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第11話 やっと気づいた?

 きれいな玄関だなと見ていると、廊下の奥から髪を後ろでまとめた真面目そうな女性が出てきた。


「あら? 茉莉の……お友達?」

「うん。友達のヒロだよ」

「はじめまして。茉莉の母です」

「宮島です。すみません、おじゃまします」


 そこで俺は手土産の一つでも持ってくるべきだったと気づく。


 急いでいたとはいえ、こういう些細な気遣いができない自分に絶望する。


「茉莉、あなたそんな格好で大丈夫なの? お友達に失礼じゃない?」

「そう? ヒロは気になる?」

「あ、いや、僕はどちらでも」


 宮島君がいいならと引き下がったお母さんは、飲み物を用意しにキッチンへと向かっていった。


 茉莉は俺に洗面所で手を洗わせると、自室があるという二階へと案内してくれた。


「ゴメンね、急に呼び出して。本当はまたスタジオとかで会おうかと思ったんだけど、なんだか今日は朝からお腹が痛くて」

「え、大丈夫?」


 ……ん? お腹痛い? ……あ、この話題、避けた方がいいやつかも。


「うん。さっきまで部屋でオジー・オズボーンのライブ動画見てたんだけど、気づいたらだいぶ良くなってた」


 そうか。よかった。ありがとうオジー・オズボーンさん。はい、この話題終了。


「ここだよ。どうぞ」


 自室に着いた茉莉が扉を開けてくれる。


 茉莉の部屋は思っていたより普通だった。


 ベッドと勉強机と教科書が入っている小さめの本棚。クリーム色のカーペットと、壁にはクローゼットがある。普通の女の子と唯一違うところがあるとすれば部屋の真ん中に置いてあるギターくらいだ。


 梨々華以外の女子と部屋で二人きりなんて初めての俺にはこの状況はやはり落ち着かない。とはいえ、ずっと立っているのもおかしいし、とりあえず適当に座らせていただく。


 俺がカーペットの上に正座すると、むにっとした柔らかいものが足先に触れてきた。


「ひゃっ⁉」


 みっともない声とともに飛び上がる。


 振り向くと、毛むくじゃらな生き物が目を丸くしてこちらを見上げていた。


「あ、ごめん。うち、猫いるの。おいで、リンゴスター」


 白黒のぶち猫が両手を広げる茉莉のもとへと駆け寄っていく。


 胸に飛び込んでいき、背を伸ばして茉莉の首元をちるちるとなめ始める。


「こらあ。くすぐったいぞお」


 ……猫になりたいなあ。


 俺の邪な思いを察したのか、ぶち猫がこちらに振り返って「ふーっ‼」と威嚇してきた。ごめんって。


 茉莉が猫を抱えて廊下に出ると、そっと床に下ろして背中を撫でる。


「ごめんよ。私たちはこれから大事な話があるんだ。一階でお母さんに遊んでもらいな」


 飼い主の言葉を理解したのか、猫は「みゃあ」と鳴いて階段を下りて行った。


 ずいぶんと賢いんだなと感心しながら見送ると、俺は座り直して茉莉に訊ねる。


「で、大事な話ってのは?」

「あ、そうそう」


 頷きながら茉莉がギターに手を伸ばす。


「実はね。曲を作ってみたの」

「え、すご。オリジナル曲ってこと?」

「うん。スクールズロックにエントリーするために作ったんだ」


 えへへと微笑みながら、茉莉が床にあぐらをかいてギターを構える。


 茉莉の話によると、スクールズロックは高校生が自作曲を披露して演奏力やパフォーマンス力を競い合う大会らしい。そうなるとエントリーするためにはまずはメンバーの誰かがオリジナル曲を作詞作曲する必要がある。


