不可解な距離感
色んな意味で疲れていたのだろう。三人とも、泥のように眠った翌朝。
『おはようございます!』
皆を起こしたのは、無駄に爽やかなモーニングコールだった。
もぞもぞと身を起こす三人の目が、テーブル上のミニ蜘蛛を睨んだ。
「…あんた、寝ないの?」
『休眠は2分で事足りますので。』
「だったら大人しく待ってろよ…」
「早寝早起きこそが健康の元です。何でしたら、ラジオ体操の音楽でも
流しましょうか?三番まで…」
「やめてえッ!」
悲鳴のようなベータの声が裏返る。
「ラジオ体操って何だっけ?」
「聞かなくていいから!」
意外に興味津々の態のカンドフに、ベータの悲鳴が更に重なる。
そこそこ平和な朝だった。
================================
前日の言葉通り、朝食がサービスとして提供された。大した料理では
ないものの、ものぐさな身としては地味にありがたい。遠慮などせず、
三人ともあっさり平らげた。
「それにしても、気前がいいな。」
几帳面に全員の食器を重ねながら、ラモンドが誰にともなく言う。
「俺たちがこの街へ来たのは本当に初めてなのに、何でこんな朝食まで
用意してくれたんだかな。」
「そうよねえ。」
寝癖を整える手を止め、カンドフもちょっと首をかしげてみせた。
「正直、心当たりがない。ベータはどう?」
「うーん…」
ベッドに座り直し、ベータは傍らのミニ蜘蛛を指で突きながら答える。
「具体的な心当たりはもちろん何もない。知っての通り、このあたしは
3000年間石になってたからね。だけど…」
「だけど?」
「昨夜のチェックインの時、受付の女の人の態度が少し気になった。」
「何か言われたのかよ。」
「お連れさまとは珍しいですねって言われた。朝食のサービスの事も、
その時に言われたのよ。何て言うかあの人、明らかにあたしを知ってる
感じだった。」
「…………………?」
ラモンドもカンドフも、怪訝そうに眉をひそめる。確かにその反応は、
普通ではまず考えられない。しかし少なくとも、あの受付がベータに
悪い感情を抱いていないという事は判る。いずれにしても、不可解だ。
だったらもう、直接訊くしか…
『いえ、ストレートに訊くのは少し待って下さい。』
そう言ったのはミニ蜘蛛だった。
『ラストプレイヤーであるかどうかという質問は、問う相手によっては
かなり奇妙です。ベータさんの顔に見覚えがあるのなら、赤の他人への
迷惑にもなり得ますから。』
「だけど、あの人がそうだっていう可能性はゼロじゃないんだよ?なら
最低限、確認はしないと…」
『もちろんそれは分かっています。だから…』
そこまで言ったミニ蜘蛛が、ほんの少し身を屈めて声を落とした。
『ちょっと細工をしましょう。』
================================
「ご利用ありがとうございました。またのお越しを。」
予想通り、チェックアウトの担当も昨夜の女性だった。そ知らぬ顔で、
ベータが会計に赴く。
「どうもありがとう。じゃ、これでよろしく。」
「はい。確認致しま…あ痛!」
金貨を受け取ろうと手を差し出した女性が、かすかに顔を歪ませて手を
引っ込める。どうやら、受け取った表紙に何かに当たったらしかった。
「え!?あ、だ、大丈夫ですか?」
「ええ…何だろ、固いものに指先が当たったみたいな…」
「何でしょうね。…すみません。」
申し訳なさそうにそう言ったベータが、手の中の金貨を見せて詫びる。
確かに、手をぶつけるようなものは何も持っていなかった。怪訝そうな
表情だった女性も、苦笑を浮かべて頷く。
「大丈夫です。怪我をしたわけでもありませんし、お気になさらず。」
「どうもすみません。じゃあこれ、あらためて。」
「はい、確かに。」
今度は開いた手に置いて見せた金貨を確認し、ゆっくりと掴み上げる。
それ以上は特に何もなく、ベータは受付カウンターを辞して入口で待つ
ラモンドたちと合流する。
「お待たせ。」
「おう。」
「んじゃ行こうか。」
短く言葉を交わし、一行はそそくさと宿を後にする。振り返ったりせず
しばらく歩き、そこで揃って大きく息をついた。
「ふう…」
「で、どうだったの?」
「やっぱり違った。」
カンドフの問いに、ベータは迷わず即答を返す。
「あの人がラストプレイヤーなら、アレに手をぶつけるはずがない。」
「バレなかった?」
「すぐに消したから大丈夫だよ。」
答えたベータがかざした右の掌に、一瞬で小さな四角い板が現出する。
問うまでもない。これは最も小さいサイズのステータスウィンドウだ。
もちろんここまで小さいと、どんな表示をしようとまともに読めない。
金貨を手渡す際、このウィンドウをこっそり手の中に出しておいた。
何も表示していないからほぼ完全な透明。見える心配はない。しかし、
そこに現出させているのは事実だ。これに接触するように仕向けた。
結果は、やはり予想通りだった。
迷わず伸ばされた女性の指が、このウィンドウにぶつかったのである。
この反応はラモンドや餓鬼人たちと同じ。ゲーム的な概念で言うなら、
NPCと同じ反応である。もし仮に彼女がラストプレイヤーであれば、
まず間違いなくウィンドウは指先を透過していたはずである。
『間違いありません。』
ミニ蜘蛛も断言した。
ラストプレイヤーの一人が創った、彼がそう言うならば信じてもいい。
だとすれば、そこから成り立つ推測もあるという事だ。
「…で、どうする?」
宿の方を振り返りつつ、ラモンドが誰にともなく問う。
「何だったら宿に戻って訊くか?」
「いやあ、それは今さらでしょ。」
