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第19話 さいたまの中心でロックを叫ぶ

 そしてきたるライブ当日の朝。


 ベースを背負いながら俺が訪れたのは市内の中心地、さいたま新都心駅だ。


 新都心という名の通り、この駅の周辺には高層ビルや大型ショッピングモールが立ち並んでいる。少し歩けば県内最大のスタジアムであるさいたまスーパーアリーナもあり、まさに埼玉の中心と言えるような場所だ。


 今日は休日ということもあり、駅前には買い物に来たであろう家族連れや若者の姿も多い。


 行き交う人々の様子を眺めていると、駅構内からギターを抱えた一人の人物が歩いてくるのが見えた。


「おはよう。いよいよだね」

「ああ、おはよう。で、その格好は何?」


 揚々と現れた茉莉は黒いテカテカの革ジャケットを着て、顔の半分くらいありそうな大きなサングラスをかけていた。ワイルドなスタイルが小柄な体に驚くほど似合っていない。


「ロックファッションだよ。ライブと言ったらやっぱりこれでしょ」


 サングラスの縁をくいっと持ち上げて茉莉が得意気に微笑む。


 まったく、茉莉といいエミリーといい、どうして皆ロックとなるとすぐに革ジャケットに手を出すのだろうか。


 俺が目を細めながら「そうだね」と適当に相槌を打つと、茉莉が首を傾げてこちらを見上げた。


「あれ、なんかヒロ元気ないじゃん。もしかして緊張してる?」

「まあそりゃちょっとは緊張するよ。だって初ライブだし。むしろ茉莉は緊張しないのか?」

「私は星百合祭のときに一回ライブを経験してるからね。ヒロも今日のライブでステージに慣れちゃえば 決勝大会のときにはきっと緊張しなくて済むと思うよ」


 さも決勝大会に行くことが当たり前という口調で茉莉が言う。


 今日のライブはスクールズロックのさいたま地区大会だ。音源審査による予選を通過した北関東周辺の選りすぐりの高校生バンド約十組が集まる。各バンド持ち時間十分程度の短いライブを披露し、審査員がその場でグランプリのバンドを決めるという流れだ。ちなみに決勝大会に行けるのはグランプリを取得した優勝バンドのみである。つまりその確率はたった十分の一ということだ。


 他のバンドの実力は未知数だが、結成してわずか数カ月しか経っていない俺たちが勝ち抜くのは正直難しいのではないかと思う。


 それにもし決勝大会に進出した場合には、茉莉の中では俺は上裸でライブをするという設定になっている。そんな状況になってしまえば、もはや緊張などという言葉で表せないほどの羞恥心に襲われることになるだろう。


 もちろん今日のライブは全力で挑むつもりではあるが、万が一、奇跡的に勝ち上がってしまって決勝大会の舞台で醜態を晒すことになると考えると、なんとも複雑な気持ちになるのだった。


