第25話 不安
その日の夕方。
無事に顔合わせとリハーサルを終えた俺たちは、海浜公園からバスで移動して、宿泊先のホテルへと向かった。
ちなみにホテルの部屋割りは俺と梨々華のツイン、茉莉とエミリーのツインである。梨々華は俺との相部屋を最後まで渋っていたが「シングル二つよりツインの方が安い」という母の有無を言わせぬ一言によりこのような部屋割りになった。
一旦部屋に荷物を置いてから、俺たちはすぐに夕食のお店を探しに市内の散策に出た。
オレンジ色に染まる街をぶらぶらと歩きながら、梨々華が両手を上げて伸びをする。
「はー、今日は疲れたねー。お腹すいたー」
「うん。私も」
お腹をさすりながら言う茉莉に、俺は無意識に視線を向けていた。
よし決めた。夕食の後、茉莉を呼び出して明日のライブについて話そう。「申し訳ないがやっぱり服を脱いでライブなんてできない」とはっきり言うのだ。きっと「何を今さら!」と怒られるだろうが、できないものはできないのだから仕方がない。大丈夫、俺なら言える。何も恐れずに言いたいことをしっかりと伝えよう。
「何やってんのヒロ? さっきから一人でガッツポーズして、キモいんだけど……」
「へっ⁈ あ、いや……俺も腹減ったなーって」
不審な目を向けてくる梨々華。無理やり目を逸らして何とかごまかす。
「ふーん。ヒロ、そんなに夕食が楽しみだったんだ?」
「ああ。まあそんな感じだ」
適当に会話を合わせていると、スマホを眺めながら道案内してくれていたエミリーが一軒のラーメン屋の前で立ち止まった。
「あ、あったわ。ここじゃない?」
「わーい、エミちゃんありがと! ごはん、ごはん!」
どうやらお目当てのお店に着いたらしい。
エミリーの腕に抱き着きながら、梨々華が入口の方に足を向ける。
とりあえずまずは腹ごしらえをするとしよう。腹が減っては戦はできぬって言うし。
「らっしゃいませーっ!」
引き戸を開けて中に入ると、店内は思いのほか広々としていて、地元の人らしき客で程よく賑わっていた。
店員に案内されて窓際のテーブル席に腰かける。
さっそく梨々華がメニューを手に取って卓上に開いて見せた。
「私はやっぱりスタミナラーメンかな。こういうときはご当地ものを食べないとね」
スタミナラーメンはレバーやキャベツ、カボチャなどの具だくさんな甘辛醤油餡を乗せたラーメンで、ひたちなか市のソウルフードだ。スタミナといいながらにんにくを使用していないのも地味にありがたい。
結局俺たちは梨々華に倣う形で皆で同じものを頼むことにした。
注文して少し待つと、すぐに年配の女性店員がトレーに丼ぶりを乗せて運んで来た。
「お待たせしましたー。スタミナラーメンでーす!」
丼ぶりがテーブルに置かれ「おおっ!」という感嘆が上がった。
麺が見えないほど具がたっぷりと乗ったラーメンからは、とろみのある醤油あんの風味が湯気とともに立ち上ってきて食欲をそそる。
スマホで写真をとりまくる梨々華を横目に、先に箸を手に取って「いただきます」と麺をすくった。
「うん、美味しい!」
「ええ、さすが人気のご当地グルメね!」
向かいに座る茉莉とエミリーの顔に笑みがこぼれる。
麺をすすると、こってりとした濃厚な餡と野菜のうまみが口いっぱいに広がった。たしかにこれは病みつきになりそうだ。
「んん! おいひー!」
少し遅れて、隣から梨々華が豪快に麺をすする音が聞こえてくる。
それからはもうほとんど会話はなく、四人とも黙々と箸を進めた。日中の疲れと空腹も相まって、俺たちが完食するのにほとんど時間はかからなかった。
「ふう、美味しかったーっ!」
満足そうな顔で両手を合わせる梨々華。
ごちそうさまと言いつつ、なぜか再びメニューを手に取りテーブルの上に広げる。
すると、女子たちの視線が自然とデザートの欄に吸い寄せられた。
「なるほど、アイスクリームと杏仁豆腐。難しい選択ね」
エミリーの言葉に、茉莉と梨々華がこくりと頷いた。
もしかして今からまた注文する気なの? さっきのラーメンけっこう重かったと思うんだけど。
三人が悩ましげな目でメニューを覗き込んでいた、そのとき――
テーブルの上に置いてあった茉莉のスマホが突然震え出した。
「……あ」
その画面を見た茉莉の顔に、わずかに陰りが滲む。
「茉莉? どうかしたの?」
「ううん。ごめん、ちょっと電話してくる。先にデザート食べてて」
そう言って、慌てて席を離れていく茉莉。
ガラガラと音を立てて引き戸を開けて、店の外へと姿を消す。
あまりに突然の出来事に、残された三人の間に一瞬無言の時間が流れる。
「……どうしたんだろ。何かあったのかな。今日の茉莉、何となくいつもと違った気がするし」
茉莉の後ろ姿を視線で追いかけていたエミリーが、顔を外に向けたままポツリとこぼした。
どうやらエミリーも日中の茉莉の違和感に気付いていたらしい。
その気遣わしげな横顔が、残された者たちの不安を煽る。
「大丈夫でしょ。きっとすぐ戻ってくるよ!」
気まずい沈黙を払うように梨々華が明るく振舞うと、エミリーがやさしく微笑み返した。
「そうね。デザートは茉莉が帰ってきてから皆で頼もっか」
だけど、茉莉はなかなか戻ってこなかった。
茉莉が店を飛び出してからもう十分は経つ。
電話するって言ってたけど外で誰かと話し込んでいるのだろうか。でもこんなときに誰と?
「茉莉ちゃん、大丈夫かな……」
さすがに心配になってきた梨々華が俺たちの心の声を代弁するかのようにか細い声をもらす。
様子を見に行ったほうがいいかな。皆がそう思い始めていたとき、ずっと口を閉ざしていたエミリーが急にこちらに顔を向けてきた。
「ヒロ君、ちょっと外の様子を見てきてくれない?」
「え、俺?」
黙って首肯するエミリー。こくこくと同調してくる梨々華。
「いいから早く行って?」みたいな二つの視線が突き刺さる。
……まあ、行くけどさ。




