第24話 罰ゲーム
連休が明けた五月の初め。
日ごとに陽射しの勢いが増し、街に初夏の香りが漂いはじめた頃。
俺たちは特急電車とバスを乗り継ぎ、ついにスクールズロックの決勝の舞台である茨城県ひたちなか市を訪れた。
決勝大会のライブ会場があるのは、市の東部の海沿いに位置する国営ひたち海浜公園だ。
太平洋に面した広大な敷地を持つこの公園は、四季折々の花々が楽しめる花見の名所として知られている。パンフレットによると、この時期は丘一面を鮮やかな青で彩るネモフィラが見頃らしい。
ちなみに国営ひたち海浜公園は、実はコロナ渦前までは日本最大の野外ロックフェスであるロックインジャパンの開催地であった。そのため、音楽好きな人からは今でもロックの聖地と呼ばれることがある。ここがスクールズロックの決勝大会の地として選ばれたのもそれが所以だろう。
公園入口のゲートで入場手続きを済ませて、ベースと宿泊用の荷物を抱えながら園内を歩いていく。
今日の予定は顔合わせとリハーサルのみで、ライブ本番は明日だ。そのため今晩は近くのホテルに四人で宿泊だ。
「本気でまずいな……」
思わず独り言がもれた。
ずっと茉莉が願っていた、おじいさんをライブに招待する日が明日に迫っている。そしてそれは俺にとって、大勢の観客の前で服を脱いで醜態を晒す日を意味している。
どうせ決勝大会に行く前に途中で負けて終わるだろうと、たかをくくっていた俺が悪かった。まさか本当にこの悪夢のような日が実現してしまうとは。
いや、今はそんなことはもうどうでもいい。どうにかしてステージで服を脱がずに済むための言い訳を考えないと。
だが、さいたま地区大会の翌日からずっと頭をひねらせているのにも関わらず、未だにいい言い訳が思いついていない。そして結局茉莉と何の相談もできないまま、気が付けばとうとうライブ前日になってしまった。
自分がこういう都合の悪いことをなかなか言い出せない性分であることはわかっている。しかも相手が女子となれば尚更だ。もうこうなれば下手に言い逃れしようとはせずに、土下座も辞さない覚悟で許しを請いにいくべきだろうか。
俺は隣を歩く茉莉の顔をおずおずとうかがってみる。
その横顔はどことなく強張っているようで、眉一つ動かさずに前方だけを見据えていた。
大舞台を前に珍しく緊張でもしているのだろうか。なんとなく、話しかけづらい。
「あ! 見て、あれじゃない?」
逡巡していると、梨々華の威勢のよい声が聞こえてきた。
梨々華が指差す先には、のどかな景色の中で異彩を放っている半円形の巨大なアーチが見えた。その真下には、ライブ用の機材やスピーカーが設置された大型の野外ステージ。どうやらここが決勝大会のライブ会場のようだ。
「すっごーい! ヤバいヤバい、めっちゃでかい!」
「うん、まさに決勝って感じのステージね!」
まるで遊園地に連れてきてもらった子供のように梨々華がスキップしながら駆けていく。「待って梨々華」と言いながらエミリーが小走りでその後に続いた。
まったく、アイツらはのんきでいいよな。こっちは明日のライブのことを考えるだけで胃に穴が開きそうだというのに。
「梨々華は元気だねー」
唇の端をわずかに上げながら、茉莉が話しかけてくる。
「アイツは子供の頃からずっとあんな感じだよ。面白そうなものがあるとすぐに周りが見えなくなって、勝手にどっか行っちゃうんだ。おかげでよく親に怒られてた」
「そうなんだ。なんだか楽しそうでいいな」
楽しかった、のかな? どちらかというと大変だった記憶の方が多い気がするけど。
首を傾げる俺の横を茉莉が静かに追い越していく。
その後ろ姿が何となくいつもとは違うように見えて、
「……茉莉は、元気じゃないのか?」
「え?」
意表をつかれたような顔で、茉莉が足を止めて振り返る。
「いや、決勝大会に来たのにあんまり浮かれてないなと思って。ずっとここに来たかったんだろ?」
少し面食らったように目を見張る茉莉。
わずかな沈黙が訪れて、茉莉の黒髪が風にそよがれる。
「大丈夫、ちょっと緊張しただけだよ。心配かけてごめん」
「あ、いや。ならいいけど」
変なことを聞いてしまったかなと少し後悔していると、俺を気遣うように茉莉がくすりと微笑んだ。
「ねえー、二人ともなにしてんのぉーっ? 顔合わせ遅れちゃうよーっ?」
遠くから梨々華の叫び声が聞こえて、二人の間の何とも言えない空気がかき消される。
「いまいくー!」と茉莉が大声が返事をして、俺の方に振り返った。
「行こうヒロ。向こうまで競争。最後だったほうが罰ゲームね!」
「は?」
「はい、よーいドン!」
勝手なことを言って、茉莉が梨々華たちの元へ勢いよく走り出す。
「ちょっ、待って!」
みるみる小さくなっていく茉莉の背中を必死に追いかけながら、俺は「何なんだよもう」と小声でぼやいた。
罰ゲームならもう間に合ってる。




