第17話 果報は寝て待て
短かった冬休みが終わると、あっという間に学年末テストの時期になった。
テストを翌週に控えた教室内は試験モード一色だ。普段は部活で忙しい奴らもこの時期だけはテスト対策に集中することになる。
「なー、ヒロー。勉強教えてくれー」
昼休み。弁当を食べ終えて自席で一人ぼーっとしていると、漆畑が俺の前の空いていた席に座ってきた。
「はいはい。今回はどの科目?」
「全部と言いたいところだが、一番ヤバいのはやっぱ数学かな。わけわかんねーよ」
「そういや漆畑は文系志望だったな」
うちの高校は二年生から文理でクラスが別れる。俺は理系だから来年も漆畑と同じクラスになることはない。こうやって漆畑に勉強を教えてと言われることもなくなってしまうのかと思うと、少し寂しい気がしないでもなかった。
「数学なら俺も苦手じゃないから教えられると思う。どこからやる?」
「んじゃ、確率とか教えてくれ」
「オーケー」
そう言って数学の教科書を鞄から取り出そうとしたとき、机の上に置いてあった俺のスマホの画面が光り出した。
「あれ、お前のスマホ、着信きてね?」
「ん? あ、ほんとだ」
珍しいなと思って見ると、電話をかけてきたのは茉莉だった。普段は連絡するときもメッセージだけなのに、電話してくるなんてどうしたのだろう。
「あ、もしかしてカノジョか?」
「⁉ ち、ちげーよ!」
「あーいいからいいから。早くでてやれって。女の子を待たしちゃいかんよ。俺のことは気にしないでゆっくりいちゃついてこい」
漆畑は俺に向かってしっしと手を振ると、すぐに近くにいたクラスメイトの女子に「ねー、勉強教えてー」と声をかけて離れていった。こういう気が利くところがアイツがモテる所以なのかもしれない。と、そんなことより。
「……もしもし?」
『あ、もしもし』
俺はスマホを片手に教室から出ると、人通りの少ない廊下の隅に身を寄せた。
『久しぶり。どう、最近?』
「うーん、まあまあ、かな? 一応テスト期間も毎日少しはベースの練習してるよ」
『へー、えらいじゃん。さっすがヒロ』
わずかに浮ついている茉莉の声。何かあったのだろうか。こんな世間話のためだけに電話してきたとは思えないし。
『そういえば筋トレは? ちゃんとやってる?』
「ま、まあ、ぼちぼち」
嘘だけど。腹筋をやってみたこともあったが、三日坊主ですぐやめた。
『ふーん。プロテインもちゃんと飲んでるの?』
「うん。飲んだよ」
プロテインは思ったよりも飲みやすくて味も美味かった。ただそれは俺だけではなかったようで、気が付いたら梨々華と母にほとんど飲まれており俺はコップ一杯分しか飲んでない。もちろんこれは茉莉には内緒だ。
『よしよし、いい感じだね。ライブも近いから、よろしく頼むよ』
「ん? ライブ?」
電話の向こうから茉莉がフフフと微笑む声が聞こえてくる。
『実はね、さっきスクールズロックの結果が来たんだ。予選、無事に通過してたよ!』
「ええっ⁉」
思わず大きな声が出て、慌てて口に手をあてる。
「マジか。ほ、本当に?」
『そんな嘘つくためにわざわざ電話すると思う?』
茉莉の軽やかな笑い声が聞こえる。
正直、テスト勉強が忙しくてスクールズロックのことをあまり気に留めていなかったが、この結果は驚きだ。
『次はライブハウスでのライブ審査だよ。ちょうどテストが終わった後くらいの時期だから、赤点とってライブ出れませんでしたーなんてないようにね』
「ああ、もちろんわかってるよ」
そう答えると、茉莉はご機嫌な口調で「じゃあねー」と電話を切ってしまった。
通話を終えた俺はそのまま呆けたように廊下の壁に背中を預ける。
教室のドアの向こうからクラスメイトの騒がしい話し声が聞こえてきたが、何の話をしているのかまるで頭に入ってこなかった。
「……ライブか」
ポツリとつぶやいて天井を仰ぐ。
宮島寛人、十六歳。ついに俺はライブハウスデビューする。




