ピュアを探せ
仮定は立てたものの、どうも弱い。実際にベータを見間違えた人間は
まだ二人しかいない。いずれにせよ今のままでは、辿り着けない。
そもそもどうやって探せばいいか。「自分と同じ姿の人知りませんか」
という質問は、見方によっては相当おかしな感じになる。下手をすると
怪しまれる事にもなるだろう。
「だったらもう、顔じゃなく名前で探すしかないよね。」
「そうだな。」
「まずはそれで行ってみようか。」
ベータの出した結論は簡潔だった。
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仮定をそのまま持ち込むとすれば、「ピュア」という人物は探し求める
ラストプレイヤーの一人だ。当然、その存在は3000年を数える。
姿が変わらないのであれば、恐らく知り合いもかなり多いはずだろう。
荒唐無稽な話ではある。でも今さらそこを疑っても、前には進めない。
まずは行動あるのみだ。
と言うわけで、ベータは少しの間、人前に出るのを控える事にする。
彼女が身を潜める間に、ラモンドとカンドフが片っ端から人に訊く。
いたって単純な質問を。
「ピュアという名前の女性の所在を知りませんか」
ストレートかつ工夫がないけれど、現時点で知りたいのはこれだけだ。
細かい人となりを聞いたとしても、それは一般の人の抱く印象である。
ラストプレイヤーとしての情報は、おそらく本人から聞かない事には
得られないだろう。ならとにかく、どこにいるのかを最優先で調べる。
「ま、そう簡単には行かないだろうと思うがな。」
「雲をつかむような話だものね。」
「確かに。でもまあ、よろしく。」
カンドフの言う通り、手がかり自体かなり頼りない。それらしい情報を
得ようと思えば、それこそかなりの数の人間に訊く必要があるだろう。
たぶん、地道なアンケートになる。
「まあ、モンスターと戦うとかじゃないんだ。気楽にやるさ。」
「そうそう。ロタストリグ城よりはずっとマシってね。」
『そんなに過酷でした?』
「てめえは少しは自覚しろ。」
軽口を叩ける程度には、ミニ蜘蛛も馴染んできている。そんな事実が、
ベータには妙に嬉しかった。
「んじゃ、お任せします!」
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その日の夜。
いったん街を出た一行は、街道から外れた空き地に滞在していた。
面積的に余裕があり、そして人目に付きづらい。条件が揃っているので
蜘蛛足を元のサイズに戻している。心配していた室内は、無事だった。
昨夜は久し振りの宿でテンションが上がっていたものの、やはりここは
別の意味で落ち着く。なお今現在、シャクソンはスピーカーを搭載した
小型の蜘蛛ロボットになっている。ミニ蜘蛛と比べてもさらに小さい。
こうして分離している間は、店との接続は完全に切れているらしい。
灯りを落とし、皆はカウンター脇のテーブルに着いていた。
「予想以上だったな。」
「まさか、あそこまで有名人だったとは思わなかったわね。」
実感のこもった口調で、ラモンドとカンドフがそんな感想を述べる。
ベータの表情は、実に微妙だった。
「そんなに大勢いたんだ、ピュアを知ってる人って。」
「老若男女を問わずだったわね。」
言いつつカンドフが肩をすくめる。
「ロタストリグみたいなシンボル的存在じゃない。ただの知り合いって
印象しかなかった。だけど知ってる人は本当に多い。」
「そして悪く言うやつがいない。」
ラモンドが言葉を被せた。
「偉人や名士って感じじゃないな。誰もが小さな恩を抱いてるらしい。
親切な隣人ってところか。」
「スパイダーマンみたいだね。」
「誰?」
「いや何でもない。」
言葉を濁したベータが、腕を組んで考え込む。
予想通りの予想以上という感じだ。
ラモンドたちが聞いた話をそのまま解釈すれば、単に親切な女性という
印象しかない。そこに不思議の類は生じない。ラストプレイヤーという
仮定をするのも無理があるだろう。
