第18話 ロック系コーデはいかが?
二月下旬。
長かった学年末テストを終えた俺は放課後に一人で浦和の街をぶらついていた。
まだテストの結果は返ってきていないが感触的にはおそらく問題はなさそうだ。
しかも今日はバンド練習もオフ。開放的な気分に背中を押され、久々に洋服でも新調しようとショッピングモールに買い物に来ていた。
俺が訪れたのはJR浦和駅東口にあるパルコだ。
ここは高校生でも手の届く価格帯の服屋や気軽に入れるレストラン、さらには映画館まであり、地元の学生の定番の寄り道の場となっている。
服飾系のお店が集まっているフロアに移動して適当なショップに入ると、俺はメンズコーナーへと足を運んだ。
新作の棚は高いので素通りし、セール品の棚を端から見ていく。
サイズが合いそうな服を適当に手に取って見ていると、
「お兄さん、よかったらご試着されます?」
「え? あ、いや……」
「今セール中ですごくお得なんですよー。そのシャツもすごい人気があって、それが最後の一枚でしてー」
愛想の良いイケメン店員がお構いなしに話しかけてくる。こういうグイグイくるタイプの人はちょっと苦手だ。
「きっとお兄さんにとてもお似合いになると思いますよー。一度着てみます?」
「あ、じゃあ」
「はーい。どうぞこちらへー」
……ま、いっか。逆らうのも面倒だし。
誘導されるままに店員さんに付いていく。
試着室に着くとカーテンが閉められていて、足元には女性客のパンプスが並んでいた。
この店はメンズとレディスが併設されており、試着室は男女共用らしい。
「こちらで少々お待ちくださーい」
言い残して、イケメン店員がいなくなる。
やっと静かになったなと思っていると、今度はカーテンの向こうから若い女性の声が聞こえてきた。
「あ、あのー、この服ちょっとサイズが合わないみたいで……もう一つ大きいのありますか?」
どうやら俺を店員と勘違いしているみたいだ。
どうしよう。このまま黙っているのも何となく申し訳ないが、かといって店員じゃないと伝えるのも気まずい雰囲気になりそうだ。
「あの、すみません?」
催促してくる女性。それにしてもこの声、どこかで聞いたことあるような……。
結局俺が黙っていると、返事がないことに違和感を覚えた声の主がカーテンをシャーッと開けた。
「……え?」
「……は?」
中から出てきたのは派手なファッションに身を包んだ金髪美人なお姉さん。
「……いや、エミリー、だよね?」
「ヒ、ヒロ君⁉ なななな、なんでここに⁉」
試着室の中で狼狽えているエミリーは胸元を大きく開いた白いインナーとスタイリッシュな革ジャケットという、いつもの清楚な印象からはかけ離れた大胆な格好をしていた。
これでサングラスまでかけてたら、洋画とかでよく見るロックなお姉さんって感じだ。
「……ええと、その服、どうしたの?」
「⁉ やっ、ちょ、これは、そ、その……」
言葉を途切れさせながらわたわたと慌てるエミリー。
ふと視線を下げると、ピチッとした黒いデニムのパンツが太もものラインをくっきりと浮かび上がらせていた。見てはいけないと思いつつも、自然と目がそっちに行ってしまう。
「あら~、とってもよくお似合いですよ~」
と、俺の背後から一人の女性店員が近づいてきた。エミリーを担当していた店員だろうか。
「お客様ほんとにスタイルがいいから完璧に着こなしてますし、ご希望されていたロックっぽい雰囲気もよく出ててるかと――」
「き、希望してませんっ!」
女性店員の言葉を遮るようにエミリーが上ずった声を上げる。
「へ?」とポカンとした顔になる店員。俺の方見られても困ります。
視線を前に戻すと、耳まで真っ赤に染めたエミリーがカーテンを握りしめたまま硬直していた。
先ほどの会話から察するに、初ライブに向けてステージ衣装でも買いに来たのだろうか。
偶然とはいえ、邪魔してしまって申し訳ない気持ちになる。
この微妙な空気をどうしようかともう一度女性店員を見ると、彼女もまた困惑した様子で俺の方を見返してきた。「もしかして彼氏さん? だったらなんとかして」みたいな目で訴えかけてくる。
俺は仕方ないなと思いつつ、エミリーの思い切ったファッションに目を向けて沈黙を破った。
「もしかしてそれってライブ用の衣装? バンドの雰囲気に合ってて良いと思う」
「! ち、ちがうから!」
シャアーッ!
