ガラス越しの少年
子供の頃からゲームが好きだった。
そんな子供なんてどこにでもいる。もちろんそんな事は理解していた。
だけど、同時に「そういう好きとは違う」とも強く感じていた。
プログラムなんて概念を知る前に、あたしはゲームというものの構造を
およそ理解していた。だから内容の先読みもできたし、何なら大まかな
説明を読んだだけで全容を書き出す事だってできた。作り手の意図も、
2~3回プレイすれば読み取れた。今にして思い返せば、誰から見ても
生意気な子供だったんだろうな。
だけどあたしは、それが理由で友達から嫌われる事はほぼ無かった。
何もかも先読みして場を白けさせるような事は絶対にしないし、何より
そのゲームを楽しもうって気持ちの大切さはちゃんと分かってたから。
「ミリルちゃんって、本当にゲーム上手いし好きだよね。」
友達からのそんな言葉が、幼心にも染み渡るほど嬉しかった。
そうなんだよ。
ゲーム好きなんだよ。
もっともっと好きになりたいから、ゲームを作ってみたいんだよ。
そしてあたしは。
清水ミリルは、ゲームクリエイターになる道を選んだ。
それが当然と信じて。
だけど、その時は知らなかった。
あたしがゲームを創る道を選んだ事への、見えざる神の意志を。
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最初に創ったゲームは、それなりにヒットした。
十分黒字も出したし、パート3までリリースされるIPに成長した。
次回作はコケたけど、コアなファンが妙に多かったのが不思議だった。
あたしは決して天才じゃない。
自分で客観的に見るなら、ゲームの制作に向いている「生き物」だ。
プレイするのも上手いし、創るのに必要な概念が初めから理解できる。
要するに、基礎から勉強しなくても制作に携われるほど向いていた。
だから就職もすぐ出来たし、実際の制作チームにもすぐに参加できた。
だけど、それですぐに面白いものが創れるかどうかはまた違う話だ。
ストーリー作りにしても設定の構築にしても、特化して秀でている人に
そんなすぐ追いつけるわけがない。「できる」と「優れる」は別だ。
そこを履き違えると成長できない。そして確実に周りからも嫌われる。
謙虚な気持ちを忘れず制作に臨む。そうすれば、自分のゲームの素質は
ますます天職として成長していく。初心を忘れずに仕事に励んだ。
5作目にして、ついに特大ヒットと言えるゲームを世に出せた。もう、
この頃は制作のトップとして名前を知られるまでになっていた。
トップクリエイター・清水ミリル。恥ずかしいけど誇らしい呼び名だ。
インタビューを受けたりするのは、さすがにちょっと苦手だったけど。
家族も喜んでくれた。ゲーム好きを幼少期から認めてくれていたのは、
本当に嬉しかった。あたしの恩人は間違いなく両親だった。
そして。
そろそろ次のゲームの構想を練ろうと思っていた頃。
あたしは、母と母のお兄さんたち、つまり伯父さんたちからの連絡を
受けた。親戚の集まりはあるけど、そこまで親しい関係でもない相手。
それがあたしを名指しというのは、何だか不思議な感じだった。一体、
今になって何の用なんだろうと。
「大事な話なの。」
「…分かった。」
いつもは気楽な母の真剣な言葉に、とりあえず頷くしかなかった。
ちなみに、父は関与してなかった。母方だけの「大事な話」らしい。
「タカシくんとかは?」
「いいえ、あなただけ。」
従弟の名前を挙げてみたけど、用があるのはやっぱりあたしだけだ。
ますますちょっと不思議で、何ならちょっと怖くもある。と言っても、
依頼の主の一人は他でもない母だ。そこまで心配する事じゃない。
とにかく、行って話を聞かないと。あたしはそう割り切り、伯父たちに
会いに行く事にした。
そう。
それが、このあたしの生涯を大きく動かすきっかけになったんだ。
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日曜日。
時間を作って赴いた先の喫茶店に、件の伯父さんたちが待っていた。
何だか表情が硬い。正直に言うと、一緒に来た母の表情も硬かった。
ますます呼び出しの意図が見えず、ちょっと怯えている自分がいる。
とは言え、別にこの面子に怒られる覚えは何ひとつない。ゲーム好きは
子供の頃からだけど、今では立派に仕事に昇華しているのだから。