「今から私がその曲を弾いて聞かせるから、感想を聞かせてくれる?」

「それは構わないけど、俺だけじゃなくて他のメンバーの意見も聞いたほうがいいんじゃないか?」

「もちろんそのつもり。だけどまずはヒロに聞いて欲しい。だってヒロはこのバンドのサブリーダーだし」


 俺、サブリーダーだったのか。初耳だ。


 まあ副班長くらいなら小学校の頃にもやったことあるし、そこまで重荷ではない。


「わかった。聞かせて。ちなみに曲のタイトルは?」

「うーん。まだ仮ではあるけど、キルミー・イン・ザ・ヘブンとかどうかなって思ってる」


 天国にいるのに殺されないといけないのか。物騒な曲だ。


 そんな第一印象を感じながら、俺は茉莉から手渡されたヘッドホンを被った。ギターと繋がっており、演奏の音が聞こえるやつだ。


「じゃあ、いくね!」


 歪んだギターの音色が俺の鼓膜を刺激し始める。


 俺はゆっくりと目を閉じて、ヘッドホンの中の世界に集中した。


 流れてきたのはエッジの効いたギターが突き刺さるようなロックな曲だった。


 演奏がはじまってすぐ、俺はあることに気が付く。


 ……この曲、どこかで聞いたことがある気がする。これってもしかして……


「ど、どうだった⁉」


 曲が終わり、茉莉の騒がしい声が部屋に響く。


 俺はそっと目を開けてヘッドホンを外すと、緊張が滲んでいる茉莉の顔を見た。


「これ、星百合祭のときに茉莉がステージで弾いていた曲だよね? あの時は何かのアーティストの曲かと思ってたけど、もしかして茉莉のオリジナル曲だったってこと?」


 にんまりと口角を上げた茉莉が嬉々として頷く。


「そうだよ! やっと気づいた? 実はあのライブで私は、自分のオリジナル曲を実験的に演奏してみたの。私が作った曲が誰かの心に刺さるのか確かめたくて」


 声を弾ませながら茉莉が続ける。


「最初は全然誰も聞いてくれなかった。素人の曲だし、そりゃそうかーって思った。やっぱり現実は甘くないなって、ちょっと落ち込んでた。だけど気が付いたら、いつの間にか最前列に一人の知らない男の子が座ってたの。しかも凄い真剣な顔で聞いてるんだもん。思わず声かけちゃった!」


 嬉しさを堪え切れないのか、茉莉がギターをぎゅうっと抱きしめた。


 なるほど。星百合祭のライブ会場での会話の裏側にはそういう事情があったのか。


 俺は自分で曲を作ったことなんてないからよくわからないけど、自分の創作物を他人にさらけ出すという行為は相当な勇気が必要だと思う。だけどもしもそれを誰かに褒めてもらえたとなれば、喜びもひとしおというわけか。


「そういうことだったんだ。全く気が付かなかったよ。ちなみに今更だけど、あのライブのときの真っ白な化粧は何だったの?」

「ああ、あれは緊張を紛らわそうとして見た目からロックミュージシャンになり切ってみたの。カッコよかったでしょ?」

「う、うん。そうだね」


 まあでも、茉莉のステージ衣装のセンスはともかく、あのときの俺が彼女の演奏に聞き惚れてしまったのは事実だ。


 実際に茉莉のオリジナル曲はプロの曲だと言われてもわからないくらいの完成度だと思った。


 これなら大会に出してもそれなりに健闘できるかもしれない。もちろん俺や他のメンバーのがんばり次第ではあるけれど。


「あのね。実はこの曲はまだ未完成なんだ。一番大事なギターソロはまだ考え中なの」

「へえ、やっぱりギターソロ作るのって難しいんだ」

「うーん、というか、他の楽器と合わせながらじっくり考えたいなと思って。やっぱり一人だけだとバンドになったときのイメージが湧きにくいからさ」


 いつにも増してよくしゃべる茉莉。緊張からの解放感もあってか、さっきからずっとご機嫌だ。


 彼女が放つ楽しげな空気にあてられた俺は、せっかくなのでひとつ協力してやろうと考えた。


「なあ、この家ってもう一本ギターある?」

「え? 一応あるけど?」

「それ、ちょっと使ってもいいかな」

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