2-15. 未証明の諸定理:Unproved hypotheses
スミルノフはここで少し立ち止まり、数学という学問の「誠実さ」について語り始めます。
「透、これまでは、極限や連続性という、解析学の堅牢な土台を築いてきたわね。でもね、数学は決して、すべてが解決済みの完成された過去の遺物ではないの。」
私はノートの端に、少し複雑な数式を書きかけました。
「スミルノフはここで、私たちが学んできた『極限』や『収束』の理論を持ってしても、なお解明されていない謎があることを示唆しているの。例えば、数列の極限が存在するかどうか、あるいは特定の定数がどのような性質(無理数なのか、超越数なのか)を持つのか……。数学の歴史には、何百年も数学者たちを悩ませ続けている未解決問題がたくさんあるわ」
「お母さん、あんなに完璧に見える数学にも、分からないことがあるの?」
「ええ、そうなのよ。例えば、有名な『リーマン予想』。これは素数の分布に関わる極限の深淵に触れる問題だけれど、現代の最高の知性をもってしても、まだ完全な証明には至っていないわ。あるいは、先ほど学んだネイピア数 e や 円周率 π を組み合わせた単純な式、例えば e + π が無理数であるかどうかさえ、実はまだ証明されていないのよ」
透は驚いたように目を見開きました。
「スミルノフがここにこの話を置いたのは、きっと理由があるわ。それは、『今私たちが学んでいる道具(極限の理論)は、未来の謎を解くための武器である』ということを伝えたかったからだと思うの」
「理論を学ぶことは、ゴールに辿り着くことじゃない。まだ誰も足を踏み入れたことのない暗闇を照らすための、松明を手に入れることなの。透がこれから学んでいく数学の先には、まだ誰も解いていない『未証明の仮説』が待っているかもしれないわね」
私は優しくノートを閉じました。
「さあ、私たちは、無限という荒波を乗りこなすための確かな船を手に入れたわ。新しい大陸へ漕ぎ出しましょう」




