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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第4章 彼女たちの目指すもの
51/54

人が生きる世界

知らないって怖い。

それ故にどんな無茶も言えるから。


母も伯父たちも、子供の頃ゲームに熱中した事はあるだろう。もはや、

祖父母の時代まで遡ってもその点は揺るがない。ゲームの歴史は長い。

だけどやっぱり、プレイする人間と創る人間の認識は決定的に異なる。

ゲームの世界と現実世界は、根本的に違うものだと考えないと。


母たちがあたしに求めているのは、ひらたく言えば「ゲーム転生」だ。

昔は本当に無数に描かれた作品設定らしいけど、どれも展開は同じ。

トラック事故だとか過労死だとか、何しろそんな原因でゲームの世界に

転生する。後は無双するだけという定番だ。ゲーム世界という設定は、

物語冒頭のとっかかりに過ぎない。後はもう、ステータスウィンドウが

自由に開くだけの普通の現実世界。クオリティの高いゲームだと言えば

後はどうでもいいってね。


フルダイブスタイルのゲームには、本当にその世界に入り込んだような

没入感がある。第二の現実とか形容されるゲームも、今では数多い。

個人的に言えば、そこまで没入感をゲームに求めたくはないけどね。

とにかく、このゲーム世界の中なら健児さんも覚醒ができるのだろう。

脳が生きているとすれば、可能性は大いにあるはずだ。


だけど、現実はそこまで追いついていないというのがあたしの認識だ。

フルダイブの体感がどれほど現実に似ていようと、それは感覚的な話。

視覚とか聴覚とか味覚とか、何しろそういう部分でのバーチャル体験が

現実そっくりって「だけ」の事だ。ぶっちゃけ、中身なんか関係ない。

ゲームとして遊ぶならそれで十分と言えるけど、健児さんに必要なのは

現実の代わりになる世界だ。それは決して、感覚的にリアルならいいと

単純に割り切れる事じゃない。


いくら現実世界そっくりにゲームの世界を作り込んだとしても、それは

文字通り作り物。NPCに独立した意識や性格を設定するなんて事は、

絶対に無理だ。世界は箱庭のような閉じた空間じゃない。何もかもを、

人の手で創るなんて事はできない。母たちには、その点に関する想像が

足りていない。ゲームの世界というものを、買い被り過ぎているんだ。


知ってたら言わないだろう。こんな無茶苦茶な願いは。

そしてあたしの感覚からも、こんなとんでもない発想は出てこない。



ゲームは、虚構だからこそゲームと言えるのだから。


================================


「さて、と…」


濃い目のコーヒーを飲み、あたしはもう一度気持ちを切り替える。


どれほど無茶な事を言われたかは、冷えた思考でしっかり再認識した。

今のゲームの限界に関しても、まあそれなりに問題に落とし込めた。


だから諦めるなんてのは、あたしの生き方に反する。諦めるとしても、

やるべき事を全部やってからだ。


あたしは、ゲームクリエイターだ。間違いなく、天職だと思っている。

ある意味、これはゲームという概念に対しての挑戦なのかも知れない。

冷凍睡眠に未来を託した人の中で、こんな「未来」を模索しているのは

おそらく健児さんだけだ。冷凍睡眠が過去のものになりつつある昨今、

同じ道を辿る人は二度と現れない。だとすれば、これはあたしだけが

挑む空前絶後のチャレンジだろう。


望むところだよ、お母さん。

そして健児さん。



清水ミリルは、諦めが悪いんだよ。


================================


技術的な問題は、いったん棚上げにする。でないと話が進まないから。

そもそもの仮定が空前である以上、今の常識で考えても意味がない。


オンラインやVR系ゲームの黎明期から現在に至るまで、ゲーム中毒は

社会的な問題として根付いている。のめり込み過ぎた末の死亡事故とか

シャレにならない事例は、数えればキリがない。その意味ではゲームは

けっこう怖い。現実とゲームの区別がつかなくなった結果、人は正気を

失ってしまう。本当に怖い話だね。


だけど今回は、それこそが目的だ。

健児さんの体は、もはや肉体として機能しない。精神の器でしかない。

生命維持装置が停止すれば終わり。肉体の中にいる健児さんも消える。

魂の死と言うとオカルトっぽくなるけど、要するにそういう事だ。


だから、その前に健児さんの人格をゲームの世界にダウンロードする。

これが移動なのかコピペなのかで、意味は大きく変わってくるだろう。

コピペだとすれば、健児さんというオリジナルの存在は死ぬ事になる。

移動だとすれば、そうなる前に体を切り離すという事になるのだろう。


だけど、ここは深く考えるべきではないだろう。というか、考え出すと

哲学や宗教的な問題にまで発展してしまいかねない。だから単純に、

ゲーム世界に転生すると考えよう。人体実験とか言われると怖いけど、

どっちみち健児さんは過去の人だ。苦しませないようにという心構えは

絶対に必要だし、肝に銘じている。現代の技術を信じるのみである。



さて、じゃあ具体的にどうするか。


冷凍睡眠の概要説明を読んだけど、ダウンロード自体は確実にできる。

そこは心配ないし、健児さん自身の脳波もしっかりしてるから大丈夫。

肉体からゲーム世界への転生自体は問題ない。最初のハードルはもう、

すでに越えていると言っていい。


問題は、ダウンロードした後だ。


先にも考えた通り、ゲーム世界内のNPCに人間感情は期待できない。

プログラムで動いているに過ぎない以上、そこはいかんともし難い。

とは言え、最近では自己学習型AIを搭載したNPCも普及している。

そこそこ時間はかかるだろうけど、それなりに人間らしい感情を有する

存在に育てるという手も…


「ちょっと待って。」


そこまで考えたあたしは、無意識に自問の言葉を口にしていた。



「時間って、かけられるの?」


================================


AIの自己学習に時間がかかるのは仕方ない。ある程度熟成させようと

考えるなら、健児さんにはちょっと待っててもらうしかない。つまり、

ゲーム世界に転生してからもう一度休眠してもらう。…眠り姫かな?

