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第16話 皆でクリスマス

 そしてやってきたクリスマスイブ。


 冬休み初日でもあるこの日、俺たち四人は予定通りスタジオの一室で顔を合わせていた。


「うん、だいぶいい感じに仕上がってきたね!」


 茉莉の満足そうな声がスタジオに響く。


 スクールズロックの予選のエントリー期限が近づいてきていることもあり、本腰を入れて練習に打ち込んだ結果、俺たちは何とかオリジナル曲を完成させることができた。


「よし、今日の練習はこれでおしまい。さっき録音した音源でエントリーしよう。私が後でやっておくよ」

「茉莉ちゃんありがとう! いやーっ、選考通るといいなあー」

「大丈夫よ梨々華。音源審査なんて余裕だわ。歌詞も素敵だし」

「うん。エミの歌詞、前より凄くよくなってたよね。私もこれは絶対いけると思ってる」


 盛り上がっている三人を隅で眺めながら、俺はベースを片付け始める。


 たしかにがんばったからには良い結果が出て欲しいけど、そう上手くいくだろうか。


 どれくらいの数のバンドがエントリーしてくるのか。他の応募者の仕上がり具合はどれほどなのか。俺たち以外のバンドのことを何も知らないので、自分らがどれくらいの位置にいるのか全く見当がつかなかった。


 スタジオの後片付けを終えて四人で部屋から出ると、茉莉が皆に向かって話しかけてきた。


「ねえ、この後どっか寄っていかない? ちょっと話したいことあってさ」

「別に構わないけど、今日はどこも混んでるんじゃないかしら? クリスマスイブだし」

「あー、たしかにそうだね。うーん、どうしよ」


 顎に手を当てながら唸る茉莉。


 その様子を見て、梨々華が何かを思いついたようにポンと手を打った。


「じゃあさじゃあさ、私いいとこ知ってるよ!」



 ◇◇◇



 その二十分後。なぜか俺は自宅の勉強机の椅子に座っていた。


「いいとこって俺の部屋かよ」


 俺のツッコミをスルーして、女子三人がキョロキョロと室内を見回す。


「へえ、私男子の部屋って初めて入ったけどこんな感じなんだ。何か面白いものないの?」

「茉莉ちゃん、そこの本棚にちょっとエッチな漫画あるよ。茶色いカバーかかってるやつ」


 俺の本棚を物色する茉莉と梨々華。カーペットの上で正座しながらこちらに湿った目を向けてくるエミリー。こいつらを部屋に招き入れたことはやはり間違いだったと気づいたがもう遅い。


「なあ、たしかにうちにくることは反対しなかったけどさ、別に俺の部屋じゃなくてもよくないか? せめて梨々華の部屋にしない?」

「いやー、それはちょっとねえ。ほら、私の部屋って狭いじゃん? 四人は無理、というか二人入れたら奇跡、みたいな?」

「間取り的には俺の部屋と同じはずなんだけどな」

「え、そうだっけ? おっかしいなー」

「掃除しろよ……」


 白々しくとぼける梨々華をじっと見ていると、茉莉が会話に割り込んできた。


「安心してよヒロ。私たちは遊びに来たわけじゃないよ。今日は大事な話し合いをするために集まったんだ」

「そうか。なら早く話し合いを始めてくれ」


 俺は茉莉の手から茶色いカバーの本を没収し、勉強机の椅子の上にあぐらをかいた。


 茉莉がコホンと咳払いをして、大仰な口調で切り出す。


「うむ。ズバリ今日は、バンド名を決めようと思います!」

「おおっ!」


 なぜかパチパチと手を叩く梨々華。何が凄いのだろうか。


「いやね、決して忘れていたわけではないんだよ? そろそろ考えないとなーと思いつつ、気が付いたらいつの間にかクリスマスになっちゃってたの」


 なるほど。要するに忘れていたということだな。


 茉莉があははと笑いながら、即席で用意した丸テーブルの前に腰を下ろす。


「とりあえずまずは各々がいいと思った候補を書き出してみよう。何か書くものはある?」

「ルーズリーフならあるよ」


 梨々華がさっと立ち上がって俺の机の引き出しからルーズリーフとペンを取り出す。なんで場所知ってるの。


「ありがとう。それじゃあまずは各々シンキングタイムね。後で皆で発表するということで」


 俺は机上のペンを手に取ってくるりと回した。


 困ったな。バンド名決めのようなセンスが問われる作業は正直苦手だ。


 中途半端な提案をすれば気まずい空気になるし、かといって何も言わなければ非協力的だの真剣に考えていないだのと責められる。アイデアを出すのが苦手な人間にとって、この類の話し合いは大抵は居心地の悪いものになるのだ。


 とりあえず一旦気持ちを落ち着けようと、母が入れてくれた紅茶のカップに手を伸ばす。


 そのままベルガモットの香りを堪能していたら、何も案が出ないまま早速五分が経過してしまった。


(だめだ、全く思いつかない……)


 俺はいつの間にか静かになった三人の様子をちらりと窺ってみた。


 丸テーブルに向かって真剣な顔でペンを走らせている茉莉のルーズリーフにはびっしりと文字が並んでいる。


 よくそんなにアイデアが出せるなと、こっそりと手元を覗いてみると、



 クレイジー・ヴァンパイアーズ

 ゴールデン・ライオネット

 デビルズ・イン・ザ・シティ



 ……うん、これ以上は見なくてもよさそうだな。


 今度は茉莉の左隣にいる梨々華の手元に視線を移してみる。そこに書かれているのは何やら難しそうな英語の文字。



 distance

 sustainable

 univercity




 梨々華、たぶんそれ最近習った単語だよね。あと最後のやつスペル間違ってるぞ。


「うーん……」


 茉莉の右隣り。行儀の良い正座をしながら静かに唸っているのはエミリーだ。彼女のルーズリーフはまだ真っ白だった。


 仲間がいたと思っていると、俺の期待を裏切るかのように急にエミリーがサラサラとペンを動かし始めた。そこに書かれていたのは――



 杏仁豆腐



 ……もしかしてお腹すいてる?


