第31話 わがまま
太陽が高く昇り、暑さが増してきた頃。
ライブ会場には大勢の人たちがひしめき合っていて、静かにその時を待っていた。
やがて最初のバンドがステージに現れると、ギターを抱えたボーカリストがマイクに向かって思い切り叫んだ。
『仙台から来ました! アリストテレスです! よろしくおねがいしまーすっ‼』
掛け声とともに観客のボルテージが一気に高まり、ついに決勝大会が開幕した。
同時にギターとベースとドラムの爆音が鳴り、力強いロックサウンドが会場の空気を揺らす。
「上手すぎだろ、この人たち……」
会場後方で一人でライブを観ていた俺は人知れずつぶやいた。
彼らの曲はロックとポップスを融合したような音楽で、初めてミセスグリーンアップルの曲を聞いたときのような衝撃があった。
これほどのレベルならスポティファイのランキングに入っていてもおかしくないのでは。まさか他の地区の代表がこんなに上手かったとは。
今日は決勝大会だから前回の地区大会とはわけが違うと思ってはいたが、初っ端からこんな圧倒的な演奏を見せつけられるとは思いもしなかった。
勢いのあるライブに気圧されていると、あっという間に最初のステージが終わってしまった。
『ありがとうございましたぁーっ‼』
ボーカルのやり切ったような声が響き、会場から盛大な拍手が沸き上がった。歓声に応えるようにメンバーが高々と拳を掲げる。
(すごいなぁ。かっこいいなぁ)
きっと彼らはこの日のために相当練習してきたのだろう。
勝ちたい、優勝したい――そんな切実な想いが、彼らの音に乗って伝わってくるのを感じた。
自分が掲げた目標に向かって努力している人は特別な輝きを放っていると思う。
そういった人間はいかなる場合においても他者を惹きつける魅力がある。
茉莉だってそのうちの一人だ。
大好きだった祖父に最高のライブを見せようと、今日までひたむきにバンドに打ち込んできた茉莉。どんなときも自信にあふれた顔で、いつも俺の一歩前を歩いていた。その愚直なほどのまっすぐさに振り回されもしたけど、それでも俺が付いていきたいと思ったのは、目標に向かって進んでいく茉莉の中に確かな輝きを見ていたからだ。
叶うことであれば、もう一度あの希望に満ちた顔を見ることはできないだろうか。俺の中にそんな淡い想いが込みあがってくる。
(……あ、そっか。このライブが終わったら、そもそも会うことすらないのか……)
よくよく考えてみると、今日のライブが終われば俺たちが一緒にバンドを続ける理由はもうない。バンドがなくなれば、俺と茉莉はただの他人だ。学校も違う俺たちが再び顔を合わせることはないし、そのままお互いに二度と関わることもなく大人になってしまうのだろう。
どうして俺はこんなにも大事なことを忘れていたのだろうか。
今さら焦ってももう遅い。俺の心づもりができていようがいまいが、最後のライブは刻一刻と近づいてくる。
ほとんど集中できないままライブを鑑賞していると、すぐに自分たちの出番が近づいてきた。
俺は準備をするために少し早めにステージ裏へと向かう。
控え室のテントに入るとそこには誰もいなくて、他の出演者たちの荷物で雑然としていた。
(戻ってくるの早すぎたな)
とはいえ、今からまた会場に戻るのもめんどくさい。とりあえずここで待ってるか。
飲み物を取ろうと机の上の荷物に手を伸ばしたそのとき、
「あ、やっぱりいた」
後ろから誰かが声をかけてきた。首だけ動かしてテントの入口を見ると、小さく微笑んだ茉莉が立っていた。
「相変わらず早いね」
「まあな。なんか落ち着かなくって。そっちこそ、珍しく早いじゃん」
「うん。なんとなく、ヒロがいるかなーって思って」
そう言って、茉莉が俺の真横に来る。
肩がぶつかりそうなくらいの距離で二人で机に向かっていると、茉莉が横顔を見せたままおもむろに口を開いた。
「……ヒロ、あのさ」
「ん、どうした?」
いつもとは違うやけにしおらしい様子に俺は嫌な予感がした。
一拍置いて、茉莉が言う。
「ありがとうね」
「……何が?」
「私のわがままに最後まで付き合ってくれて」
……なにそれ。
なんというか、あまりにもあっけない。
茉莉はただ素直に心からの感謝を告げようとしているだけだ。それならこっちだって、どういたしまして、と受け取ればいいだけの話にも思える。
でも、本当にそんな簡単な言葉で俺たちの関係を終わらせてしまっていいのだろうか。