その間にNPCたちの個性が確立に至れば、そこそこリアリティのある

世界に目覚めてもらう事が出来る。

だけど、ここにあまりにも根本的な問題が横たわっている。


オンラインゲームだと、サービスの終了時点で世界が消滅してしまう。

20年以上続いてるゲームなんかも存在してるけど、果たしてあたしが

今から創るゲームが、そこまで長くユーザに支持され続けるだろうか。

サービス終了が命の終わりなんて、あたし的には非常に寝覚めが悪い。

勝手な感覚だと言われそうだけど、そこまで健児さんの命、いや寿命を

背負いこむのは何か違う気がする。


…いずれにしても、自己学習による進化を待つってのは気が長過ぎる。

と言うか、おそらく間に合わない。始まる前に終わってしまうだろう。


…………………


いやいや、ちょっと待って。


もっとそもそもの話になるけれど、健児さんの「ゲーム内での人生」は

果たして何年になるのか。もしも、平均的な寿命程度の長さとすれば…

控えめに見積もっても50年以上。


冗談じゃない。

どれだけヒットしようと、そこまで長く続くゲームなどあるわけない。

つまり、どこかの時点で終了する。そこで健児さんの人生も終わる。

強制シャットダウンという形で。


「だったらもう、同じじゃない!」


思わず叫んでしまった。

冷凍睡眠の電源が落とされるのと、ゲームのサービスが終了するのと。

何が違うって言うんだ。どっちみち強制的に終わるのは同じだ。なら、

こんなのは単なる延命じゃないか!


何なんだ、この虚しい現実逃避は。

やめだやめ。


あたしは、母に電話しようと傍らのスマホに手を伸ばした。

技術的でない、もっと根本的問題が明らかになってしまった。こんなの

誰も望んではいない。避けられない終焉を、わざわざ遅らせる意味は…


………………

…………………


ちょっと待って。

スマホを手に取ろうとした己の右手を見た途端、思考が一気に冷えた。


当たり前のように動かしているその手は、健児さんにはもうないんだ。

64年前に病に侵されたその体は、もう二度と動かせないんだ。

だけど健児さんは、両親に望まれて未来に送られた。死ではなく生を、

間違いなく望まれ今に至っている。それは、紛れもない事実だ。


いつかは終わりが来る。生き物なら当然の運命だ。そしてその終焉は、

必ずしも納得できる形で訪れるとは限らないんだ。昨日まで元気だった

若者が、突然の事故や病気で翌日に死ぬ事だって珍しくないのが現実。

普通の人間でも、その運命は同じ。そんなの、当たり前じゃないのか。


何もしなければ、健児さんは再来年の末に死ぬ。いや、消滅する。

ゲーム世界に転生すれば、ゲームのサービス終了が消滅の時となる。

単純な理屈で考えれば、単に先送りの延命措置でしかないのだろう。

冷凍睡眠のカプセルだろうとVRのゲームだろうと、電源を落としたら

消えるという点はまったく同じだ。


だけど、それは単に終わり方だけを比べた話だ。


最後の瞬間に何を思うか。それまで何をしていたか。人生というのは、

長さで価値を計れるものじゃない。何を成したか、どれだけ悔いなく

生きたかで決まる。母や伯父たちが健児さんに贈りたいと思うのは、

まさにそういう人生じゃないのか。

あたしは伸ばしていた右手を戻し、少し乱暴にその手で頭を掻いた。


常識に囚われ過ぎだ。

過去に例などない難題に挑んでいる身で、ちっぽけな事を気にするな。

確かに健児さんは、ゲーム世界の中だけに生きる存在になるのだろう。

ゲームの終わりが人生の終わりだと言ってしまえば、確かに残酷だ。


それがどうした。

残酷という表現を使うなら、むしろ64年前だろう。ご両親の判断こそ

見方によっては残酷じゃないのか。いくら本人同意でもどうかと思う。

だけど今さら、そんな話を蒸し返す気はない。ご両親は故人なんだし。

第三者から見てどう思うかなんて、あたしには何の意味もない話だ。


身勝手が過ぎるって?

冗談じゃない。


あたしは、健児さんを見守っていた母と伯父たちから託されたんだよ。

かなり遠くはあるけれど、あたしはれっきとした血縁者だ。だったら、

他人の意見を気にする必要はない。母たちだって、事情を話した時点で

あたしに「託す」覚悟はしたんだと思うから。


糾弾したけりゃ、勝手にしろ。

あたしは、健児さんを苦しめる気はない。

遠からず「終わり」が来るのなら、それまでの時間をエスコートする。

生きた証を残してもらうため、己の持つクリエイター魂を総動員する。


よおし。

今度こそ、はっきり覚悟ができた。



待っててよ、健児さん。

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