表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第4章 彼女たちの目指すもの
50/54

ミリルの宿題

自分でも驚くほど速く寝落ちした。

眠れないだろうと思っていたのは、いったい何だったんだろうか。

やっぱり、今では実家でもそこまでくつろいだり没頭したりできない…

という事なんだろう。独立したって事実を、こんな形で実感するとは

夢にも思わなかったけど。


というわけで、翌日の午前に実家を辞した。外まで送ってくれた母は、

予想通り複雑な表情になっていた。まあ、そりゃ至って当然だろうね。


「ねえ、ミリル。」

「うん?」

「無理だと思ったら、正直に言ってくれればいいからね。」

「分かった。」


短く答えたあたしの肩に手を置き、母は言葉に力を込めた。


「健児さんの事は、決して軽々しく結論を出しちゃいけない。だけど、

今を生きている人間が何かの犠牲を払ったりする事でもない。それは、

兄さんたちも思ってる事だから。」

「あたしもそう思うよ。」


迷わずに即答した。

つい昨日聞いたばかりの話だけど、少なくとも母の言葉に異論はない。

あたしだって、自分なりに向き合う覚悟は固めつつあるんだからね。


「大丈夫。深刻に考える気はない。そこは心配しないで。」

「いいのね?」

「あたしだってもう、一端のゲームクリエイターなんだからね。」


そう言ってニイッと笑いかけると、母も同じように笑ってくれた。

そうだよ母さん。確かに驚いたのは事実だけど、少なくとも忌避したり

怖がったりという負の感情はない。そこまで健児さんを怖れはしない。


むしろ、ちょっと武者震いしてる。

世代を超えて受け継がれてきた人の運命に、関与するという事実にね。

そしてこれは間違いなく、あたしにしかできない事だ。


全力を尽くしますので。



仰ぐ空は、どこまでも蒼かった。


================================


「ふぅ…」


自宅に戻って椅子に座ると同時に、意図せぬ大きなため息が漏れた。

やっぱり、少なからず疲れていた。肉体的にというより、精神的に。

それでも、気持ちが切り替わる音を聞いたような気がする。やっぱり、

仕事場に戻ればエンジンかかるよ。主に頭の方のね。


さあて、んじゃ考えよう。


================================


とりあえず、とっ散らかった情報をいったん整理しよう。


あたしが母と伯父たちから託された宿題は、曾祖叔父の清水健児さんに

関わる事だ。昨日初めてその存在を知った人物だけど、彼の生い立ちが

既に映画やゲームの主役になれると思えるほどドラマチックである。


64年前、彼は難病に侵された。

当時の医療ではどうしようもなく、ただ死を待つだけだったらしい。

そこで彼の両親は、冷凍睡眠という手段に希望を見出そうとしたんだ。

エターナルメモリーズという会社が提供していたサービスに加入して、

彼を生きたまま未来に託した。まあ言い方はアレだけど、丸投げだね。


おそらく、病気の治療法に関してはそれなりに勝算があったんだろう。

事実、それからちょうど40年後、治療法は本当に確立したのだ。


しかし、皮肉な運命が待っていた。

やっと治療法が確立したのに、当の健児さんの覚醒が不可能になった。

やはり、当時の冷凍睡眠はまだまだ未成熟の先端技術だったのである。

脳そのものは生きている。しかし、肉体の方が変質してしまっていた。

病気だとか何とか以前に、まともな生命活動を行う事が出来ないほどに

細胞が変質している。もしも強引に覚醒を促したら、精神がその変化に

耐えられずに崩壊してしまうとか。…何なんだ、その究極の本末転倒。


そう。

未来に託すという判断そのものは、間違ってはいなかった。だけど、

病気って問題が解決したと同時に、もっと難しい事態になったって事。

もはや、健児さんを現世に呼び戻す方法は「新たな肉体への移植」しか

ないらしい。少なくとも、そういう技術だけはもう既に確立している。

しかし悲しいかな、そうやって生成される肉体は、人と異なっている。

ゆるキャラとまでは言わないけど、何しろちょっと既存の生物とは違う

人工的な何かになるのが一般的だ。このあたりに技術的な限界がある。


聞いた話によると、人間そのものと言えるバイオボディを生成する事も

不可能ではないらしい。とは言え、恐ろしくハードルが高いのも事実。

CGでもAIでも、人間の表現にはかなり問題が存在する。中途半端な

再限度だと、いわゆる不気味の谷に入って生理的な嫌悪感が生まれる。

これは実際の生成でも同じだ。人は人間の見た目を知っているが故に、

「ちょっと違う」ものに対し強烈な違和感を持ってしまう。その部分を

