2-7. コーシーの収束判定条件:Cauchy's test for the existence of a limit
ランプの灯が少し小さくなってきましたが、透の集中力は途切れていません。私は彼のノートの真ん中に、力強く「目的地」という言葉を書きました。
「透、さっきの『単調変数』の話を覚えている? 上に壁があれば、登り続ける変数は必ずどこかに辿り着く……というお話。でも、世の中には増えたり減ったりを繰り返しながら近づいていく、もっと複雑な動きをする変数もあるわ。そんな変数が『目的地(極限値)をちゃんと持っているか』を、目的地そのものを知らなくても判定できる魔法、『コーシーの判定条件(Cauchy's test)』よ。」
私は、スミルノフが提示する最も厳格で、最も美しい定理を書き写しました。
定理:
変数 x が有限の極限値を持つための必要十分条件は、どんなに小さな正の数 ε(イプシロン)に対しても、ある段階から先の任意の二つの値 x' と x'' の差が、必ず ε より小さくなる(| x' - x'' | < ε )ことである。
「これはね、透。『目的地がどこか』を探す代わりに、『旅人たちの距離』を見るということなの。旅の後半になればなるほど、仲間たちがみんなお互いに寄り添って、誰一人離れなくなっていく……。もしそうなら、彼らは必ずどこか一つの場所に集まっていくはずだ、と考えるのよ。」
透は少し首を傾げました。
「お互いに近くにいれば、いつかは目的地に着く……。でも、目的地がどこかは分からなくてもいいの?」
「そこがこの定理の凄さなのよ。私たちは極限値が何であるか(例えばそれが π なのか e なのか)を知らなくても、『寄り添い方のルール』さえ確認できれば、数学的に『目的地は存在する!』と断言できるの。これを『完備性(Completeness)』と呼ぶわ。実数の世界が、一箇所の隙間もなく、ぎっしりと詰まっていることを証明する力強い言葉なのよ。」
「一箇所も隙間がない……。数学の世界は、本当に完璧なんだね。」
「ええ。このコーシーの条件は、現代の数学——解析学という巨大な森を歩くための、最も信頼できるコンパスなの。目に見えない極限の存在を、目に見える『差』だけで証明してしまう。コーシーという数学者の、深い洞察がここにあるわ。」
私は、透のノートに寄り添うように打たれた二つの点 x' と x'' を、優しく丸で囲みました。
「さあ、これで『極限とは何か』という理論的な土台は完璧に固まったわ。次は、この極限を使って、いよいよ関数が『途切れずに繋がっている』とはどういうことか……『連続性』の不思議についてお話ししましょうか。」




