第23話 バイトするもん
年度が変わって数週間が経過した。
校内ではまだ初々しい新入生の制服姿が目に留まるこの季節。
誰もが新生活への期待と緊張を胸に宿しており、どこか浮足立った空気が春のやわらかい陽気に溶け込んでいた。
そんな中俺はというと、相変わらず放課後に女子三人組と一緒に貸しスタジオに通う日々を送っている。
刻々と近づいてくるスクールズロックの決勝大会に向けて、自然とバンド練習の頻度も多くなってきている気がした。
いつも通りスタジオでの練習を終えて、皆で駅へと向かう帰り道。
前を歩く三人の背中を後ろから見ながら歩いていると、茉莉とエミリーに挟まれていた梨々華が気だるげにつぶやいた。
「あー、帰ったら英語の小テストの勉強しなきゃなー」
「それってもしかして森センの小テスト? 去年私もやったなあ。あれ、なかなか大変だよね」
懐かしむように茉莉が言うと、今度はエミリーが横やりを入れた。
「あら、あんなテスト大したことないわよ。基本的な英語しか出ないもの」
「梨々華、この先輩の言うことを真に受けちゃだめだよ? エミにとっての『基本的な英語』は私たち純ジャパにとっては全く基本的ではないから」
「はーい、茉莉先輩」
顔を見合わせてけらけらと笑い合う三人。
先月、星ヶ浦女学院の中等部を卒業し、高等部に進学した梨々華は正式に茉莉とエミリーの後輩になった。同じ制服を着て同じ校舎に通うようになり、彼女たちの距離感は以前よりも縮まっているように見える。
そしてもう一つ大きく変わったこと。
それは梨々華が高校生になった途端に髪をブラウンに染めたことだ。
どうやら星ヶ浦の校則では高校生から髪色を自由にして構わないらしい。国際色豊かな学生が通うため、多様性を受け入れるという観点からも髪色を含む外見に関する規則がほとんどないそうだ。
最初は見慣れなかったその髪色も、今となっては梨々華の明るい性格によく馴染んでいて、去年よりも更に垢抜けたように見える。
梨々華が肩にかかった自慢の髪をふわっと後ろに流して、手で首元をぱたぱたと仰いだ。
「それにしても、まだ春なのに普通に暑いよね。なんかあっという間に夏になるんだろうなーって感じ」
「ほんとね。決勝大会ってたしか野外ライブだったわよね。真夏日じゃなくてよかったわ」
決勝大会は五月の連休明けから関東の梅雨入り前のシーズンに開催されることになっている。以前は夏休みの時期に実施していたこともあるらしいが、近年の猛暑化の影響も考慮して開催時期をずらしたらしい。
「そういえばひたちなか市って海あるんだっけ? 入れるかな?」
「私たちが行く頃だとまだ海開き前だから、海水浴はできないわね」
「そっかー、残念」
エミリーに言われて、がっくしと肩を落とす梨々華。海なし県こと埼玉に住む若者の海への憧れは半端ないのだ。
茉莉がなぐさめるように梨々華の肩に手をかけた。
「じゃあライブが終わったら皆で打ち上げに海鮮丼でも食べよっか」
「それいい! 食べる食べる!」
あっさりと元気を取り戻す梨々華。海水浴も海鮮丼には勝てなかったらしい。
「いやー、楽しみだなーひたちなか」
「ねえ、海鮮丼もいいけど他にもご当地グルメが色々あるみたいよ」
「マジ⁉ エミちゃん見せて見せて」
エミリーのスマホ画面に梨々華と茉莉が食いつく。三人とも完全に旅行気分だ。
「那珂湊焼きそば、スタミナラーメン、干し芋ソフトクリーム……」
「「……」」
なんかゴクリと生唾を飲む音が聞こえてきた。
少しして、茉莉の威勢の良い一言。
「全部食べよう!」
「「賛成!」」
どうやら意見が割れることもなく無事に団結したようだ。
ワチャワチャしている彼女たちの様子を後ろから眺めていたら、急に梨々華が女子の会話から抜けて俺の隣に詰め寄ってきた。
「ねえねえ、お兄ちゃん」
「……何」
何となく言いたいことはわかりそうだけど。
「カットとカラーってけっこう高いんだね。気づいたらお年玉なくなっちゃった」
聞いてもないのに勝手に話し出す梨々華。
あざとい瞳で俺を見上げながら、顔の前で両手を合わせてくる。
「お願い! 今度のひたちなか旅行のお小遣い、ちょっとだけ貸して? バイト代入ったら返すから」
「え、お前バイトなんてしてたっけ?」
「ううん、これから探す予定」
「……」
それ、いつ返ってくるの?
日が沈み始めた西の空を拝みながら、俺は小さく溜め息をついた。
バンドってマジで金かかるなあ。