クリアするためには、本当に完璧な肉体を創り上げるしかないのだ。

それこそ毛穴のひとつひとつ、細胞のひとかけらに至るまで完璧な体。

そこまでやって初めて、人間の転生というものは成し遂げられる。


…いや、現実味がないよ。

そこまで精巧な肉体生成をやろうとすれば、途方もない時間がかかる。

詳しくはないけど、並のプロセスでやってたら数十年はかかるだろう。

下手すりゃもうひと桁必要になる。待ってる間にこっちがお陀仏だよ。

もちろん、世界中の生成専用機器をフル動員すればもっと短縮できる。

多分長くても数年で体は完成する。それで健児さんは復活できる。


ただし、それには天文学的な費用が掛かる。とてもじゃないけど無理。

そんなお金は用立てできない。個人でできる事には限界があるんだよ。

悪いけど、その方法は選択肢の中に入れられない。



残酷でもない、ただの現実だ。


================================


病気の治療法が確立した時点でも、ご両親は健在だった。しかしもう、

どうする事もできない。健児さんを目覚めさせる事も、バイオボディを

調達する事も。結局それまでと同じ「ガラス越しの寝顔」を見るだけ。

どれほどガッカリされただろうと、今更ながら胸が締め付けられる。

…もちろん、もうとっくにご両親は亡くなっているけど。


エターナルメモリーズが悪いという訳じゃない。もちろんある程度まで

責任はあるだろうけど、少なくとも健児さんは生きている。冷凍睡眠を

選ばなければ、とっくの昔に鬼籍に入っていたであろう事を考えれば、

軽率に誰かを責めたりは出来ない。誰にもそんな資格はないだろう。


ご両親は、カプセルの中で眠る子の顔を見ながらその生涯を終えた。

幸せだったかどうかなんて、もはや誰に確かめる事もできない問いだ。

そして健児さんは、今もカプセルの中で眠っている。血縁の者たちが、

その存在をずうっと見守ってきた。伯父さんたちも母もそうしてきた。

きっと、何事もなければこの先も、ずうっとその営みは続いていた。

おそらくあたしは、それを知らないままずうっと生きていっただろう。


だけど、そうじゃなかった。

母と伯父たちは今、軽くない決断を迫られているらしい。

自分の代でか…という思いは確かにあるだろう。それは想像できる。

どうしようもない運命だからこそ、母たちはこのあたしを呼んだんだ。



健児さんのために。


================================


再来年の末、エターナルメモリーズは事業を停止して解散するらしい。

倒産というより、時代の流れに伴う計画的な解体だ。理由に関しては、

さすがにあたしでも分かる。もう、必要なくなったって事だろう。

そりゃあ、こんな時代になったから仕方ない。いやむしろ、よく今まで

継続していたなあ…とさえ思うよ。


当然ながら、冷凍睡眠になっている人たちにも「現実」が待っている。

あえて正確に言うなら、その家族や関係者たちに。

再来年、否応なく冷凍睡眠カプセルの電源は落とされる。その時点で、

健児さんの「生命維持」は終わる。今度こそ、本当に死ぬ事になる。


残酷な言い方になるけど、その事実を本気で悲しむ人はもう、いない。

ご両親も兄弟も亡くなっている今、本当の健児さんを知る者もいない。

安楽死という表現は適切じゃない。文字通りの終焉。シャットダウン。

ひとりの人間の最期と捉えるには、あまりにも呆気ない幕切れだ。


今さらどうしようもない事だけど、母と伯父たちはそう考えなかった。

健児さんのためにできる事が本当に何もないか、それを考えていた。


エターナルメモリーズ解散に関する通知は、実は10年以上も前に既に

届いていたらしい。いかに計画的な解体なのかがよく分かる。そして、

十分に考える時間をくれた、という精一杯の配慮も感じられる話だ。

実際、通知が来た時点で冷凍睡眠を打ち切った人もかなりいたらしい。

つらい決断だけど、それもひとつの選択だろう。遅かれ早かれだ。


そして今に至る。

時間切れはまだ少しだけ先だけど、母たちはあたしに事情を明かした。

医者でも研究者でもないあたしに、健児さんという存在を知らせた。


あたしがゲームクリエイターの道を選び、仕事として実績を積んだ今。

ずいぶん待ってたんだろうな。いやひょっとすると、子供の頃からの

過剰なゲーム好きを認めてたのも、今この時への先見があったのかも。

だとすればもう、恐れ入る話だ。


そう。

母たちは、あたしに託したんだ。


健児さんに。

もうこの世界に目覚める事のない、あのカプセルの中の少年に。



せめてゲームの世界の中で、幸せな一生を完遂させてあげて欲しいと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