2-14. ネイピア数 e :The number e
深夜の静寂の中に、時計の音だけが響いています。私は、スミルノフの§ 38に記された、解析学で最も重要で、最も美しい数の一つについて語り始めました。
「透、これまで私たちは『極限』という梯子を登ってきたわね。今夜はその梯子の先で、数学の宇宙を支える特別な定数に出会うわ。それが ネイピア数 よ」
私は、ある一見シンプルですが不思議な数列をノートに書きました。
** x_n = ( 1 + 1/n )^n ( n = 1, 2, 3, ... )
「この数列の動きを想像してみて。n を大きくしていくと、括弧の中は 1 に近づいていくけれど、屋根の上の指数 n は無限に大きくなろうとするわ。1 に近づくものを無限に掛け合わせたら、一体どうなると思う?」
透は少し考えて答えました。「1 になりそうな気もするし、無限に大きくなりそうな気もするね」
「ふふ、そこがこの数の魔法なの。実際に計算してみると……」
* n = 1 のとき:( 1 + 1 )^1 = 2
* n = 2 のとき:( 1 + 0.5 )^2 = 2.25
* n = 10 のとき: ( 1.1 )^10 ≈ 2.5937
* n = 100 のとき:( 1.01 )^ 100 ≈ 2.7048
「この数列 x_n は、先ほど学んだ『単調増加で有界な変数』の完璧な例なのよ。n が増えるほど値は大きくなるけれど、決して 3 を超えることはない。スミルノフは、この数列が必ずある有限の極限値に収束することを証明し、その値を e と名付けたの」
** e = lim_{n→∞} ( 1 + 1/n )^n = 2.718281828...
「この e は、円周率 π と同じように、小数が無限に続く無理数よ。でも、なぜこの数がそんなに大切なのか。それはね、自然界の『成長』そのものを表す数だからなの。複利計算の極限、放射性物質の崩壊、人口の増加……。あらゆる変化の背後には、この e が隠れているわ」
私は、さらに驚くべきもう一つの姿も書き添えました。
** lim_{α→0} ( 1 + α )^{1/α} = e
「無限に大きくなる世界( n → ∞ )でも、無限に小さくなる世界( α → 0 )でも、同じこの e という定数に辿り着くの。これは偶然ではなく、宇宙の深層にある数理的な必然なのよ」
透はノートに並んだ 2.718 ... という数字をじっと見つめていました。
「派手な数字じゃないけれど、どこにでも顔を出す不思議な数なんだね」
「ええ。そしてこの e を『底』にした対数 ln {x}(自然対数)を使うとき、微積分の世界は驚くほどシンプルで美しくなるのよ。さあ、これで大きな山は越えたわ」




