2-2. 無限小:Infinitesimals
夜が更け、部屋の空気はいっそう澄んできました。私は透のノートの端に、限りなく 0 に近い、でも 0 ではない小さな、小さな点を描きました。
「透、これまでは『目的地』の話をしてきたけれど、今度はその『隙間』に注目してみましょう。解析学の魔法の杖とも言える『無限小(Infinitesimals)』に。」
私は、ひとつの定義を書き記しました。
> 変数 α が 0 を極限に持つとき、すなわち lim α = 0 であるとき、その変数 α を**無限小**と呼ぶ。
「いい? 無限小というのは、単に『すごく小さい数字』のことじゃないの。それは『動き』そのものなのよ。どんなに小さなプラスの数 ε(イプシロン)を誰かが持ってきたとしても、ある瞬間から先は、その数よりも小さくなってしまう……そんな性質を持つ変数のことなの。」
「0 になりたいけど、まだ 0 じゃない……っていう感じかな?」
「そう、その『なりたい』という動的なプロセスが大事なの。この無限小には、とっても便利な性質があるわ。スミルノフはこう教えてくれているのよ。」
** 足し算のルール:
二つの無限小を足しても、やっぱり無限小になる。
** 掛け算のルール:
無限小に、普通の定数を掛けても無限小。無限小同士を掛けたら、もっともっと速く 0 に近づく無限小になる。
「この無限小という考え方を使うと、極限の定義を書き換えることができるの。例えば、変数 x が a に収束するということは、『 x - a が無限小になる』ということ。つまり、
** x = a + α
と書けるわ。ここで a は動かない目的地、α は消えていく無限小ね。」
「目的地と、そこまでのわずかな残りの距離、っていうことだね。」
「その通り! この α という『消えゆく影』を巧みに操ることで、私たちは複雑な関数の動きを解き明かしていくの。今はまだ小さくて頼りない存在に見えるかもしれないけれど、この無限小こそが、のちに『微分』という巨大な建物を支えるレンガになるのよ。」
透は、自分の指先でノートの上の小さな点をつつきました。
「小さすぎて見えなくなっちゃうのに、すごく大事なんだね。」
「ええ、目に見えないほど小さいものが、世界を動かす大きな法則を握っている。それが数学の、そして自然の面白いところね。さあ、次はこれとは正反対の概念、『無限大』についてお話ししましょうか。」




