第2話 恋の予感?
星百合祭から二日後。どことなく憂鬱な月曜の朝。
俺は同じ制服を着た登校中の生徒たちの流れに乗りながら、ひんやりとした朝の並木道を歩いていた。
俺が通っている栄高校はさいたま市の郊外にある。都会のような騒がしさもなく、かといって田舎ほどの不便さもない。駅前に遊ぶところは少ないけど、放課後にどこかに寄り道する予定もない俺にはちょうどよい街だ。
最寄り駅から徒歩十分。閑静な住宅街の中に校舎が見えた。
校門前の横断歩道で信号待ちをしていると、
「よ、ヒロ」
誰かが後ろから肩を叩いてきた。
俺のことをヒロと呼びながら隣に並んできたのは友人の漆畑克也だ。
女子ウケのよさそうなふわふわした髪型と目鼻立ちの整った顔つきはイケメンという形容がふさわしい。漆畑とは小学校時代からの長い付き合いで、たまに休日に会うこともあるような仲だ。
ちなみに先日の星百合祭に俺を誘ってきたのもコイツ。後から聞いた話によると、俺とはぐれたあとスマホの充電がなくなって連絡がとれなくなったらしい。現地の女の子に充電器を借りたところ、それがきっかけで仲良くなって連絡先を交換したんだとか。コミュ力おばけというのはコイツみたいな奴のことを言うのだろう。
「で、ヒロはどうなんだよ。例の子とは上手くいってんのか?」
「例の子って?」
「とぼけんなって。星ヶ浦の女の子だよ」
からかうように言って、漆畑がニヤリと微笑む。
星百合祭のライブ会場での顛末を、俺は漆畑に既に話していた。
「彼女とはどこまで進んだんだ? デートの約束くらいはこぎつけたのか?」
「デートとかそういう関係じゃないけどな。まあ、今日の放課後また会おうって言われてるよ」
「おお! それをデートって言うんだよ! いやー、ついにヒロにも春が来たってわけかー」
「校門前ででかい声で変なこと言うなって。それに全然そういうやつじゃないから。ただ向こうがちょっと話があるだけだよ」
信号が変わったのを機に俺は足早に歩き出す。
……しかし漆畑にはああ言ったが、彼女は俺に一体何の話があるのだろう。初対面な俺と話すことなんて普通に考えれば何もないはずなのに。これはやはり、そういうやつなのだろうか。
ざわつく心を悟られないように取り繕いながら歩いていると、漆畑が半歩後ろから楽しげな口調で話しかけてきた。
「でもさ、その子って音楽系の子なんだろ? だったらヒロと相性いいんじゃね?」
「なんでだよ。別にそんなことねーって」
校門を潜り、昇降口を目指す。押し黙っている俺にお構いなしに漆畑は続ける。
「だってよ、お前が唯一持ってるのが音楽じゃん? それ以外はさー、根暗だし、運動音痴だし、顔も平凡だし、身長も平均以下だし、帰宅部だし、俺以外友達いないし。やっぱり自分の得意分野で勝負するのが一番だって」
「ねえ、仮にすべて事実だったとしてももう少しオブラートに包んでくれない? さすがに俺も悲しくなっちゃうんですけど?」
「いやいや、俺はお前のことを高く評価してるんだぜ。結局さ、色んなことがそれなりにできる奴より、何か一つでも突出しているスキルを持ってる奴の方が最終的に必要とされるんだよ。だからお前はもっと自信を持て」
「そんなもんかねえ……」
フォローする気があるのかないのか、漆畑がへらへら笑いながら言う。コイツは昔からこんな感じだから今さら特に気にはしない。
人通りの多い朝の昇降口を抜けて、俺たちは教室へと向かった。ちなみに俺と漆畑はクラスまで一緒だ。まさに腐れ縁ってこういうのを言うんだなと入学当初に思ったのを覚えている。
俺たちの教室である一年五組の前まで来ると、漆畑が俺の背中をバシッと叩いてきた。
「ま、何かあったら恋愛マスターのオレにいつでも相談しろよ。ボーイズトークしようぜ」
ニカッと笑って、漆畑が教室の引き戸を勢いよく開ける。「はよーっす」と愛想の良い挨拶をばらまきながら自席へと向かうと、彼の周りには早くも人だかりができていた。
相変わらずの人望の厚さだなと感心しながら、俺は自分の席に静かに腰を下ろした。
◇◇◇
その日の放課後。
俺は高校の最寄から二つ隣にあるJR南浦和駅を訪れた。
京浜東北線と武蔵野線が交差するこの駅は人通りが比較的多い。
待ち合わせ場所である改札前に着くと、俺は行き交う人々をぼんやりと眺めてみた。
やっぱり緊張してきたな。こういうときってどんな顔して待ってればいいんだろう。
とりあえずスマホをいじってるふりをしてみる。
しばし意味もなくネットニュースをスクロールしていると、ギターを抱えた一人の女の子が急ぎ足でこちらに向かってきた。