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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第5章 ジオリルの少女
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宿屋で一服

州境の街ソンガに到着した頃には、もうすっかり日は暮れていた。


越州すればすぐに街、という認識が甘かったと、今さら痛感する三人。

どうもこのところ、見通しの甘さが揃ってちょくちょく出てきている。

非常識な旅をしているせいかもと、一抹の不安がよぎる今日この頃だ。


「何はともあれ着いた。とりあえず、宿だけ探そうぜ。」


ラモンドのその言葉に、他の二人も異論は挟まない。

無駄に疲れた一日を、これでやっと終わりにできる。不毛な達成感が、

どっしりとその身に居座っていた。


================================


あれこれ心配するほどもなく、宿はすぐに見つけられた。

越州した時もチェックインの時も、ミニ蜘蛛はベータの提げる鞄の中に

潜んでいた。見とがめられるような事もなく、いずれもあっさり通過。


「それでは、2階の端の部屋です。どうぞごゆっくり。」

「どうも。」


今回、選んだのは五人部屋だった。

個室が空いていなかったというのも理由のひとつだ。しかし、とにかく

これからの事をそれなりに詰めたいという思いの方が強かった。ここで

三人部屋と言うと誤解を招きやすいだろうから、開き直って最も大きい

部屋を選んだ。何しろ資金は潤沢。細かい事は気にしない方針で行く。


「まあ、色気のないあたしたちって感じよね。」


これまた開き直ったカンドフの言葉が、三人の現状を端的に物語る。

確かに、色恋沙汰の片鱗すら無い。自分たちでも色気が無いと思う。

そこはそれと割り切る三人だった。


「よーし。んじゃ行こう。」

「はーい。」

「はーい…」


カバンを抱え直したベータは、ふと視線を感じて受付カウンターの方に

目を向ける。手続きをした女性が、確かにこっちを見ていた。


「…あの、何か?」

「お連れさまとは珍しいですね。」

「え?」

「せっかくですので、明日の朝食はサービスさせて頂きます。」

「え?いやあの…はい、どうも。」


にこりと笑みを向けられ、ベータは曖昧に答えてちょっと会釈する。

何と言うか、距離感が掴みづらい。あまりに女性の態度が何気なくて。

…この人、知り合いだったっけ?


「じゃ、じゃあこれで。」

「ごゆっくり。」


ミニ蜘蛛が潜んでいる鞄をしっかり抱え直し、ベータは階段を上がる。

あの女性の視界から抜けたいという思いが、わずかに足取りを早めた。

何だろうあの感じ。別に悪い印象はないんだけど、何だか引っかかる。

知り合いだという可能性は限りなく低いはずだけど、絶対じゃない。

あたしが3000年間石化していた事を考えれば、あの人も…


え、ちょっと待って。

じゃああの人が、ラストプレイヤーという可能性もあるの?いきなり?

ロタストリグは遥か昔にゲーム世界から離脱していたのに?


