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第13話 テーマは恋よ

 本格的なバンド活動がはじまると、メンバーと顔を合わせることも多くなった。


 ある日のスタジオ練習の後、休憩がてら訪れた近くのファミレス。


 向かいの席に座るエミリーがドリンクのストローをくわえながらうんうんと唸っていた。


「なめてたわ。まさか歌詞を書くのがこんなに難しかったなんて」

「エミ、大丈夫? 私のポテトあげるから元気だして」


 隣に座る茉莉がポテトをつまんで「あーん」と差し出すと、エミリーが少し戸惑いながらもぱくっと口に入れた。


 俺たちのバンドはボーカルがイギリス出身のエミリーということもあり、歌詞はすべて英語にする予定だ。そういう事情もあって作詞をするのは必然的にエミリーの仕事になっていた。


「手伝いたい気持ちは山々だけど、私じゃエミみたいにおしゃれな英語の歌詞は書けないからね。申し訳ないがここはエミに任せよう」

「てかエミちゃんの英語の歌、めっちゃカッコよくてびっくりした! 発音がきれいすぎて何て言ってるのか私ほとんどわからなかったもん!」


 俺の隣に座っている梨々華が「てへっ」みたいな顔で笑う。


 スタジオ練習で披露してくれたエミリーのボーカルは可憐な見た目に反して意外とハスキーで力強い歌声だった。そこにネイティブスピーカーの流れるような英語も相まって、既に本場の洋楽っぽさが出ている。


 ただ当の本人はというと、まだ納得のいく歌詞が思いついていないのか、一人で首を捻らせているのだ。


 そんなに難しく考えなくてもいいのでは。どうせ俺たちみたいな素人バンドの歌詞なんて誰も聞いてないし、適当な歌詞でもいいんじゃない? なんて言ったら怒られるだろうからやめておこう。


「ちなみにこの曲の歌詞って何かテーマみたいなのってあるの?」

「あら、ヒロ君にしては良い質問ね。テーマはもちろん恋よ。好きな人と心が通じ合えたときの胸の奥が震えるような感情とか、好きな人と一緒にいるだけで突然輝き出す世界とか、そういうのを表現してみたいと思っているわ!」

「な、なるほど」


 なんだか恋に恋してる乙女感がすごいな。とりあえず俺が手伝えることは何もなさそうだ。


「恋かあー。いいなあ。私も恋してみたい!」


 言いながら、チョコバナナパフェをもりもりと頬張る梨々華。


 今の俺たちには恋よりも食い気のほうがしっくりくると思う。


「でもまだどうもベストな歌詞になっていない気がするのよねえ。あれこれ直し出すときりがなくって、結局まとまらなくなっちゃうのよ」

「大丈夫だよ。スクールズロックの予選までまだあと一か月近くあるから。エミの納得のいくまで悩んでみて」


 ポテトをむぐむぐと頬張りながら茉莉が言う。


 スクールズロックの予選はオリジナル曲の音源データによる事前審査だ。エントリーするバンドはプロフィールとともに自分たちのオリジナル曲の音源データを提出し、審査員による選考が行われる。この予選を通過すると、全国各地のライブハウスで開催されるライブ審査に参加することができる。そして各地域のライブ審査でグランプリを獲得したバンドが決勝大会に進むという流れだ。


 むろん俺たちの目下の目標はまず予選に応募するためのオリジナル曲を完成させることである。


「でもさあ、こういう創作活動? みたいなのって何か楽しいねー」


 パフェを食べ終えた梨々華が紙ナプキンで口を拭きながら話してくる。


「私、吹奏楽部にいたときはどれだけ譜面通りに演奏できるかばかり考えていたんだよね。なんか、譜面の中だけが私の世界だったような感じ。でも今は自分で譜面を作らないといけないわけでしょ。こういうのって大変だけど、すごく新鮮な感じがするの。何というか、音楽ってこんなに自由だったんだーみたいな!」


 向かいにいた先輩女子二人から「おー」と感嘆の声が上がった。


「わかる! 私もそのときのフィーリングに任せて適当にギター弾くのが好き!」

「そうね。たしかに新しいものを作るのって色々と悩むことも多くて大変だけど、自分たちだけの作品が出来上がっていくのを見るのは私もとても楽しいわ」


 頬にチョコをつけたまま照れるように笑う梨々華。


 子供っぽいくせに随分と奥深いこと言うんだよなと思いながら、俺は紙ナプキンを渡してやる。


 そんな感じでダラダラと過ごしていたら、夕飯時になり店内が混み始めてきた。


 席を開けることにした俺たちは会計伝票を確認する。


 俺が頼んだのはドリンクバーとプチフォカッチャだけだから、合計で450円だ。


「お兄ちゃん、ちょっと相談があるんだけど」


 財布を開いた梨々華が横から俺の肩をつんつんと突いてくる。


 何となく二の句が想像できるが一応確認しておこう。


「……何かな?」

「さっきのスタジオ代でお金がなくなっちゃったみたいなの。お小遣い入ったら返すから、貸して?」


 上目遣いであざとく見上げてくる梨々華。


 お前に貸して返ってきたためしがないんですけど? そう言おうとしたら、反対側の席の女子二人から「妹でしょ?」「まだ中学生なんだから出してあげなよ?」みたいな鋭い視線を感じた。


 仕方がない。さすがに出さないわけにもいかないし、ここは代わりに払ってやるか。


「わかったよ。後で返してくれな」

「うん、ありがとう! 好き」


 世界一安っぽい好きをいただき、俺はもう一度伝票を手に取る。


 デラックスチョコバナナパフェとドリンクバー追加で、合計1530円。

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