さっきからずっと俯いたままの茉莉を見ながら最後を迎えても、俺は本当に納得できるのだろうか。
『あなたが今、一番大事だと思うことを思い切りやりなさい』
声を詰まらせている俺の脳裏に毒島先生の言葉がよぎる。
俺にとって一番大事なこと。それは――
「茉莉。ライブの前にちょっといいか」
考えているうちに、無意識に声が出た。
急に真面目な声を上げた俺に、茉莉がドキッとしたような顔を向ける。
俺は体ごと茉莉に向け直すと、大きく息を吸って、吐き出した。
「やっぱり俺、こんな感じで終わりたくない」
「え……?」
困惑の色を浮かべる茉莉に、俺は思いの丈をぶつける。
「実は俺さ、今日のライブのためにがんばっている茉莉を見てるのがけっこう好きだったんだ。だから、無茶なこと言ってるかもしれないけど、できれば最後までいつもの茉莉らしくいて欲しい。正直この大会の結果とかはもうどうでもいいけど、それでも俺たちのバンドを最後までやり切ろうぜ。もちろん俺も手伝うから」
それとさ、と俺は続ける。
「俺何となくだけど、茉莉のおじいさんもどこかで今日のライブを見てるんじゃないかなって思うんだ。だからやっぱり、こんな白けた感じで終わるのはよくないというか――」
言いかけて、俺は異変に気付く。
なんかさっきから茉莉の視線がこちらではなくて別のところに向いているような……。
「……おい、話聞いてる?」
「う、うしろ。テントの入口のところ、何かいる……」
茉莉が俺の背後を恐る恐る指さす。
……うしろ? なんだ? まさかじいさんが本当に化けて出た……?
俺がゆっくりと首を巡らせると、
「……ねぇ、どう? 聞こえる?」
「……うーん、聞こえなくなっちゃった」
「もうちょっと近づいてみる?」
「あ、ちょ、待って! エミちゃんそれ以上押しちゃだめ!」
「へ? あ、ごめ――って⁉」
「「ぎゃあぁぁぁぁーー」」
重なりあったエミリーと梨々華がテントの入口から勢いよくなだれ込んできた。
突然の惨劇。気まずい沈黙。
「……いてて……ってごめん梨々華! だ、大丈夫⁉」
「うん、へいき……てかエミちゃん、軽いね……」
エミリーの下敷きになっていた梨々華がゆっくりと体を起こして、ちょっとだけ気まずそうに頬を緩めた。
まったく。二人とも無事そうでよかったけど、せっかくの雰囲気が台無しだ。
俺は地面に座り込んでいる二人に詰め寄り、冷ややかな視線を突き下ろした。
「ねえ、君たちそこで何やってんの?」
「「!」」
びくりと肩をすくめたエミリーと梨々華がおずおずと俺を見上げる。
「べ、別に何もしてないわよ? たまたま入口のところで梨々華とぶつかっちゃって……ね?」
「そ、そうそう! 私たち別に盗み聞きとかしてないしー?」
「ふーん。たまたまね」
しどろもどろに互いを見合う二人。
すると、苦笑いを浮かべていた梨々華が急に何かを思い出したように俺に向かって指を向けた。
「と、というかさ。ヒロのほうこそ何やってんのよ⁉ 何でライブ直前の楽屋でいきなり告ってんのぉ⁉」
「は? 告ってなんてねーし」
「そ、そうよ! 完全にフライングじゃない! 告るならせめてライブ終わってからにしなさい!」
「いやいや! だから告ってねーって!」
なんなんだコイツら。なんか変な勘違いしてるみたいだな。もう説明するのもめんどくさい。こんなことになるなら柄にもないことするんじゃなかった。
勢いにまかせてやいのやいの言ってくる二人に頭を抱えていたら、
「……ぶふっ」
「「「!」」」
ふいに後ろから誰かが吹き出した音が聞こえた。
「……茉莉、なぜこのタイミングで笑う?」
「別に。笑ってないし?」
茉莉が顔を隠すように背を向けてギターケースに手をかける。笑いをこらえようとしているのか、肩が小刻みに震えていた。
なんかよくわからないけど、少しでも気がほぐれたのならこれはこれでよかったのかもしれない。
そんな風に思っていると、テントの入口から別の女性の遠慮気味な声が聞こえてきた。
「あのー、お取り込み中のところすみませんが……」
振り返ると、スタッフさんが申し訳なさそうな顔で中を覗き込んでいる。
「ブルー・アンド・ベリーズさんですよね? 前のバンドのライブはもう終わりましたので急いで準備をお願いできますか?」
「あ、すみません! すぐ行きます!」
ライブのことをすっかり忘れていた俺たちは大急ぎで出る準備を始めた。
俺のせいで怒られた、とエミリーと梨々華が責めてきたが、なぜかその表情は楽しげに見えた。




