【読書感想】ルポ 子どもへの性暴力 朝日新聞出版【加害トリガーを乱暴にラベリングしてて、ドン引いた】
朝日新聞の女性記者中心で、性暴力被害者のルポを集めた本だ。
故・ジャニー喜多川性加害問題から、二年経過。
去年の秋に被害者の会は解散したが、その後の被害者の話も掲載されている。
実名で名乗り出た被害者への、補償されたその後のルポ等、目新しい取材が目を引いた。
性加害者の多くは男性で、男性が、男性加害者について語る本が多い。
その中で、女性から見た、女性の性加害の問題も取り上げている。
また、若いうちに性加害を受け、中年以降になってから、男性被害者が、性被害者の相談ダイヤルに電話をすると、
『あなたは、加害者ですか?』
『このようなケースは、こちらで対応できません』
と、言われることもあるらしい。
男性被害者の悩みは、かなり深刻で、
女性被害者に機能する窓口はあるのに、
被害者が男性になったとたん、窓口自体の存在が断ち消える状況を浮彫りにしていた。
中身は、被害者に寄り添った内容になっており、非常に多角的、多方面に渡る。
家、学校、通学路、部活動、合宿所、保育園、スイミングスクール、児童養護施設、特別支援学級、知的支援の作業所、子供の性被害が身近にあること、
子供が子供を性虐待する、『不同意集団』についての説明は、興味深い内容だった。
ただ、ニ次元作品が、性加害の要因になったと、加害者が話しているのをそのまま記載したことに、反発を強く感じた。
表現の自由については、議論していかねばならない。と、結んでいるが、その一方で、加害者の意見を鵜呑みにするな。
とも、書かれている。
この取材班の立ち位置が被害者に寄ってはいるが、マンガアニメに対してどこか敬意を欠いた気がしてならない。
加害者のケアが次の加害を産まない、という、内容は頷ける。
でも、加害のトリガーを限定してきたことについては、乱暴。としか、言いようがない。
以下、本文引用部分と私の個人的な解釈です。
9章 375頁から引用。
ショタコン」という言葉を見て、自分のことだと思った。「ショタコン」は、幼い男の子に対して性的関心を抱くことを意味する言葉だ。(原文ママ)
ショタコンは、横山光輝の「鉄人28号」の主人公、金田正太郎が由来の、少年をかわいい!と思う、アニメ・マンガファン達の総称である。
性的関心に関しては、個人で定義が別れると思う。
なぜなら、アセクシャルなアイコンとしてのショタも存在しているからだ。
加害者側の言葉をそのまま鵜呑みにして、乱暴に押し付けられた気がして、私自身、ショタコンの身としては、看過できない。
インタビューに答えた男性加害者が、カテゴライズするものを、記者がそのまま抜粋しただけだと言うのであれば、
ショタコンとは
『成熟した性から切り離れた、一時の自由と癒し』の象徴である。
と、私は強く主張する。
言葉のカテゴライズが非常に断定的なのは、ショタコンだけじゃない。
「少年愛」については、こう記載されていた。
9章 380頁から引用。
5| 「少年愛」と正当化した欲求、きっかけはあのときの雑誌
まるで雷に打たれたかのような衝撃だった。 《これだ!》。街の本屋の成人雑誌コーナーで手に取った1冊の雑誌。その中の漫画に、思春期前の男の子が性的に虐待される様子が描かれていた。少年が苦しむ表情を見ながら、《自分が求めていたのは、これだったんだ》と確信した。(原文ママ)
80年代に少年を虐待した描写のあるマンガ作品が、何であるかは記載されてなかった。マンガの作者も特定されていないが、とても、嫌な気分になった。
そもそも、BL作品はマスコミが小児性犯罪を無かったことにしていた時代から、性虐待をテーマにし、加害者が、元々は性被害者だった物語を描いている。
それが、竹宮惠子の『風と木の詩』ではなかったのか?
不同意集団での性加害や、家庭内の児童虐待も既に描かれている。
それらが、萩尾望都の『トーマの心臓』『残酷な神が支配する』ではないのか?
この取材班は、今挙げたBL作品を本当に知らないのだとしたら、何故、このテーマでルポを始めたのか?
甚だ疑問に思う。
BLの作家や読者の多くが女性で、女性の性を抜きにした、男性同士の同性愛が何故、女性読者に求められたのか?
その歴史的背景を紐解くと、BLの源流には、第一次ウーマン・リブがあると思っている。
それは、父親を家長とした昭和の家庭で、男尊女卑が強い日本だからこそ、
子を産む必要のない、女性の性を省いた『少年愛』に『理想の愛』を昭和の少女達が投影し、求めていたからだと解釈している。
私の今書いてる『少しも、綺麗な愛じゃない』も少年愛がテーマなので、なおのこと、首を捻りたくなった。
性加害の被害を身に染みているのは、男も女も関係ない。
『ショタコン』と『少年愛』
遠回しに、ジャニー喜多川問題に絡めて、安直にBLを批難しているような構図になっている気がした。
読者が性加害者になったら、そのマンガ、アニメ作品は悪なのか?
BL、ショタコン、少年愛。
議論の余地などなく、この本は言葉を出して、ジャンルを晒し上げているではないか。
ジャーナリズムの暴力性をかなり感じたし、ショタコンや少年愛に対して、性加害のトリガーとして、ラベリングした記者が誰だかわからないが、これが世に波及するのであれば、私は自作品を描くことで反論したい。
宮崎死刑囚の部屋を撮影し、偏向報道でオタク叩きをしたあの頃と、マスコミは何にも変わってない。
参考文献として読んだのだが、ショタコンや少年愛についての言及で、より、創作意欲が増した。
ただし、本書を参考文献とはしない。




