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第27話 恩返し

 どれくらい話しただろうか。


 店内に戻った俺たちは、デザートを頼むのも忘れて茉莉の話を聞いていた。


 結局一時間近く居座ってしまい、最後は店員に申し訳なさそうな顔で声をかけられて、いそいそと店を出ることになる。


 ホテルへの帰り道、少しだけ笑顔を取り戻した茉莉の目を盗んで、エミリーが俺に「ありがとね」と言ってきたが何て返せばいいのかわからなかった。


「それじゃあ、また明日。二人とも寝坊しないでね」

「う、うん。たぶん大丈夫。今日は早く寝るから」

「ふふっ、ヒロ君も一緒だし大丈夫でしょ。もし不安なら私が朝電話してあげる」

「ひゃあ、エミちゃんのモニコとか天使過ぎる。そりゃ飛び起きるって」


 ホテルに着いて他愛のない会話を交わし、俺たちは解散した。


 梨々華と一緒に部屋に戻った俺は自分のベッドに腰を下ろす。


 静かな室内に空調のファンの音だけが緩やかに響いていた。


「私、先お風呂入るね」

「ああ」


 生半可な返事で梨々華を見送ると、バスルームからシャワーの音が聞こえてきた。


 一人になった俺はベッドに横たわり、今日皆で話したことを反芻する。


 茉莉の話によると、明日は日中のライブには出れるが、その後は俺たちと一緒に埼玉には帰らず、そのまま隣町にある祖父母宅に家族とともに残るらしい。きっと色々とやることがあるのだろう。


 なんだか急に慌ただしいことになってしまったなと、俺は大きく息を吐く。


 この数時間で起きた出来事に気持ちの整理が追いつかない。


 現実から目を背けるようにスマホを手に取ると、母から連絡が来ていた。


 見ると、「明日がんばってね」という応援のメッセージが表示されている。


 そういえば明日は父さんも母さんもライブを見に来るんだっけ。


 返信する気になれず、スマホをベッドに放る。


(明日、まともにライブなんてできるのかな……)


 言うまでもなく、俺たちが今回の大会でここまで来れたのは茉莉のおかげだ。


 もちろん他のメンバーが貢献した部分もあるが、主には茉莉の底知れない情熱がこのバンドを引っ張っていたのは誰の目からも明らかである。


 だけど、目標に向かってひたすらに突き進もうとする茉莉はもういない。

明日の会場では、以前のようにステージ脇でうずうずとライブを待ちわびる彼女の姿を見ることはないだろう。


 柱とも言える存在を失った今、このバンドはどうなってしまうのだろうか。


 そんなことをまとまりなく考えていると、いつの間にかシャワーを浴び終えた梨々華が普段の寝間着姿で戻ってきた。


 頭にタオルを巻いて、ドライヤー片手に隣のベッドに腰かける。


「おまたせ。お風呂空いたよ」

「ああ……」


 なんだか起き上がるのもめんどくさい。


 動く気になれずにそのまま天井を眺めていると、梨々華がベッドから立ち上がって俺にジト目を向けてきた。


「……ん?」


 そしてなぜか俺の顔にドライヤーを向けて、いきなり熱風を浴びせてくる。


「っ⁈ あっつ! ちょ、何⁉」

「何じゃないでしょ! もう!」


 梨々華がドライヤーを止めて、不機嫌そうに両腕を組む。俺は慌てて身を起こした。


「さっきからなんちゅー顔してんの! 明日はライブ本番なんだから、いつまでもそんなこの世の終わりみたいな顔しないで!」

「こ、この世の終わりって……。つーか俺、もともとこんな顔だぞ?」

「いつも以上に終わってる」

「ひでえ……」


 やれやれと呆れたように息を吐いて、梨々華が向かいのベッドに座った。


「茉莉ちゃんのこと、気になってんでしょ」

「え、いや――」

「気持ちはわかるけどさ。でも私たちまで落ち込んでたってしょうがないじゃん」

「そういうわけでは――」

「むしろ茉莉ちゃんがつらい時こそ、私たちが茉莉ちゃんの分まで頑張らないと」

「…………」


 圧倒的な正論。


 何も言えないでいる俺に向かって「でしょ?」みたいな目を向けてくる。


 まさか妹にこんなに簡単に見透かされるとは。兄としてはちょっと悔しい。


 だけど、梨々華の言っていることはやはり正しいと思った。


 俺がこのままずっと落ち込んでいても何も変わらないし、むしろ茉莉を余計に気負わせてしまうかもしれない。たとえ茉莉を励ますことができなかったとしても、彼女の心理的な負担を増やすことだけは絶対に避けなければいけない。


 だとしたら梨々華の言う通り、俺たちくらいは無理やりでも気持ちを切り替えるべきか。


 顔を上げると、眉をひそめた梨々華がこちらを見つめていた。


 それにしてもコイツ、何でこんなに冷静でいられるんだ。これが人生経験の差ってやつか。


「な、なによ。さっきからジロジロ見て」

「いや、何か梨々華ってたまに凄いよなーって思って。何でそんなにしっかりしてんの?」

「そう? ヒロが頼りないだけじゃない?」

「ぐっ!」


 否定できない自分が情けない。


 内心で悶えている俺に向かって、梨々華が「とにかく」と声を上げる。


「明日は私、いつも以上に気合入れてドラム叩くから。ヒロもそのつもりで弾いてよね」

「お、おう。もちろん」

「みっともない演奏したらマジで許さないからね? そのときは後ろからヒロの尻の穴めがけてドラムスティック投げつけるから」

「それはやめて……」


 物騒なことを言いながらも、梨々華の目には気落ちしているであろう茉莉を全力で支えようという意思が見え隠れしていた。


 その気遣いに、つい本音が口をつく。


「なんか、ありがとな」

「え? 尻にスティック刺されてありがとうって……ヒロってそんなにドMだったっけ?」

「そっちじゃねー」


 軽蔑の視線を向けてくる梨々華に俺は少しだけ呆れ顔を見せてから、すぐに真面目な声で返した。


「まあでも、なんというか、ほんと助かるよ」


 少し驚いたような表情を浮かべて、梨々華がふいと視線を逸らす。


「べ、別にヒロのためじゃないし。茉莉ちゃんに……恩返ししたいだけ」

「恩返し?」


 梨々華が照れくさそうに濡れた髪をくるくるといじる。


「……茉莉ちゃんからこのバンドでドラムをやってくれないかってお願いされたとき、私めちゃくちゃ嬉しかったんだから。まだ私のドラムを必要としてくれる人がいたんだって」


 珍しく本音を打ち明けてくれた気がして俺が目を見開いていると、梨々華がわずかに頬を紅潮させて続けた。


「……ま、そういう意味ではこのバンドを紹介してくれたヒロにもちょっとは感謝してるけど」

「そっか。ならよかったよ」

「ちょっとだけね」


 そう言って梨々華がドライヤーのスイッチを入れた。ぶおんという音が鳴り、会話の終わりを告げる。


 恥ずかしそうに髪を乾かしている梨々華の横顔を少しだけ眺めてから、俺はベッドから立ち上がりバスルームへと向かった。

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