 俺が一人でうーんと唸っていると、コンビニで買い物をしていたエミリーと梨々華が戻ってきた。


「えーっ! 茉莉ちゃんめっちゃカッコいいじゃん! 超ロックンローラーって感じ!」

「いやー、まあ、それほどでも? うへ、うへへ」


 梨々華に褒められた茉莉が頭を掻きながら気持ち悪い声で笑う。


 たぶん本当のロックンローラ―はそんな声出さない。


「ほら、全員そろったのなら遊んでないで早く行くわよ。集合時間に遅れちゃう」

「「はーい」」


 エミリーに促されて、俺たちはライブ会場に向かって駅から歩き出した。


 荷物が多いのでなるべく横に広がらないように四人で縦に並んで歩く。道案内をしてくれているエミリーを先頭に、俺、茉莉、梨々華の順だ。


 ちなみに今日のエミリーは結局カジュアルなシャツとスカートという、いつもよりも少しだけ明るめな服装に落ち着いていた。


 後ろから聞こえてくる茉莉と梨々華のハイテンションな会話を耳にしながら歩いていると、前にいるエミリーがふと俺の方を振り向いてきた。


「ん、何?」


 俺のシャツとズボンを品定めするような目で見てつぶやく。


「……似合ってんじゃん」

「え?」

「な、何でもないっ」


 プイと前を向いてしまうエミリー。


 今のは何だったんだ。よくわかんないけど、褒められたってことでいいのかな。


 少し考えてから、俺はベースの肩ひもを両手でぎゅっと握りしめた。


 とりあえず今日のライブがんばろう。



 ◇◇◇




 そんな感じで歩いていると、駅から少し離れた場所にあるライブハウス「さいたま新都心ロックスヘブン」に到着した。ここが今日のライブ審査の会場だ。


 受付カウンターで出欠確認を済ませた俺たちはさっそくステージがあるメインホールへと向かう。


「おおっ!」


 一番乗りで足を踏み入れた茉莉が感嘆の声をもらした。


 三百人以上のキャパシティを持つホールは広々としており、正面のステージにはドラムやアンプなどの機材がセットされていた。ステージ周辺にはたくさんの照明が設置されていて、天井には大きなミラーボールまで吊るされている。


 周囲を見てみると、俺たちと同じようにギターやベースを持った人たちがホールの脇に固まって待機していた。今日の出演者だ。


 本格的なセットと自分より上手そうに見える他の出演者たちに気後れしてしまう。


 何となく居心地の悪さを感じていると、エミリーが声をかけてきた。


「リハーサルまでまだ少し時間があるから、皆で楽屋で待ってましょ」


 今日のスケジュールはまず午前中に全バンドが簡単なリハーサルをして、午後から本番のライブ審査という予定だ。丸一日の長丁場になるため、出演者はステージ裏手にある楽屋を共用の休憩場として自由に使うことができる。


 四人で楽屋に移動すると、そこは教室を一回り小さくしたようなシンプルな部屋になっていた。壁際のテーブルには俺たちと同じようにリハーサルを待つ他のバンドの姿が見える。


 軽く挨拶をしながら入室し、空いているテーブルに荷物を下ろす。


「ねえヒロ。何となく私たち周りから見られていると思わない? やっぱりこう、オーラが違うのかな?」

「ああ、だろうな……」


 そりゃ日本人離れした金髪美女とグラサン&革ジャケットの女が並んで入ってきたら誰だって見たくなるだろ。


 そんな他人の好奇の目はつゆとも知らず、茉莉は「やっぱり私って輝いてるのかなあ?」みたいな顔で自惚れていた。


 呆れ顔を作っている俺の後ろで、今度は梨々華のはしゃぎ声が聞こえてきた。


「ねえねえ見て見て! 壁にサインがいっぱい! てかこれ、ワンオクのサインじゃない⁉」


 見ると、部屋の各壁には過去にこのライブハウスでライブをしたであろうアーティストたちが残したサインがずらりと並んでいた。その中には普段俺たちがよく聞いている有名アーティストの昔のサインなども目につく。


「カッコいいねー、私たちのサインもさりげなく書いちゃおっか」

「やめろ。それはただの落書きだ」


 テーブルの上にあったペンを取って壁に向かおうとする茉莉からペンを奪い取る。頼むからこれ以上無駄に目立つことはやめてくれ。


「なんで止めるのさ。今まさに私たちのロック史の一ページ目を刻もうとしてたのに」

「ロック史の前に、器物損壊でリハ前にライブハウスを出禁になるという黒歴史を刻むことになると思うぞ?」


 むーっと顔を膨らませる茉莉をなだめて、とりあえずテーブルの椅子に座らせる。


 なんだがリハーサルの前に既に疲れた。もういっそ早くライブ始まってくれないかな。


 俺は楽屋の壁にかけてあった時計に目をやった。


 ライブ開始まであと二時間。

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