待て待て待て、落ち着けあたし。

他人の空似とか勘違いとか、そんな常識的な可能性だってあるんだ。

自分の非常識を物差しにするのは、どう考えても悪手だろう。



とにかく、今日は今日の事だ。

うん。


================================


「はあ。」


先に部屋に入っていた二人に倣い、ベータもベッドに腰を下ろすと共に

大きなため息をつく。何と言うか、久し振りの脱力感だった。


『お疲れさまでした。』


そう言いながら、ミニ蜘蛛がカバンからゴソゴソと這い出して来る。

もはや三人は、その不条理な存在感にも慣れてしまっていた。


「まあ、とりあえずありがとね。」


ポンと床に飛び降りたミニ蜘蛛に、カンドフが礼を述べる。


「正直、ずうっと店で生活するのも少しキツかったからさ。結果的に、

いい気分転換にもなった。」

『何よりです。』

「で、お前はもうラクネリアに戻る気はないのか?」

『ええ。』

「ずいぶん淡白ね。ロタストリグはもういないにせよ、3000年近く

護ってきた城なんでしょ?なら…」

『いえいえ、ご心配なく。』


カンドフの言葉を遮り、ミニ蜘蛛はカチャカチャと体を揺らして笑う。


『確かにロタストリグ城を守護していたのは私ですが、そういう役目を

与えられていた者は他にもいます。なので、ちゃんと維持はしてます。

抜かりありませんよ。』

「え、そうだったの?」


ベータが目を丸くした。


「てっきり一人ぼっちかと…」

『まあ、個としての定義は人間ほど明確ではありませんが、少なくとも

「私」と「私以外」程度の認識ならあります。今でも連絡できますし、

何なら交代もできるんですよ。』

「へえぇー、そういう設定なんだ。凝ってたんだねロタストリグも。」

『あ、いや…その…』


感心しきりのベータの言葉に対し、ミニ蜘蛛はほんの少し言い淀む。


『元々の設定ではありません。』

「と言うと?」

『起動時点では確かに一人だったんですが、あまりにも退屈でして…』

「自己増殖でもしたの?」

『増殖と言うより、分裂ですかね。人間でもありますよね?多重人格。

あれに近い感じですよ。』

「…………………な、なるほど。」


「ある意味病気か」という言葉を、三人は辛うじて呑み込んだ。

いくらプログラム人格と言っても、3000年の留守番は苦行だろう。

どんな形であれ、正気を保ったまま務めを果たすには必要な事だった。

それでこういう応用が出来るなら、迷わずやってやろう…という事だ。


ずっと留まっていたあの城を離れ、外の世界へ。プログラムであろうと

その衝動は不思議でも何でもない。城を護るという務めも果たしつつ、

見知らぬ世界を知る。そういう意味では、自分たちと似たり寄ったり。



初めて、親近感が湧いた気がした。


================================


「まあ、それはそれとして。」


座り直したカンドフが、ミニ蜘蛛に向かってゆっくりと告げる。


「今さら来るなとは言わないけど、簡単な道じゃないのは承知の上だと

考えていいのよね?」

『もちろんです。』


ミニ蜘蛛は、迷わず即答した。


『私自身、ロタストリグ様の預かる『永劫の思い出』の守護者の任を

与えられていた身ですから。城での戦いももちろん把握していますし、

今後もそういう事があるというのは承知の上です。』

「つまり、ロタストリグ自身もそのつもりだったって事?」

『いえ…そういうわけでは。』

「違うんかい。」


思わずベータがツッコミを入れる。


「じゃあやっぱり、勝手に城を出てついて来たって事じゃないの?」

『勝手ではありませんよ。留守番の個体の了承もちゃんと得ています。

それはさっきお話した通りです。』

「ホントかなぁ…」


疑わしげに呟くベータが、ラモンドに向き直った。


「どう思う?」

「別にどうでもいいな、その点は。興味があるのはもっと別の事だ。」

「…と言うと?」

「何ができて、何ができないのか。その点をハッキリさせておきたい。

一緒に来るって言うんなら尚更だ。単に店を小型にするだけじゃなく、

やれる事はやってもらわないと。」


「…ううん、確かにそうか。」

「そうね。」


迷いのないラモンドの言葉に対し、ベータとカンドフも頷く。


確かに彼の言う通りだ。

ゴリ押しでここに来たシャクソンに求めるべきは、動機や出自ではなく

現実的な能力だろう。気ままな旅をしているわけではない以上、一緒に

行くというならそれなりに貢献してもらわないと割に合わない。

もちろん、蜘蛛足をこんなサイズにまで縮小したのは実にありがたい。

今後の事を考えれば、十分な貢献と言えるだろう。しかしそれはそれ。

他にも何かできる事があるのなら、その上限までやってもらいたい。


ぶっちゃけ、何ができるかを完全に把握できるとは思わない。能力的な

事を聞いたとしても、それをどんな形で活かすかは誰にとっても未知の

領域だからだ。ならばとりあえず、今の時点で調べるべき事を調べる。


そう。



まずは恒例のアレからだ。


================================


「おおっ!」

「乗った!」

「乗れた!!」

『乗れましたね。』


思わず全員、歓声を上げた。


横倒しで出したウィンドウの上に、ミニ蜘蛛がポンと迷わず飛び乗る。

突き抜けるかと思われたその小さなボディは、そのまま見事に乗った。

ダメモト感が強かった三人にとってその結果は、十分歓声に値した。


「へぇー意外!これいけるんだ!」


ウィンドウの上で身を揺らす様子を見ながら、ベータがミニ蜘蛛に対し

質問を投げる。


「この仕様って、知ってたの?」

『とんでもない。ロタストリグ様もウィンドウを出せる事実はもちろん

知っていましたが、それに物理的に接触できるかどうかなんて、考えも

しませんでしたから。』

「って事は、ゲームが運営されてた当時がどうだったかは判らないって

話になるのか。惜しいなあ。」

「普通考えないだろ、そんなの。」


あからさまに残念がったベータに、ラモンドがやや呆れ気味に言う。


「とりあえず、お前やカンドフとは違うって事は判った。だったら、

どう活用するかを考えようぜ。」

『そうですね。私としても、自分に何ができるかは知りたいですし。』


カチャカチャと足を鳴らしながら、ミニ蜘蛛がテンション高く言う。


「それじゃ、まずひとつ確かめたい事があるんだよね。」


そう告げたのは、カンドフだった。


「ラモンドじゃなく、あなただからこそ検証できる可能性を。」

「うん?」

「何の話だ?」

『とにかくやってみましょう!』


怪訝そうなラモンドとベータ。

詳しく聞く前から、早くも乗り気のミニ蜘蛛。


その温度差が、カンドフには何だか妙に面白く感じられていた。


「よおし。せっかくの大部屋だし、思いつく事はやってみようぜ。」


何やら開き直ったらしいラモンドの言葉に、他の三人も勢いづく。


「賛成っす隊長!」

『面白そうですね。』

「まあ、あまりうるさくしないよう気をつけてね。ここ宿屋だし。」


そうたしなめるカンドフも、ニッと面白そうに笑う。


未知を既知に変え、できる事を少しずつ増やしていく。これもまた、

かつてのゲーム世界の片鱗を現代に再現する行為なのかも知れない。

そうでなくとも、面白ければそれでいいとも思える。子供っぽいけど、

こんな時くらいはいいじゃないか。これこそ童心なのかも知れない。



夜は、賑やかに更けていった。

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