勢いよく閉められるカーテン。
俺はまた何かを間違えてしまったのだろうか……。
それから数分後。いつもの制服に着替えたエミリーが試着室からのそのそと出てきた。
何となく彼女の使用後の個室に入る勇気がなかった俺は結局シャツは試着せずに店内の元の棚に戻ってきた。
まさかこんなところで知り合いと会うなんて。何となく気まずいし、今日はもう帰ろうかな。
「……ヒロ君」
振り向くと、気恥ずかしそうな様子のエミリーが後ろに立っていた。顔を伏せながらモジモジしている。
「その、さっきはごめんなさい。気が動転してしまって……」
「いやいや、全然気にしてないよ」
なんだかこっちまで恥ずかしい気持ちになっていると、エミリーが俺の手元のシャツに視線を落とした。
「ヒロ君も、じゃなくてヒロ君は、ライブ用の服を買いにきたの?」
「ん? ああ、まあ、そんなとこかな」
「ふーん」
わずかに間をおいて、言いにくそうにエミリーが口を開く。
「その服、ちょっと微妙」
「へ?」
「ぶっちゃけ、ダサいかも」
「だっ……」
……嘘だろ。別に普通のシャツにしか見えないのに。というかさっき店員さんにオススメって言われたのに。
突然のダメ出しに俺が放心していると、エミリーがキョロキョロと店内を見回し出した。
「柄物のシャツより無地でシンプルなシャツのほうがカッコいいよ。例えばあれとかは?」
エミリーが一体のマネキンを指差して歩み寄る。
そのマネキンは胸元にブランドのワンポイントが入ったシンプルな紺色のシャツと細身のズボンを着用していた。
「サイズは試着して確認するとして、これを上下セットで買うとかはどう? どうせヒロ君、コーディネートとかできなさそうだし」
余計なお世話だ。まあできないけど。
俺はマネキンが着ていたシャツとズボンの値札を手に取って確認してみる。
「待って。これ、上下合わせて二万円以上するじゃん」
今日は念のため多めにお年玉を持ってきていたから払えないことはないが、それでも洋服にこんな額を出したこと今まで一度もなかった。
俺が戦慄していると、エミリーがむっとした表情で覗き込んできた。
「これくらい普通よ? 私たちもうすぐ高二なんだから、ちゃんとした服着ないと」
「そ、そんなもんかなあ」
「そんなもんよ。それにさ、せっかく初ライブなんだし、カッコいい姿でステージに立ちたくない?」
そう言ったエミリーの口許は普段よりも柔らかいような気がした。
その表情からは、エミリーも茉莉たちと同じくらいライブを楽しみにしているということが見て取れた。さきほどの試着室で見た派手なロックファッションもきっとその気持ちの表れだったのだろう。
まあたしかに彼女の言う通り、せっかくの記念すべき初ライブと考えれば、たまにはこういう上品な服を買ってみるのも悪くないのかもしれない。
「わかった。この服を買うよ」
俺が言うと、エミリーが微かな微笑みを浮かべながら頷いた。
俺はマネキンを指差しながら、近くにいた店員さんに声をかける。
「すいません。これの上下セットでください」
「は~い。ありがとうございます。準備しますので少々お待ちくださいね~」
対応してくれたのはつい先ほどエミリーの試着を担当してくれていた女性店員さんだった。
エミリーの頬が再び赤く染まり出す。
「わ、わたし先に帰る。それじゃ、ライブでね」
「え? あ、うん」
最後まで付き合ってくれないんだ。変じゃないか一応確認してほしかったんだけど。
足早に店を出ていく彼女を見送った後、俺はふとあることを思い出した。
そういえば俺、決勝大会では服着ないんだっけ。




