表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第1章 ノスタウの街の出会い
5/54

沼の大ガエル

「へえぇ、手つかずの自然環境って割と今でもあるのねぇ。」

「まあ、そこはワケありだ。」


苔むした古い道を慎重に歩きつつ、ラモンドがカンドフに説明する。

彼らが歩いているのは、ノスタウの北に位置する森だった。もちろん、

完全な手つかずではない。それでも街中と比べれば、自然の豊かさは

ちょっとした別世界だった。


「今ならいざ知らず、数百年前までここに魔物がいたのは知られてる。

ましてや湿度の高い場所だ。だから開発する訳にはいかなかった。」

「どうして?」

「魔物がその体から放出していた、魔気ってやつが原因だ。」


言いながら、ラモンドはすぐ傍らを流れる小さな川に視線を向ける。


「魔気は蒸留しただけでは完全には除けない。完全に抜けるまでには、

最低でも百年はかかると言われる。現代文明の根幹を成すのがいわゆる

蒸気機関である以上、そんな危険な水をうかつに使うのは危険だろ?」

「ああなるほど。人体への影響とか考えると、確かにね。」

「見た感じではもう大丈夫だろうと思えるんだが…」


そこで不意に言葉を切ったラモンドの目が、向かう先を見据える。


「そんな魔物が今も生きてるなら、冗談じゃないって話だな。」

「確かスワンプトードの寿命って、約3万年って言われてるからね。」

「全然、まだ生きてても不思議じゃないって事なんだよなぁ。」

「もし書いてあった事が本当なら、駆除した方がいいんでしょうね。」

「ああ。特殊清掃員なら、なおさら見過ごす判断は出来ない。」

「そうね。」


語り合いながら二人は歩を進める。



目指す沼は、もうすぐだった。


================================


「そろそろだな。」


林道が大きく東へと曲がる手前で、ラモンドは足を止めた。

傍らを一緒に歩いていたカンドフも停まる。


「信用していいんだな?」

「もちろん。昔の魔物に関しては、ちょっと詳しいよあたし。」

「どうして骨董屋がそんな妙な事に詳しいのか、是非訊きたいが。」

「まあまあ、年の功ですから。」

「説得力ねえなあ。」


苦笑を浮かべたラモンドが、右腕に装着した濃い茶色のガントレットに

視線を移して続ける。


「こっちも信用できんのか?」

「三百年前の骨董品ではあるけど、魔物相手なら今でも十分使えるよ。

ただし、撃てても3発までだから。そこは気を付けてね。」

「いちいち不安要素が多いんだよなホントに。まあいいけどよ。」

「ちゃんとフォローしますから。」

「頼むぜ。じゃ行こう。」


もう一度ガントレットの感触を確認したラモンドは、林道から逸れて

ガサガサと背の低い藪に分け入る。足回りを確認したカンドフもまた、

彼の後を迷わずについて行く。


道なき行進は、しかし数百メートルほどで唐突に終わった。


「おっ、と!?」


突然藪が途絶え、灰色の岩と泡とが視界いっぱいに広がる場所に出る。



「沼」という言葉から抱く印象とはかなり異なる、実に不透明な景色が

すぐ目の前にあった。


================================


「街からそう遠くない森の只中に、こんな場所があったとはな…。」

「いかにもって感じね。」


人の背丈ほどもありそうな白い岩をコンコンと叩きながら、カンドフが

ざっと周囲を見渡す。その両目は、かすかな蒼い光を帯びていた。


「ちょっと動かないでね。」

「なるべく早く頼むぜ。」


短く言い交わし、ラモンドは動きを止めてじっと沼を見やる。そこは、

まともな生物などは生息できそうにない印象の環境だった。


体感的には数十分にも感じられる、十数秒後。


「…いた。」


押し殺した声でカンドフが告げる。明らかに、動揺を抑えた声だった。


「どこだ?」


カンドフの緊迫を察知したらしく、ラモンドも同じく小声で問う。


「どこにいるんだよ。」

「あなたのすぐ目の前。」

「…は?」

「岩の起伏を、よおく見てみて。」

「………………」


そう言われたラモンドが、目の前の岩をあらためてじっと観察する。

灰色の岩だ。平坦な沼の中にあるにしては、ゴツゴツとしていて…


「…ッ!!」


声が漏れそうになるのをかろうじて堪え、ラモンドは瞠目した。


違う。


妙に対称形になっているその岩は、自分に向いて座っているカエルだ。

思い込みを捨てて見てみれば、そのシルエットはすぐに把握できた。


なぜ気付けなかったのかは簡単だ。

予想よりはるかに大きかったから。ただそれだけの理由で見落とした。

まさか自分の背丈より大きいとは、ラモンドもカンドフも想定外だ。


「………………………………」


二人とも、何も言えなかった。

今うかつに刺激すれば、その瞬間に動き出してラモンドを襲う可能性が

きわめて高い。瞬発力によっては、コンマ数秒で丸のみされるだろう。



いきなりの詰み状態だった。


================================


張り詰めた膠着状態は、しかし長くは続かなかった。


さっと振り上げたカンドフの手が、一瞬で炎に包まれる。迷う事なく、

カンドフは練り上げた火球をカエルのすぐ傍ら目掛けて炸裂させた。


パァン!


甲高い音が響き、灰色の水が激しく飛び散る。岩のように動かなかった

大ガエルが、その音と衝撃に反応しギュルッと顔ごと向きを変える。

その瞬間を逃さず、ラモンドはパッと後ろに飛びのいて距離を取った。


ひび割れた沼の泥の中から現れた、大きな目玉と体躯を持つカエル。

紛れもない「スワンプトード」だ。現代においてほぼ絶滅したとされる

人に仇名す純粋な「魔物」。まさかそれが現代、しかもノスタウの街の

すぐ近くの森に潜んでいたとは。


控えめに言って、街の安全そのものを根こそぎ揺るがす大事件である。

普通に考えるならば、特殊清掃員が総出で駆除に参加する規模の案件。


それをまさか、たった二人で。

しかももう一人は、骨董品の鑑定を生業としているだけの女性である。

いくら勤務時間外の事と言っても、これでカンドフが殺されたりすれば

確実にラモンドは首になる。いや、下手をすれば計画殺人という罪状が

成立する可能性さえある。あまりに唐突に訪れた、絶体絶命の窮状だ。


しかしラモンドは、そんな現実には意識を向けていなかった。むしろ、

これまでにない昂りを覚えていた。


マジかよ。

本当に書いてあったとおりなのか。


どこから出てきたかも定かでない、あの怪しげな本。その表紙の裏に

秘匿されていた突拍子もない話が、ずばり本当の事だったのである。

たったの1ページめくっただけで、こんな信じ難い状況にまで至った。

間違いなくあの本はヤバい代物だ。


ならばもう、迷わない。


最後まで読み切ってやる。

世界の真理とやらを見極めてやる。


「カンドフ。」

「はい?」

「このカエル、さっさと倒すぞ。」

「もちろん。」


カエルに睨まれながら、カンドフはそれまでと同じ調子で答える。



醜悪なる巨大カエルを前に、二人はどこまでも意気軒高だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