第20話 負けられない理由
リハーサルを終えて昼食を済ませると、遂にライブハウスの開演時間になった。
開演とともにライブを見に来たお客さんがぞろぞろと来場してきて、気が付くと広々としていたホールはすぐに人で埋め尽くされた。
「皆さんこんにちはーっ! スクールズロックさいたま地区大会へようこそっ!」
司会進行役の女の子二人組がマイクを持ってステージに現れる。
スクールズロックは参加者だけではなく、実は実行委員会の主体も高校生が担っている。
地域振興会などの支援を受けながら学生が中心になってイベントを運営することで、学生の社会性やリーダシップを育成する狙いがあるらしい。
初々しい司会による開会式が終わると、ホールの照明がすうっと落ちていった。
ステージを隠していた垂幕がゆっくりと上がり、その向こう側からお揃いの制服を着て楽器を抱えた四人組の女の子たちが姿を現す。
「エントリーナンバー一番『シェケルパーレ』の皆さんです! よろしくお願いします!」
司会進行の声を皮切りに力強いバンドサウンドが会場の静寂を打ち破り、ライブが始まる。
彼女たちの曲は片思いの女の子の恋心をうたった青春ソングだった。
「普通にうめぇ……」
よくよく考えれば自分がライブをするのも初めてだけど、他の高校生のライブをちゃんと見るのも初めてだ。
彼女たちの演奏は技術面で言えば当然プロのそれには到底及ばないけど、学生ならではの熱量のようなものを感じた。
メンバー全員がこれまで積み上げてきたものを全力で出し切ろうとしているのがはっきりと伝わってくる。
彼女たちのライブを見ていると、果たして自分にはこれまで積み重ねてきたものなんてあるのだろうかと、少し不安になる。
(ヤバいな、けっこう緊張してきた……)
そのまま他のバンドの演奏に気圧されていると、あっという間に前半のバンドの演奏が終了していた。
「そろそろ準備しよう」
エミリーに声をかけられ、俺たちは熱気に満ちたホールを後にした。
一度楽屋に戻り準備を済ませてから、楽器を持ってステージ脇の次演者用の待機場所へと移動する。
「うぅ、ヤバい。ガチで緊張してきた……」
「たしかに、この直前の待ち時間が一番つらいわね……」
前のバンドの演奏が終わるのを待ちながら梨々華とエミリーがささやきあっている。
そんな中、口元に笑みを浮かべてステージを見据えている奴が一人。
「随分と余裕だな」
俺が思わず話しかけると、ギターを抱えた茉莉が視線だけこちらに向けた。
「当然。早くやりたくて、ワクワクが止まらないよ」
「凄いな。その度胸が羨ましいよ。どうやったらそんなに自信満々になれるんだ?」
「そんなの当たり前じゃん。だって私は、この場にいる誰よりも勝ちたいと思っているんだから」
急に真面目な口調になった茉莉に俺は一瞬戸惑う。その顔はただ目の前の勝負に負けたくないというわけではないような気がした。
「それってどういう――」
「ありがとうございましたぁーっ‼」
俺が聞き返そうとしたとき、前のバンドのライブが終わった。
ホールを揺るがすような歓声と拍手が沸き上がり、俺の声がかき消される。
「次のバンドの方、セッティングお願いします!」
誘導担当のスタッフさんがステージへと続くドアを開けた。
ステージから漏れ出てきた光が茉莉の自信に満ちた顔を照らす。
「さあ、行こうか」
そう言って、茉莉が胸ポケットから取り出したサングラスを目元に乗せた。
ステージに上がって最初に気付いたのは想像以上に暑いということだった。
この場所は常にスポットライトに当てられているせいであたりの空気が乾いた熱を帯びている。
ステージ端でギターを抱えて立っている茉莉は革ジャケットの袖を限界までまくり上げて手で首元を仰いでいた。
アイツ大丈夫かな、曲の途中で熱中症で倒れたりしないといいけど。
そんな心配をしつつ、俺は茉莉とは反対側のステージ端でベースの準備を進める。
「……よし、だいたい大丈夫かな」
セッティングを終えてステージ中央に目を向けると、マイクスタンドの前に立つエミリーが怪訝そうにこちらを見ていた。
「ヒロ君、なんでそんな端っこに立ってるの? もしかしてそこで弾くつもり?」
「え、だってベーシストの立ち位置ってだいたいこんな感じじゃない?」
ベースって縁の下の力持ちって例えられることもあるくらいだから、そんなに目立たないほうがいいと思うけど。
ジト目を向けながらエミリーがこちらに近づいてきて、俺の左腕を掴んできた。
「ダメ。全体の見栄えが悪くなるからもっとこっち側に来て」
「あっ、ケーブル抜けるからそんなに引っ張らないで!」
エミリーに無理やり連行されてステージの中央前方に移動すると、ホールの最前列にいる観客と目が合った。
思ったよりもお客さんとの距離が近くて目のやり場に困る。
俺が視線を泳がせていると、ステージ後方のドラムセットから梨々華の勇ましい声が聞こえてきた。
「よーし、準備オッケー! いつでもいけまーす!」
両手でスティックを振りながら笑顔で合図してくる。
「私もいけるよ!」
ギターアンプの前には半袖シャツ姿の涼しげな格好でギターを抱えている茉莉がいた。足元には脱ぎ捨てられた自慢の革ジャケットが転がっている。あまりの暑さに、ロックファッションは諦めたらしい。
全員の準備が完了したことを舞台脇にいたスタッフに伝えると、数秒後、ホールの照明がふっと消えた。
静まり返ったライブハウスにステージに立つ俺たち四人の姿だけが浮かび上がる。
「エントリーナンバー七番『ブルー・アンド・ベリーズ』の皆さんです! よろしくお願いします!」




