決着の向こう側に
【【体躯は巨大にして鈍重。そして厚い皮に覆われ堅牢】】
ドカン!
ラモンドのガントレットの先端が、鈍い音と共に火を噴いた。そこから
射出された黒色の弾丸が、まっすぐ目の前の大ガエルの腹に命中する。
しかし。
バシュッ!
こびり付いていた泥と水が勢いよくハネたものの、弾丸は表皮に防がれ
軽く跳ね返る。火花などは散らず、柔らかく受け止められたかのような
異様な様子だった。
次の瞬間。
ドンドンドン!!
カンドフが連続で放った火の玉が、狙い過たず頭部に全て命中する。
しかし結果はほとんど同じだった。頭の泥がわずかに発火したものの、
表皮に触れた途端に全て鎮火する。大ガエル自身もまったく痛痒などは
感じていない様子だった。
「言い伝え通り、頑丈だね…!」
「脂肪の厚さが半端じゃねえな。」
連続で攻撃を防がれた二人の言葉が重なり、若干の不協和音になる。
ガントレット上部のマズルに弾丸を再装填したラモンドは、その感触に
好ましくない予感を抱く。
カンドフは最大3発と言ってたが、おそらく次が限界だ。暴発などは
しないにしても、次の弾丸の装填が出来なくなるだろう。
ザバッ!!
大ガエルが大きく前足を踏み出す。咄嗟に後退して距離を取り、二人は
大ガエルの挙動をじっと確認した。
巨大にして鈍重。確かにその通り。力強く前進しているものの、普通の
カエルのような跳躍は無理らしい。見ため的にも、ガマガエルに近い。
少なくとも素早さで負ける可能性は低い。後は決め手さえあれば…
と、その刹那。
「グケッ!!」
形容し難い声を発した大ガエルが、右の目を赤くしたと同時にその口を
いっぱいに開く。大穴のようなその口から湧き出してきたのは、無数の
シャボン玉状の泡だった。それは、意志を持つかの如き軌道でゆっくり
二人に迫ってくる。
それまでとはあまりに印象の違う、奇怪なる攻撃を目の当たりにして。
ラモンドとカンドフの二人が取った次の行動には、迷いがなかった。
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「待ってたぜ。」
「これこれ!」
そう言いつつ、二人はそれぞれ服のポケットからジャラッと音を立てて
何かをつかみ出す。それはごくごくありふれた、丸い小さな石だった。
「よっと!」
「ほらよ!」
節分の豆まきの如きモーションで、二人は片手一杯の小石を撒く。
パッと空中に散った無数の小石が、迫り来る泡シャボン玉と接触した。
次の瞬間。
ガキィン!
ドドドドドン!!
シャボン玉と石が接触するや否や、一瞬で融合したそれは白く石化して
一気に下に落ちる。あちこちで接触した石とシャボンが激しく反応し、
岩と化したそれが大ガエルの周囲に雨のように降り注いでいた。
「グェッ!?」
【【吐く泡は触れたもの全てを石化させ、永遠の時の中に幽閉する】】
「なるほど言い伝え通りだな。」
言い放ったラモンドが弾いた1個の小石が、迫るシャボン玉に命中。
そのまま石化し、目の前に落ちる。
「うかつに触れば終わりってか。」
「多分、知らなきゃ確実に詰むね。鈍さを補って余りある能力よ。」
言い交わす二人の前で、大ガエルは落下した岩に閉じ込められたような
状態になっていた。己の吐き出したシャボン玉を防がれるとは、微塵も
考えていなかったのだろう。虚ろなその顔に、明確な敵意と怒りの色が
混じるのが見て取れた。
「どうする?スワンプトード。」
小馬鹿にするかのようにラモンドが言い放ち、ほんの数歩接近する。
前に出られないとしても、明らかにそれはシャボン玉の間合いだった。
数秒の、湿った膠着ののち。
「グケッ!!」
さっきよりずっと大きな声で鳴いた大ガエルの左目が、さっきと同様に
真っ赤に染まった。喉を膨らませ、口を大きく開こうと足を踏んばる。
その瞬間。
「今度は左か、待ってたぜ。」
落ち着いた声で言ったラモンドが、素早くガントレットを水平に構えて
狙いを定める。
凝視するのは一点。
真っ赤に染まった、左の眼球。
「じゃあな、沼ガエル。」
ドカン!!
パァン!!