しかし、大勢から聞いたからこその情報も、目を凝らせば見えてくる。
老若男女から聞くという行為には、そういう意図もあったのだ。
「確かに知っている」
「こんな事をしてもらった」
「こんな恩がある」
という話が、それこそ全年齢層から聞けるのである。時代を問わずだ。
世代ではなく、時代を問わず。この事実が語るところは明らかだ。
ピュアは、時間を超越している。
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「ある意味、ロタストリグを超える存在かも知れないね。」
そう呟いたベータが、シャクソンの宿る蜘蛛に目を向ける。
「あなたのご主人は、ずうっと前にログアウトして終わりでしょ?」
『ええ。ナノバイタルチェッカーの情報はずっと共有できていました。
ログアウトの後、いつ亡くなったかに関してもおよそ把握してます。』
「マジかよ。」
『享年87。ほぼ確実です。』
「ゲーム世界から出て行った後も、そういうの分かってたんだ…」
「油断できねえ世界だな本当に。」
ラモンドとカンドフは呆れ顔でそう言い合う。確かにこんな個人情報を
NPCが把握しているというのは、知らぬが仏の話ではある。
しかし今重要なのはそこではない。
世界の外の存在であるプレイヤーもまた、人間である事は間違いない。
定義が同じなら、寿命もこの世界の人間と同じと考えてもいいはずだ。
「時の流れ方」に違いがない限り、同じような歳月を経て死に至る。
ロタストリグの享年が87歳という話が事実なら、ほぼ間違いはない。
だとすれば、ピュアという存在には違和感が大いにある。
もちろん、今日聞いた話だけで断定する事はできない。それはあまりに
短絡的であり、データが足りない。せいぜい数十年程度しかないから。
しかし、それでも十分に不条理だ。年寄りの体験談まで含めて考えると
少なくとも彼女が不老という仮定は充分に成り立つ。成り立つのなら、
その年数は文字通り計り知れない。
ベータと同じ姿を持つという少女の正体は、ラストプレイヤーという
括りの中においてもかなり異色だ。少なくとも、人間ではない可能性は
それなりに高い。と言っても現状、まだ二人目である。ロタストリグと
彼女のどちらがスタンダードなのかについては、はっきり言えない。
「まあそうは言っても、人に訊いた限りでは怪物とかじゃないだろう。
話は通じるはずだ。」
「訊いた限りの印象では、とってもいい人みたいだからね。」
「うんうん、そうこなくっちゃ。」
何故か嬉しそうに頷くベータの姿を前に、ラモンドたちは苦笑する。
今の彼女の心情は、手に取るように分かる。と言うか、当たり前だ。
自分と同じ姿の相手が怪物だったり悪人だったりというのは、出来れば
勘弁して欲しいだろう。そんなのはベータでなくても言うまでもない。
「明日、とにかく会いに行こう。」
「そうっスね隊長。」
「会うのは問題ないよね。」
『ちょっと楽しみですね。』
これだけ大勢に訊いた結果、彼女の現住所に関する情報も得られた。
ここから少し南下した位置にある、リジマルハという街だ。とりあえず
訪ねて行くくらいはいいだろう。
行くと決めれば、気持ちも変わる。少なからず、楽しみだとも思える。
ずいぶん図太くなってきたと、今になって皆が実感していた。
『どうしましょうか。』
「何を?」
『私に睡眠は不要なので、夜の間に移動する事も可能ですが。』
「えっ、マジで!?」
何故かテンションを上げるベータ。
「それって寝台列車じゃん!」
「…は?」
「いいじゃんいいじゃん!!鈍行で構わないから進んでてよ!」
『了解しました。』
「おいおい、決まっちまったよ。」
呆れ顔のラモンドも、特に反対などしない。むしろ面白がっている。
そんな図太さを得ている自分たちの現状に、やがてカンドフも笑った。
どうせなら楽しく。
そして前向きに出たとこ勝負。
やがて起動した蜘蛛足は、ゆっくり歩き始める。音を立てずに鈍足で。
月明かりに照らされたその奇っ怪なシルエットは、むしろ幻想的だ。
夜はゆっくり静かに更けていった。




