……
(ヤバくね? どこをどう聴いても女の声だよな……もろに理想の雛月ボイスだし──)
「あっ、あー、私は雛月だよ?」
試しに発声してみるが、やはり何かが違う。
「……登輝お兄ちゃん。大好きだよ!」
うん。一ミリも萌えない。アフレコの時みたいにいかない。
一体どうやってあの声を出していたのか、自分でも分からない。
果たして視聴者はどう受け止めたのか。
深夜の静寂の中、僕は恐る恐るスマホを手に取った。
嗚呼、ネット民の反応がマジで怖い──。