放たれた弾丸は、真っ赤に染まった大ガエルの左目に命中した。
水風船のように眼球自体を破壊し、そのまま後頭部までも貫通する。
青黒い血がパッと後方に噴き出し、大ガエルの頭は完全に吹き飛んだ。
顎から下が残った上半身が痙攣し、やがて脱力してしぼんでいく。
かすかに立ち上った青い煙のような靄は、おそらく魔気の残滓だろう。
土嚢の中身が流れ出るかのように、大ガエルの体は平たくなって水面と
同化していく。突き出した前足が、辛うじてその存在を示していた。
「仕留めたか。」
「ええ。反応が完全に消えた。」
瞳を発光させたカンドフが告げる。泡立っていた水面も、やがて静寂を
取り戻していった。
「チョロいもんだったな。」
「知ってれば、ね。」
【【泡を吐く際に赤く染まる眼球 それこそが唯一絶対の攻め処】】
いかなる攻撃も防ぐ肉体。しかし、攻撃の瞬間に眼球が無防備になる。
これまた、言い伝えの通りだった。だからこそ、あえて煽ってみせた。
まぎれもなく、強大な魔物だった。
何も知らずに相対すれば、おそらく成す術もなく餌食になっただろう。
しかし、生態を知ってさえいれば、攻略方法などいくらでもある。
勝利の余韻に浸れるほど、二人には達成感は芽生えていなかった。
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「さて、と。」
ガントレットを外したラモンドが、周囲を確認しながら言った。
「これで条件クリアになるのか?」
「本を持ってきていないから、今は分かんない。だけど、まあ多分。」
「ならさっさと戻ろうぜ。できれば今日中に、もう少し話を進めて…」
刹那。
バガアァァァァン!!
いきなりの爆発音に、二人は思わずヒッと肩を竦めた。
破片などは特に飛んできていない。しかし、地響きさえ感じた爆発音。
揃って向き直った二人は次の瞬間、揃って瞠目していた。
ついさっき、カンドフがコンコンと何気なく叩いていたあの白い岩。
あれが砕けた音だったらしいと認識した直後、いきなり聞こえてきた。
「…だぁクソっ!やられたッ!!」
高く響くその声は、明らかに少女のものだった。崩れた白い岩の中から
姿を現したのは時代錯誤な軽装の鎧をまとう、金髪の人影だった。
「どこ行ったあのカエル!!」
パラパラと破片を全身から落とし、キョロキョロ周囲を見回す人影。
それはカンドフよりも少し若そうな少女だった。やがてその視線が、
呆気にとられるラモンドとカンドフを捉えて止まる。
「あっ!もしかして、あなたたちが助けてくれたんですか!?」
「いやその…」
「まあ…」
何だコイツは。
もしかして、スワンプトードの力で石化させられていた人間なのか。
もしかして、スワンプトード本体が死んだから石化が解けたのか。
「え?」
「一人だけ?」
同じ疑問が浮かんだ二人が、そんな言葉を発した刹那。
「どうもありがとう…って…」
歩み寄ってきた鎧の少女が、そこであからさまに訝し気な表情になる。
明らかに、目の前の二人に不信感を抱いている様子だった。
「あのう。」
「何だよ。」
「あなたって…」
「何ですか、その時代錯誤な姿。」
カンドフの問いかけを遮った少女の問いかけには、これ以上ないほどの
疑念の響きが込められていた。
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「…時代錯誤?」
負けじと怪訝そうな表情を浮かべるラモンドが、少女に問いを返した。
「俺たちの方がかよ。」
「そうですよ!」
己の言っている事がおかしいとは、微塵も思っていないらしい。
「それはお前だろう」という当然の返し文句を言い損ねたラモンドは、
何となくカンドフと顔を見合わす。しかし、少女は止まらなかった。
「いくら何でも適当過ぎですよ!」
「何がだよ。」
「デザインに決まってるでしょ!」
「デザイン?」
言われたカンドフが、慌てて自分の胸元に視線を向ける。
「え、そんなに適当かなぁこの服。割と気に入ってるんだけど…」
「服だけじゃないです!」
「は?…もしかして顔とかに文句をつける気か?それならお前も…」
「全部ですよ全部!!」
ますます勢い込んだ少女は、両手を大きく広げて言い放った。
「キャラメイキングは重要でしょ!一端のゲーマーなら、手を抜かずに
ちゃんと設定しないと!!」
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「…ちょっと待て。」
本格的に理解を諦めたラモンドが、むしろ落ち着きを取り戻して問う。
「言ってる意味が分からん。せめて理解できる言葉で語れ。えーと…」
「あたしの名前ですか?それは…」
………………………………
勢い込んでいた少女の言葉が、名を名乗る段に来て初めて途絶えた。
「どうしたの?」
「えっと…あたしの名前は…」
ぐるぐるとせわしなく目を動かし、少女は何かを思い出そうとする。
しかし、言葉は返らなかった。
「…何だったっけ。あたしの…」
「名前を忘れたのか?」
「いやその…登録されていたはずのユーザー名が…浮かんでこない…」
「ゆーざー名?何それ?」
「いやプレイヤーの名前ですよ!」
パッと顔を上げ、少女はカンドフに食って掛かった。
「あなたたちこそ、プレイヤー名があるでしょ!?それを…」
「だから意味が分からん。いい加減それを認めろ!」
ぴしゃりと言い放たれたラモンドの言葉に、少女はついに絶句する。
傍目にも心配になるほど、その顔は青ざめていた。
そして。
「あの」
「何だよ。」
「この世界って、ベータテスト版のゲームじゃないんですか?」
「多分、違うと思うよ。…あんまり意味は分からないけど。」
ぐらりとよろめいた少女の意識が、完全に途絶した。
倒れ込むその肩から、鋼の肩当てがガラリと音を立てて剥落する。
「おい!?」
「大丈夫!?」
呼びかける二人の声が、梢の向こうへと吸い込まれていく。
既に、夕暮れが近かった。