カンドフがそう言って首を振った。
「まともに反応せずに出たんだし、今さら訊きに戻るのは逆に不自然に
なっちゃうよ。だったらもう、今は気にせずに目的を定めよう。」
「そうだな。」
特に反論はせず、ラモンドも頷く。むろんベータも同じだった。
「じゃ、本題に移ろう。」
================================
ジオリル州の州境近くの街に、次のラストプレイヤーがいるらしい。
しかし、それがこの街なのかどうかという確信は、まだ持てていない。
「ロタストリグは、実に判りやすいシンボル的存在だったからねー。」
『そうでしょうそうでしょう。』
「いや、別に褒めてはないけど。」
カンドフが呆れ声で笑う。
そう。
ラクネリアの街のロタストリグは、非常に目立つ存在だった。だから、
ラストプレイヤーではないかという仮定を迷わず立てられたのである。
しかし、6人全員がそこまで目立つ存在である保障はない。と言うか、
現存している可能性もかなり低い。何と言っても、ゲームの終了から
もう3000年も経っているという現実(?)があるのだから。
ベータの現出させるウィンドウでもブフレの古書でも、次に捜すべき
プレイヤーの大まかな所在地は検索できる。しかしそれはあくまでも、
大まかな位置情報でしかない。近くまでは行けても、そこから一個人を
特定するまでの精度はないのだ。
「何かしら追加情報が欲しいな。」
実感のこもった口調で、ラモンドがそう呟いた。
「ロタストリグほどじゃなくても、浮世離れした人間がいればそこそこ
話題にはなるだろ。そういうのすら無しで探すのはさすがに無理だ。」
「確かにね。」
「せめて、それっぽい人の話を…」
「あっ、ピュアお姉ちゃん!」
唐突な言葉を投げかけられ、三人はハッと向き直る。
視線の先にいたのは、5歳くらいの愛くるしい金髪少女だった。
「…え?」
「こないだはどうもありがとう!」
「えと…」
中途半端な体勢のベータが、何とか返す言葉を探す。少女は、明らかに
ベータに声をかけている。とすればやはり、ベータが答えるべきだ。
「だ、大丈夫だった?」
「うん…でも風船しぼんじゃった。仕方ないよってママも言ってる。」
「そっかぁ。まあそれでいいよ。」
乏しい会話の中に、どうにか情報を見出し得た。
この少女が「ピュア」と呼ぶ人物がいる。
おそらく、飛んでいきそうになった風船を捕まえてくれたのだろう。
そしてその「ピュア」という人物の容姿は、ベータと全く同じらしい。
曖昧な受け答えをしてしまっているにもかかわらず、目の前の少女は
ベータをピュアと思い込んでいる。他人の空似とかそんなレベルでは、
ここまで完璧に見間違えてしまう事はないだろう。だとすれば…
「それじゃあ、またね。」
「うん!」
最後まで疑念を抱く事なく、少女は笑顔のまま駆け去っていった。
その背を見送ったベータが、やがてラモンドとカンドフに向き直る。
しばしの沈黙ののち。
「今の見てたよね?」
「ああ。」
「見てたよ。」
じっとベータの顔を凝視しながら、ラモンドが確認するように問う。
「お前の知り合いじゃないよな?」
「もちろん違う。それは、二人とも知ってる事だよね。」
「そうね。あなたの知り合いなら、あたしたちが知らないはずない。」
カンドフの返答に実感がこもった。
そう。
ベータは、スワンプトードによって3000年もの間、石化していた。
当然、今の時代に知り合いなどいるはずがない。ましてやあの少女は、
まだ5~6歳である。どう考えてもそれは成り立たない。
この不可解な状況は、しかし同時にひとつの仮定をもたらした。
そこに思い至った三人は、宿屋へと同時に視線を向ける。
あの受付女性もまた、少女と同様にベータを知っている風だったのだ。
突っ込んだ話はしていないものの、ベータ自身の感じた違和感はかなり
確かなものだった。妙な揉め事など避けたかったら、突っ込まないまま
逃げるようにチェックアウトした。が、あれもまた手がかりである。
こんな短時間に、ベータの容姿から見知らぬ誰かの存在が浮かんだ。
決して偶然じゃない。だとすれば、その「ピュア」とは何者なのか。
「…客観的に考えるなら、あたしと全く同じキャラメークをしたという
可能性がある。ゲームキャラとしてあり得ない話じゃない。」
「マジで?」
「プレイヤー総数を考えるとかなり確率は低いけれど、ひょっとすると
あたしのキャラメーキングを参考にしたとも考えられる。もし本当なら
ちょっと気持ち悪いけどね。」
「そりゃそうだろうな。」
苦笑しながらラモンドが頷いた。
「しかし、もしその予想が本当ならかなり異様だぞ。順当に考えれば、
そいつは3000年前からずうっとその姿で存在してたって事になる。
ある意味、都市伝説レベルだろ。」
「うーん…まあ確かにそうだね。」
そんな風に形容されると怖い。その思いはベータもカンドフも同じだ。
しかし、怖がるだけでは決して前に進む事はできない。今はとにかく、
割り切って考えるべきだろう。
「とりあえず、そのピュアって人を次のラストプレイヤーの筆頭候補と
定義しよう。いいよね?」
「ああ、それでいいだろ。」
「違うなら違うで、確信が欲しいと思うからね。」
異存はない。カンドフの言う通り、まずは確信を得る事こそが重要だ。
「ベータと同じ姿」という頼りない情報ではあるものの、何もないより
よっぽどマシである。
まずは彼女を探す。全てはそこからだろう。
ここに来てようやく、二人目捜索のとっかかりを得たような感じだ。
だったらこのまま突き進む!
歩き出す三人に、迷いはなかった。




