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第7話 溜め息の理由

「いらっしゃいませーっ! 今月の新作、香ばしマロンとカラメルフラペチーノ、是非ご賞味くださーい!」


 若い女性店員の明るい声が落ち着いた店内に広がる。


 俺たちが訪れたのは駅前の商業施設内にあるカフェチェーン。


 注文の列に並びながら、梨々華が壁にかかっているメニューボードを見上げる。


「私あの新作フラペチーノにしよ。あ、私いま金欠だからヒロのおごりね」

「は? 何でだよ。自分で出せし」

「星百合祭」

「っ……!」


 ぴしゃりと言って、ジト目を向けてくる梨々華。


 実を言うと、俺と漆畑が星百合祭に遊びに行くことができたのは梨々華のおかげだった。星百合祭は防犯上の理由からチケット制を導入しており、来場するためには在校生からチケットをもらう必要がある。梨々華が家族用に多めにもらってきたチケットを、両親が仕事で都合がつかなかったからという理由で俺が余分にもらい受けていたのだ。


 つまり今の俺は梨々華に借りがあるということになる。


「……わかったよ。お好きなのどうぞ」

「そうそう。そうこなくっちゃ」


 少しだけ上機嫌になった梨々華が店員にフラペチーノとホワイトチョコドーナツを注文する。


「で、ヒロは何にすんの?」

「じゃあ、コーヒー。一番安いやつ」

「え、ここにきてお金のこと気にする? ケチな男はモテないよ?」

「ダレノセイカナー」


 そして俺は会計を済ませ、フラペチーノとドーナツとホットコーヒー(ショートサイズ)を乗せたトレーを持って窓際の小さなテーブルについた。


 鞄を足元に下ろし、コーヒーにミルクを注ぐ。


 目の前ではさっそく梨々華がフラペチーノの太いストローをくわえていた。


「うん。おいしい」

「よかったな」


 ストローから口を離した梨々華がふうと息をもらして窓の外に目を向けた。


 少し疲れたような顔でどこか遠くをぼうっと見つめる。


(なんか最近、よくこういう顔してるな……)


 元々梨々華は社交的で友達も多いし、俺とは正反対の陽キャっぽい女の子だった。


 顔立ちだって整っていると思うし、茶目っ気のある性格は周囲から好かれるだろうから、共学に通っていたら彼氏の一人や二人いてもおかしくないくらいだ。


 だけどここ一週間くらい、家にいても何となく表情が硬いというか、ぼんやりとしていることが多くなった。以前より口数も減っている気がするし、もしかして学校で何かあったのだろうか。


「私、ここでバイトしようかな」

「え?」


 啜ろうとしていたコーヒーから顔を上げると、梨々華の視線はカウンターの向こう側で働いている店員さんに向けられていた。


「よくない? こういうおしゃれなカフェで働くの楽しそう」

「バイトも何もお前まだ中三じゃん。それに梨々華には部活だってあるんだからそんな暇ないだろ」

「…………」


 小さなテーブルにしばし無言の時間が流れる。


 そして充分に溜めてから梨々華が重々しく口を開いた。


「部活、やめた」

「……え?」


 まったく予想外の言葉に、俺の思考が一瞬止まる。


 ……梨々華が部活をやめた?


 俺は持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。


「なんで?」

「別に。何でもいいじゃん」


 言いつつ、梨々華がホワイトチョコドーナツにかぶりつく。


 なるほど。最近の憂鬱そうな雰囲気の理由はこれか。


「いや、何でもよくないだろ。だってお前は――」

「そんなの私の勝手でしょ。それにヒロには言われたくないんですけど?」

「うっ……」


 返す言葉もない。


 ドーナツをはむはむと頬張る梨々華から顔を逸らすように、俺はテーブルの上のカップに視線を落とす。


 たしかに梨々華の言う通り、万年帰宅部みたいな俺がとやかく言える立場ではない。


 だけど俺は、梨々華には俺みたいになって欲しくなかった。


 傍目に見ても梨々華は吹奏楽部の活動に真剣に打ち込んでいた。本当は朝が弱いのに早く起きて朝練に行ったり、学校で遅くまで練習して帰宅が遅くなったり。だけど本人は忙しさを嘆くどころか、むしろ不思議とキラキラとしていて、正直羨ましいなとさえ感じていた。本気で打ち込める何かを持っている人間はどうしてこうも輝いて見えるのかと何度思ったことか。


 だからこそ、梨々華が俺みたいになるのは凄く嫌だった。夢中になれるものがあるわけでもなく、毎日ただダラダラと生きているだけの俺みたいに。


「あ、今の話、お母さんたちにはまだ言わないでよね。聞いたら絶対めんどくさくなるから」

「……わかった。言わないよ」


 それからはもうほとんど会話はなかった。


 冷めたコーヒーはいつにも増して味気ない。


 やがてフラペチーノとドーナツをたいらげた梨々華が鞄を持って椅子から立ち上がった。


「ごちそうさま。私もう行く。せっかくだし、駅前のその辺をぶらぶらしてる」

「ああ。俺はもう少しここにいるよ」


 重たい足取りでテーブルから離れていく梨々華の後ろ姿を静かに見送る。


 宮島梨々華。元吹奏楽部。


 担当パートは、ドラムだった。

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