女装男子の休日。
──今日は、朝から丸一日オフだ。
バイトのシフトもないし、《《本業》》であるアニメの収録もない。本業。ここ、大事だから二回言っておく。
いくら休みだからといって、朝寝坊はしない。いつも通りの時間に起床し、朝一番のコーヒーを嗜む。ここ最近は多忙……いや、人生の正念場を謳歌(蹂躙)していたので、こんなに穏やかな朝を迎えたのはいつ以来だろうか。
さて、この貴重な休日をどう有意義に過ごすか。部屋に籠って溜まりに溜まったアニメを消化し、積みゲー三昧も悪くないが、そろそろラノベの新刊が出ている頃だし、たまには街に繰り出すのもアリだろう。このままアパートに留まっていては、いつあの悪役令嬢(東雲)に乱入されるとも限らんし。
そうと決まれば、善は急げだ。台所兼洗面所で顔を洗い、鏡の前でペタペタとスキンケア──って、おい。なぜ僕は頭をチョンマゲにしてメイクを始めてるんだ? いかんいかん、今日は収録じゃない。普段通りの格好で十分なはずだ。
……と、頭では理解している。理解しているのだが、一度メイクの下地を始めたからには、もう後に引けなくなって、勝手に指が──。
で、気がつけば、内巻きにセットしたウィッグを被り、ネット通販で大枚を注ぎ込んで購入したチェック柄のワンピに白ニット、さらには白コートまで完璧に着こなして、僕はただひたすら、全身ミラーの前で自己嫌悪に沈む。
とはいえ、これはあくまで仕事のための「自分磨き」と割り切った僕は、押し入れの奥に隠し持っていたロングブーツを引っ張り出した。
◇
よくよく考えてみれば、こんな格好(スカート姿)で単独の外出は、これが初めてかもしれない。
これまでは誰かしらと一緒にいたわけだし、いざ一人で電車で揺られてみると、じわじわと不安が込み上げてくる。
だってそうだろ?
いくらメイクや服装で誤魔化したって、中身は男だし、真正面からまじまじ見られれば女装なんて一発でバレる。
僕は吊り革を掴みながら、できるだけ周囲と目を合わせないよう視線を泳がせた。これじゃまるで不審者だ。今さらながら自分が細身で小柄だったことに感謝した。それだけ「バレ」のリスクが格段下がる。
ふと、近くにいる男子高校生の二人組がスマホを片手にヒソヒソ話をされている気がした。絶対にヤバい、と直感した僕は、逃げるように次の駅で降りた。やっぱりバレてる?
そのまま人の流れに沿って駅の改札口を抜ける。多目的トイレで用を足し、ついでに鏡の前でメイクを直し、変装がてら持参したモフモフの帽子を深く被る。それから朝食をとるために駅近くのマッ◯に寄ることにした。
隅っこの一人席を陣取って、朝マフィンをコソコソと頬張る。すると今度は、大学生風の男二人組にスマホを向けられた気がした。僕は残りのマフィンを慌てて胃に流し込み、コーヒーを片手に店を後にした。
本当は休日らしく原宿の街並みを満喫したかったが、予想以上にリスクが高い。さっさと目的のラノベを買って家に帰ろうと、早足で大型書店に向かった。
「──まずは『義理の妹が俺をしきりに誘惑してくるのだが』の最新刊をキープしてと、お? 『俺の妹がモフモフだった件』がいよいよ書籍化したのか……よし、買いだな」
さらに『猫耳妹と異世界道中』と『僕と妹先生の個人授業』を手に取り、急いでレジへ。後になって女の格好で買うにはミスマッチなラインナップだったことに気づいた。
そして、その日の夜。
『──貴方、馬鹿でしょう』
アパートの部屋で寝そべりながらラノベを読んでいると、東雲からスマホに着信があり、その第一声がこれだった。
「……なんだよいきなり。イタ電かよ」
『ネットで、橙華と検索してみなさい。今すぐに──プチッ』
「あ、切れた……ったく、いい加減にしろよな」
ブツブツ言いながらも、東雲に言われた通り『橙華』の名前でエゴサーチしてみる。
「………あ」
そこには、朝一番の電車から始まり、マッ◯で大きな口を開けてマフィンを咀嚼する姿や、ニヤケ顔でラノベコーナーを物色する見知らぬ美少女? の様子が、鮮明な画像付きで次々と呟かれていた。
結果的に「女装バレ」っぽい書き込みはなかったけど、これは別の意味でヤバいかもしれない。
まさか自分って、結構な有名人、だったりするのか?




