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第6話 足止め

 翌朝。


 俺は学校指定の鞄を片手に自宅を出ると、最寄り駅までの道のりを歩いていた。


 埼玉県の中でも東京寄りに住んでいる俺は浦和にある高校まで電車で通学している。


 都内へのアクセスの良さと駅前の程よい発展具合から、このあたりはファミリー層に特に人気のエリアだ。そのため朝のこの時間帯は通勤や通学などの利用者が多い。


 駅へと向かう足早なサラリーマンたちに追い越されながら、俺は昨日の喫茶店での話を思い返していた。


 顔合わせを終えた俺たちの話題の中心は残すメンバーであるドラマーの勧誘についてだった。


 バンド界隈で最も人口の少ないドラマーの確保は決して容易な問題ではない。経験者となれば尚更だ。


 これには茉莉も頭を抱えているようで、「ドラムが叩ける友達がいたら紹介して!」と俺にも頼み込んできた。


(そもそも友達がほとんどいないからなあ)


 もちろんうちの高校の軽音部を当たればドラマーもいないことはない。だが入部早々に部活をやめてしまった俺は残念ながら気軽に勧誘に行けるような立場ではなかった。それにどこのバンドからも引っ張りだこなドラマー様に俺みたいな部外者が急に声をかけたところで色よい返事がもらえる可能性はほぼないだろう。


(協力してあげたいけど、俺では力になれそうにないな)


 己の不甲斐なさを感じながら歩いていると、気が付けば駅前に辿り着いていた。


 いつものように改札へ向かうべく、デッキへと続く階段を上がっていく。


「ん?」


 デッキへ出て駅構内に入ろうとしたところで俺は異変に気付いて足を止めた。


 いつもは流れるように人が行き来している改札前に分厚い行列ができており、周辺に人がごった返している。


 何があった? 背伸びしながら人だかりの前方を見越すと、改札内への入場制限がかかっているようだった。


「ただいま京浜東北線は人身事故の影響で上下線とも運転を見合わせております。振替乗車をご利用の方は――」


 駅員のせわしないアナウンスが構内に響き渡る。それと同時に、近くにいたサラリーマンの「ちっ」という舌打ちの声が聞こえてきた。


「……マジか。詰んだ」


 俺にとって京浜東北線は高校の最寄り駅への唯一のアクセス手段だ。それが使えないとなると、通学の術をすべて失ったということになる。


 よりによって今日は一限から毒島先生の英語の小テストがあったというのに。


「まいったな。間に合うといいけど」

「うーん、どうしよう。今日はもうサボっちゃおうかなー」

「「ん?」」


 聞き覚えのある声に思わず隣に顔を向ける。


「げ、ヒロじゃん」


 げ、とは何だ。


「梨々華か。お前もここで捕まっていたのか」


 不機嫌そうな目で睨んでくるのは一つ年下の妹の梨々華(りりか)だ。


 押しのぬいぐるみをジャラジャラと吊るした落ち着きのない鞄や膝上の短いスカートがギャルっぽい印象を与えるが、実は茉莉やエミリーと同じ星ヶ浦女学院の中等部に通う優等生だ。おまけに部活動にも励んでおり、所属している吹奏楽部ではコンクールでの受賞歴などの華々しい経歴を持つ。同じ兄弟なのに帰宅部の俺とは大違いだ。


「もう最悪。せっかく早起きしたのに電車止まってるし。おまけにヒロと一緒に待つことになるなんて。何も話すことないわ」

「おい、心の声が漏れてるぞ」


 ふと周囲を見回すと、俺たちの後方にも既に列ができていた。なんとなくその場から離れにくくなり、俺たちは身動きがとれなくなる。


 仕方がない。何にせよ電車が動いてくれないとどうしようもないので、このままここで復旧するのを待つとするか。




 ――どれくらいの時間が経っただろう。


 梨々華との会話もなくお互いにスマホをいじりながら待っているが、いまだに運転再開を告げるアナウンスは聞こえてこない。


 さすがに足も疲れてきたなと息を吐いた俺の横で、同じように退屈そうにしていた梨々華が小声でぼやいてきた。


「もう待つの飽きた」

「……だな」


 見たところ復旧まではまだ時間がかかりそうだ。この様子では今日はもう一限の授業は間に合わないだろう。となると、ずっと改札前で待ちぼうけている必要もない気がしてきた。


「ここにいても仕方ないし、どっか座れるとこ行くか」


 梨々華がこくんと頷く。肩にかかるくらいの少しウェーブがかった黒髪が静かに揺れた。

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