それに見た感じ、誰の顔も怒ってる風には見えない。どっちかと言うと
緊張してるって感じだ。姪を相手に何を緊張するんだ?って話だけど。
とりあえず、飲み物を注文。正午に近かったので、ついでにこのお店で
昼食も済ます事になった。オゴると言われたので、遠慮なく注文する。
もうその頃になると、伯父さんたちも母も表情の硬さが取れていた。
そうだよね。どんな用件があるのか知らないけれど、いたずらに難しい
顔をしてたって疲れるだけだ。今はとにかく、楽しく食事しようよ。
「いやはや、大人になってたんだなミリルちゃんも。」
「もちろんです。」
感心したような下の伯父さんの言葉に対し、あたしはちょっと笑いつつ
即答する。姪だからと言って、そういつまでも子供と思われ続けるのは
ちょっと心外だからね。
さあて。
んじゃ聞きましょうか。
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その場で話すのかと思っていたら、上の伯父さんの車で移動になった。
けっこう長居したけど、あのお店は本当にただの待ち合わせ場所でしか
なかったらしい。ちょっと肩透かしを食らった気分だ。…って言うか、
ああいう場所では話せない話なの?あらためてちょっと心配になるよ。
すぐ上の世代のれっきとした親戚であるにもかかわらず、どこを見ても
怪しくて不自然だ。でもあたしは、いつの間にか状況に慣れていた。
クリエイターたるもの、こういった想定外に学ぶ姿勢を忘れたくない。
どうせなら、しっかり堪能しよう。今のこの、不思議な状況を。
動じないあたしに、伯父さんたちはごく普通に話しかけるようになって
笑っていた。見守る母の表情にも、何だかホッとした色が浮かぶ。
それを目の当たりにしたあたしは、不意に強く思った。
何であろうと、出来る限りの助力はしようと。
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ようやく車が停まったのは、隣町に入ってかなり経った頃だった。
もちろん地元じゃない。おそらく、あたしは一度も来た事ない場所だ。
憶えている限り、どっちの伯父さんの家がある場所とも違う。
どこだろう、ここ?
車から降りて見やった目の前の建物には、やはり見覚えなど無かった。
無機質な4階建てのビルだ。どこか病院を想起させるけど、違うという
確信も同時に持てる。何と言うか、気安く人が出入りするような建物で
ないのは分かった。
「何、ここ?」
「エターナルメモリーズっていう、会社の特別棟だよ。」
「…?」
聞いた事のない会社だ。もちろん、何の業種かもさっぱり判らない。
それ以前に、母も伯父たちもどんな縁でここに来たのか想像できない。
…もしかして、後ろ暗い事かも?
頭に浮かんだその想定を打ち消し、あたしは腹を括った。
何だか知らないけど、とにかく話を聞くしかないだろう。わざわざこの
建物まで来たという事は、ただ単に言葉だけで説明できる話じゃない。
ならいっそ前のめりに聞いてやる。何事も経験。そして全てはゲームの
制作の肥やしになる。
さあ、ドンと来い!
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「…何て?」
分厚いガラス越しの顔を見ながら、あたしは母たちに言った。
理解できなかったから。
「ごめん、もう一回言って。」
「あなたの曾祖叔父さんよ。」
「…………………」
やっぱり分からない。
と言うか、初めて聞く親等だった。
「わかり易く言うと、僕たち三人のお婆さんの弟だよ。」
「嘘でしょ」
反射的に、その言葉が口を突くのを抑えられなかった。だけど正直、
失礼だとも思わなかった。だって、信じられないのは事実だから。
カプセルの中で眠っている少年は、どう見ても小学生。それも低学年。
誰が見ても子供だ。それが曾祖母の弟と言われて納得できるわけない。
じゃあこの人、今一体いくつなの?
「まあ、いきなりこんな事を聞いて信じられないのは当然だよ。実際、
俺たちもそうだったから。」
上の伯父さんの聡介さんが言った。俺たちも、って事は…
「伯父さんたちは、この人の存在をいつ知ったの?」
「中学に上がった時だ。」
「そんな前なの!?」
思わず声が裏返ってしまった。
あたしはもうとっくに成人なのに、まったく知らなった。…どうして?