 一通り観察を終えた俺は視線を自分の手元に戻す。


 マズい。今のところ俺だけまだ白紙だ。さすがにノーアイデアは怒られる。適当でもいいから何か案を出さないと。


 俺が頭を抱えながらルーズリーフとにらめっこしていると、


「あっ!」


 突然、梨々華が大きな声を出して勢いよく顔を上げた。


 びっくりした茉莉とエミリーが「なになに?」という視線を向ける。


「大事なこと忘れてた! 今日うち、クリスマスケーキあるんだった!」

「「食べる!」」


 見事にハモる茉莉とエミリー。疲労気味だった二人の瞳に光が宿る。


「さっきお母さんからケーキあるからねって言われてたのすっかり忘れてた。とってくるからちょっと待ってて!」


 飛ぶようにして梨々華が部屋を出ていき、すぐに大きな白い箱を抱えて戻ってきた。


 箱をテーブルの中央において四人で中身を覗き込むと、そこには鮮やかな朱色のイチゴと藍色のベリーがたっぷりと乗った見るからに上質なショートケーキが並んでいた。


「すっごーい!」「きれい!」「美味しそう!」


 母が買ってきたのは駅前にある有名な洋菓子屋のケーキだった。以前テレビでも取り上げられたことがある人気店で、値段もそれ相応だ。母さん、だいぶ見栄はってるな。


 ケーキを小皿に取り分けて、柔らかい生クリームとスポンジ生地にフォークを差し込む。


 一口食べると優しい甘みが口いっぱいに広がった。


「お、おいひぃ~」


 うっとりとした表情で梨々華がもらす。茉莉とエミリーも同じようにとろけそうな顔をしながらケーキを口に運んでいた。


(たしかに、これは美味いな)


 いつの間にか緩んでしまっていた口元を引き締めて、俺は丸テーブルを囲う三人を見る。


 それにしても、女の子とケーキって何でこんなに似合うのだろう。。このまま絵画にでもして残しておきたいような景色だ。


 つい凝視してしまいそうになる気持ちを抑えて皿の上に残ったケーキをつついていると、またもや梨々華が「あっ!」と大きな声を上げた。


「ねえねえ、私いいバンド名ひらめいちゃった。これだよ、ブルーベリー。これをちょっと文字って、ブルー・アンド・ベリーズなんてどう?」

「あら、かわいいわねそれ!」

「うん、いいね! どことなくガンズ・アンド・ローゼズみたいでカッコいいし」


 先輩から褒められた梨々華がはにかむように笑みを浮かべる。


 ブルー・アンド・ベリーズか。俺的にはちょっと女子感が強いのが気になるが、このバンドはもう実質ガールズバンドみたいなものだ。このまま梨々華の案に寄り添うのが無難だろう。


「俺も賛成」

「よし! それでは全員異論なしということでバンド名はブルー・アンド・ベリーズに決定!」

「いえーいっ!」


 パチパチパチパチ。


 室内に響く乾いた拍手と小さな歓声。


 とりあえず無事に決まってよかった。ちょうど皆ケーキも食べ終えたところだし、そろそろお開きということで。


「それじゃあ、バンド名も決まったことだし、皆でクリスマスパーティといこうか!」

「は?」

「やったあーっ! あ、うちスイッチあるよ。皆でやらない? リビング使っていいかお母さんに聞いてくるねー」


 ドタドタと部屋を出ていく梨々華。


 君たち、まだ帰らないの? 俺もう疲れたんだけど。


「ヒロ君、私ちょっとお手洗い借りてもいい?」

「あ、うん。部屋出て右手のつきあたり」

「ありがと」


 エミリーもいなくなると室内には俺と茉莉だけが取り残された。


 急に静かになった部屋で、茉莉が自分の鞄をごそごそと漁り出す。


「ちょうどよかった。ヒロ、ちょっとこっち来て」

「?」


 茉莉がちょいちょいと手招きすると、鞄から小さな袋を取り出した。


「ほら、これ。皆には内緒だよ」

「ん? 何これ?」

「何って、クリスマスプレゼントに決まってんじゃん」

「ええっ⁈」


 クリスマスプレゼント⁈ ど、どうして俺に?


「いつもお世話になってるからね」

「え、いや、そんな……なんか、悪いな。俺何も用意してないのに」

「いいからいいから。私の気持ちだから素直にもらっときな」

「あ、ありがとう。これ、開けてもいい?」

「どーぞ」


 きれいにラッピングされた袋を手早くほどいていく。


 まさか俺にも女子からクリスマスプレゼントがもらえる日がくるとは。もうこれはリア充と言ってもいいのではなかろうか。


 ドキドキしながら開けてみると、中から出てきたのは金色に輝く怪しげなプラスチックのパックだった。


「な、なにこれ?」

「プロテインパウダーだよ」

「プ、プロテイン?」

「うん。筋トレの後に飲むと筋肉がつくんだって」

「へ、へえ……ありがとう……」


 どういたしましてとにこやかに微笑む茉莉。


 俺は乾いた笑みを浮かべながら、もう一度手元のパックに視線を落とした。


 これがプロテインパウダーか。初めてみたな。というかこれ、どうやって飲むんだ。


 高校生活初めてのクリスマスはある意味忘れられない日になった。

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