第5話 ツンデレじゃん
顔を上げた俺は、その無感情な声の主を見て思わず言葉を失った。
艶のある美しいブロンドの髪。白く透き通ったきめ細やかな肌。そして何より、青い宝石のような輝きを放つ現実離れした瞳。まるで西洋ファンタジーの世界から抜け出してきた姫君みたいな女の子が俺を見つめていた。
「ねえ、聞こえてる?」
「! そ、そうですけど」
おずおずと俺が答えると、その子は「そ」とだけつぶやいて向かいの席に腰を下ろした。
? 待って、なぜそこに座る? というかこの子さっき、俺の名前を呼んでなかったか?
「茉莉は?」
「え」
困惑している俺に向かって金髪の少女が唐突に問いかける。
「まだなの?」
「あ、うん。まだ来てない」
「まったく。どうして言い出しっぺが一番遅れるのかしら」
……言い出しっぺ?
呆れたように言って鞄からスマホを取り出す少女。そういえばこの子、よくよく見れば茉莉と同じ制服を着ている。
ようやく冷静さを取り戻した頭で彼女のこれまでの言動と身なりを分析した結果、俺はある結論を導き出した。
「もしかして、君がバンドのボーカル?」
意を決して聞いてみると、スマホをいじっていた少女が手を止めた。こちらに向けられたその顔はうっすらと頬が赤くなっていた。
「べ、べつに、やりたくてやるわけじゃないから。茉莉に頼まれて……その、し、仕方なくよ、仕方なく!」
「へ? あ、ああ。そうなんだ。なんかごめん」
露骨に口元をムッとさせながらそっぽを向く少女。普通に質問をしたつもりだったけど、気に障るような聞き方をしてしまったのだろうか。女子って難しい。
(つーかこの子、本当にハードロックなんて歌えるのか?)
こんないかにもお嬢様っぽい女の子がロックバンドのボーカルなんて、正直全然想像がつかない。アイドル路線だったら結構いい線いきそうな気がするけど。
気まずい空気が流れてお互いに黙っていると、喫茶店のドアがカランコロンと勢いよく音を立てた。
「ゴメン! 道に迷っちゃって」
小走りで駆け寄ってきた茉莉が息を切らしながら金髪美女の隣に腰かける。
「遅い。何であんたが一番最後なのよ」
「ごめんってエミ。あ、ヒロもありがと」
茉莉のとってつけたような感謝の言葉に俺はペコリと頭を下げる。
やっと本日の顔合わせの面々がそろったということで、俺たちは自己紹介の前にまずは飲み物を注文することにした。茉莉はジンジャーエール、俺はホットコーヒー、そしてエミと呼ばれた女の子はホットミルクティーを頼んだ。
注文を終えてメニューを閉じた茉莉が俺に顔を向けてくる。
「ヒロ、さっそく紹介するよ。この子はエミ。私の友達。そしてなんと、彼女が我がバンドのボーカリストです!」
「へえ、よろしく」
まさかの新しい情報ひとつもなしだ。もっとこう、本名とか、歳とか、出身とか、好きな音楽とかないのか。
まあ聞きたいことはたくさんあるけど、とりあえず今は余計なこと言わずに合わせておこう。
すると俺の様子を察してくれたのか、茉莉の隣から補足説明が飛んできた。
「エミリー・ウッドストックよ。星ヶ浦高等部一年。出身はイングランド。父はイギリス人だけど母は日本人だから、ハーフってやつね」
「あ、どうも」
澄ました顔で端的にプロフィールを話す彼女は随分と慣れた口調だった。きっとこれまでも数多くの場面で同じ台詞を言ってきたのだろう。これほどの美貌の持ち主なら老若男女問わず注目されるはずだし、挨拶を求められる機会も多そうだなと思った。
「で、エミ。こっちがベースのヒロだよ。仲良くしてね」
茉莉が俺の方に手を向けながらエミリーに話す。追加の情報を求めるようにエミリーの青い双眸がこちらに向けられた。
「宮島寛人、です。栄高校一年で、出身は、川口市」
たどたどしくも何とか自己紹介をすると、エミリーは「ふーん」と相槌を打った。
「栄高校……頭は悪くないようね」
「ま、まあ」
うちの高校は県内の公立校の中では上位の偏差値であり、一応進学校として知られている。
「ところで、二人は一体どういう関係なのかしら?」
当然気になるであろう疑問を口にしたエミリーが俺と茉莉を交互に見比べる。
さて、俺たちの関係なんて他人以外の何物でもないけど、どう説明するべきかな。
無難な回答を考えていると、茉莉が軽い口調で答えた。
「星百合祭のときに知り合ったんだよ。ざっくり言うと、ヒロが私のことめっちゃ見つめてきたから、そ
れで私が声かけて、バンド組んだ、みたいな?」
「へ、へえ」
さすがにざっくりし過ぎだろ。説明下手か。あとその言い方だと俺が下心があって近づいたやましい奴みたいに聞こえるんだけど。
既にエミリーが俺を見て、「意外とチャラい男なの?」みたいに顔を引きつらせている。さっそく誤解が生じているらしい。
「あの、たぶん勘違いだから安心して」
「ごめんなさい。あまりジロジロ見ないでくれる?」
「いやだから違うって」
「あと私は純粋に音楽をやるために参加しただけだから、変な期待はもたないでね?」
ああ、もう。俺の第一印象がどんどんおかしくなっていく気がする。
内心で嘆息していると、俺とエミリーの会話を聞いていた茉莉がふふっと微笑んだ。
「二人とも、もうすっかり仲良しだねー」
「どこがだ!」「どこがよ!」
「お、お待たせしましたー」
ちょうどそのタイミングで飲み物を持って現れた店員さんが遠慮がちに声をかけてきた。
少し気まずそうに笑いながら、テーブルの上に飲み物を並べていく。
「ごゆっくりどうぞー」
店員さんの背中を見送ると、茉莉がグラスを掲げてニッと笑った。
「では皆さん。お手元にグラスのご用意を」
「え、まさか乾杯するの?」
「つーか俺たちマグカップなんすけど」
いいから、とあどけない笑顔で誘ってくる茉莉。
仕方ないなあと、俺とエミリーもそっとカップを持ち上げた。
「それでは、我がバンドの新たな門出を祝して!」
コーヒーをこぼさないように慎重にぶつけると、コツンという鈍い音が儚げに響いた。