「別に、下の世代全員に教えなきゃいけない話じゃないからな。」
苦笑を浮かべそう言ったのは、下の伯父さんの始さんだった。
「維持はこのエターナルメモリーズがやってくれている。俺たち親族が
何かする必要はない。そうやって、祖母の代から受け継いでるんだよ。
そうやって眠っている彼の…」
そこで言葉を切り、始さんは視線をカプセルに向けた。
「健児さんの命をね。」
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帰りの車内は静かだった。
聡介さんが、あたしと母を実家まで送ってくれた。その頃にはもう夜に
なってしまっていた。
「それじゃあ。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
短い挨拶をかわし、二人の伯父さんたちは去っていった。去り際に何か
言われる事はなかった。
いっそ何か言って欲しかったけど。
今そこまであたしを追い込むような事は、言いたくなかったんだろう。
だけど、追い込まれてるって事実はもう心の中にある。
「泊まっていくでしょ?」
「ああ、うん。」
正直言うと、独りになりたかった。
けど、今から遠い自宅に帰る気力は残っていなかった。とにかく今日は
早く寝床に潜り込みたかった。
と言っても眠りたいわけじゃない。ぶっちゃけ、眠れる気がしない。
いつものゲーム開発の時みたいに、布団の中でじっくり考えたかった。
今日の事を。
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実家の部屋は、どこかよそよそしい空気に満ちていた。言うまでもなく
気のせいだろうけど、そんな空気を感じてしまう理由は分かっている。
母と伯父たちが抱えていた秘密を、目の当たりにしてしまったからだ。
のんきな母が、まさかあんな重大な事実を内に秘めていたとは。いや、
母だけでなくこの家にあんな秘密があったとは。
…まあ、とりあえず布団に入ろう。
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柔らかな布団に潜り込み、ようやく落ち着けた。
何にも問題は解決していないけど、少なくとも向き合う事はできそう。
今日、このあたしに託された事と。
目を閉じれば、はっきりと浮かぶ。
カプセルの中に眠る、少年の姿を。
名前は、清水健児。
あたしの曾祖叔父にあたる人物で、64年間もあの姿で眠っている。
いわゆる冷凍睡眠だ。ただし現代のシステムと比べると、未熟な代物。
健児さんは、難病を患っていた。
その時代ではどうしても治せない、死を待つしかない病。だけど家族は
どうしてもその事実を受け入れる事ができなかったとか。その気持ちは
痛いほど分かる。もう全員が故人になっているけれど、あたしみたいな
若僧がとやかく言う事じゃない。
現代医療で無理なら、未来の医療に命を託したい。健児さんの両親は、
悩んだ末にそういう結論を出した。もちろん反対もあっただろうけど、
本人もそれを望んだらしい。なら、他の者が口を挟むべきじゃない。
そして健児さんは、11歳になると同時に冷凍睡眠に自分を委ねた。
それは事実上、己を知る人たちとの永別を意味する。泣いただろうな。
あたしだったら絶対に泣いてるな。…いかん、ちょっと泣けてきたよ。
未来に託す。
あの「エターナルメモリーズ」って会社は、そういう事業をしている。
創業はけっこう古く、歴史も長い。最初は貸金庫みたいな事を生業に
していたらしいけど、いつ頃からか最先端技術を様々な意味で導入し、
タイムカプセル的な「預かり業」を主軸に据えたんだとか。今考えても
かなり先駆的な事業だと思う。
そんな中でも、人や動物の冷凍睡眠はかなり上位の案件だったらしい。
当時としては最新の生体保存技術を組み込んだカプセルで、生きたまま
浦島太郎のように未来に送る。いやその言い方はおかしいか。要するに
ずっとそのままの状態で維持する。正直ちょっと圧倒されてしまった。
曾祖叔父などという、時間を超えた存在がガラス越しに存在する事に。
健児さん自身も、幼いなりに覚悟を決めてカプセルに入ったんだろう。
もちろんそのまま生涯を両親の許で終える選択もあったんだろうけど、
今さらそれをとやかく言う気なんかない。あたしだって当事者になれば
散々悩んだ末に選ぶんだろうから。第一、もうずいぶん昔の話だ。
だけど、まだ終わってはいない。
健児さんはあのとおり、今も生きてカプセルの中で眠っている。いや、
眠っているという形容が正しいのかどうかさえ、確かな事は言えない。
少なくとも、まだ存在しているって事だけは間違いない。
じゃあ、どうして今になって母たち三人が、あたしに彼を見せたのか。
代々受け継ぐといっても、あたしは立場的に託されるとは思えない。
そんなあたしに、母たち三人は何を求めたのか。
「健児さんはもう、目覚めないの。病気がどうこう以前の理由でね。」
そう。
あたしが今日聞いた話は、あまりに重大かつ他言できない内容だった。




