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第10話 初めての

 梨々華がバンドに加入してから、翌週の土曜日。


 俺は自室で勉強机に向かって学校の課題に取り組んでいた。


 特にすることがない日は基本的に家で勉強していることが多い。そのおかげもあって、俺の成績は学内でもそこまで悪くはなかった。別に将来のことを考えてなるべく良い大学に行きたいとかそんな大層な理由ではなく、何となく帰宅部なのに成績悪いのってどうかなって思ったからだ。


 俺が参考書とノートを見つめていると、突然部屋のドアが開いた。


「ねえ、この漫画の続きってないのー?」


 そう言って遠慮なく部屋に入ってきたのは梨々華だ。なぜうちの女性陣はノックをしないのか。


「そこの本棚になければないな」


 どこかのショップ店員みたいな返事をすると、梨々華が本棚の前にしゃがみこんだ。


 俺のコレクションを漁りながら、「うーん」と不満げな声をもらす。


「もうどれもほとんど読んじゃったんだよね。なんか新しい本買わないの?」

「最近はもうあんまり買わないかな。これからバンドとかでけっこう金かかりそうだし」

「あー、たしかに。私もお小遣い貯めとかなきゃなー」


 漫画をパラパラとめくりながら、梨々華が口許をニヤつかせる。


 先週の練習会以降、梨々華の表情は随分と明るくなっていた。びっくりした母が「あんた一体何したの?」と俺に訊ねてきたくらいだ。


 正直、俺も梨々華がこんなに変わるとは思ってもいなかった。またドラムが叩けるようになったことがそんなに嬉しかったのだろうか。


「なあ」

「んー」


 本棚の前で女の子座りをしている梨々華に思わず声をかける。


「お前さ、本当によかったのか?」

「何が?」

「バンドのこと」


 梨々華が漫画から顔を上げてこちらに目を向ける。


 俺は椅子を回転させて体ごと梨々華に向け直した。


「ドラムを引き受けてくれたの凄い助かるけどさ。だけど吹奏楽からロックバンドって全然ジャンル違うじゃん? 練習会に誘った俺が言うのもあれだけど、本当に梨々華がやりたい音楽ができるのかなーって」


 言うと、一泊おいてから梨々華が漫画をパタンと閉じた。やれやれというようにあからさまな溜め息をつく。


「ヒロはわかってないねえ。音楽で一番大事なのは、何をやるかじゃなくて、誰とやるかなんだよ」


 妙に達観した口調に、俺は口をつぐんだ。


 なるほど。一理ある。


 たしかにいくら好きなことでも気の合わない奴と一緒では心から楽しむのは難しい。逆にたとえ興味がなかったとしても気の合う仲間と一緒ならストレスもないし、結果的にそっちの方が楽しめるような気もする。


 そういう考え方もあるのか。勉強になるな。でもなんで俺、中学生に諭されてるんだろ。


 梨々華はドヤァとした顔で俺を見ると、立ち上がってドアの方へと歩き出した。


「じゃ、私もう出かけるから。エミちゃんと池袋で買い物してくる」

「エミちゃん?」

「エミリーちゃん。そう呼んでって本人に言われたから」


 へえ、もうそんなに仲良くなったんだ。というか君、さっきお小遣い貯めるって言ってなかったっけ。


 梨々華が漫画を本棚に押し込んで、鼻歌を歌いながら俺の部屋から出ていく。


 開けっ放しにされたドアの向こうからは玄関へと向かう梨々華の足音が聞こえてきた。


 せめてドア閉めてけよと思いつつ、俺は椅子から立ち上がる。


 と、そのとき、机に置いてあったスマホが急にぶるぶると震えた。


「今度はなんだ?」と覗いてみる。


 差出人は茉莉だった。



 ◇◇◇



 その十分後。


 俺は京浜東北線の線路沿いの道を自転車で飛ばしていた。目的地はなんと隣町にある上倉家だ。


 まったく、休みの日に急に呼び出すなんて茉莉も人使いが荒い。俺が暇人じゃなかったらどうするつもりだ。


 と、悲しい文句を言いながらひたすらペダルを漕ぎ続けると、やがて閑静な住宅街の中にある一軒の家の前に辿り着いた。「上倉」という表札を確認し、自転車から降りる。


 女子の家に行くなんて初めてだ。子供の頃に母に連れられて梨々華の女友達の家に遊びに行ったことがあったような気もするが、それはさすがにノーカンだろう。


 深呼吸をして、ドアホンに指を近づける。


 さあ、押すぞ。







 …………っと待て待て。


 冷静に考えて今日は休日。ということは、ご両親が出てもおかしくないよな。


 万が一お父さんとか出てきたら、絶対まともにしゃべれない自信がある。


「…………」


 最悪のケースを想像してしまった俺はスマホを開き、茉莉宛てに『着いた』とメッセージを送ってみた。


 すると、幸いなことにすぐに既読がついた。『いまいく』という素っ気ない返事に俺はホッと胸を撫で下ろす。


 少し待つと、ドアの向こうからドタドタと人が駆けてくる音がした。


「いらっしゃい! 早かったね。あ、自転車はそこの角のところに停めて」


 上下紺色のルームウェアに身を包んだ茉莉が顔を覗かせる。


 部屋着というより寝間着に近い無防備な姿に、俺の心がザワつき出す。


 指示された通りに自転車を停めた俺は、「おじゃまします」とつぶやいて上倉家の敷居をまたいだ。

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