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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第3章 ロタストリグの城
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待ち続けた者

「それで…」


しばしの沈黙を破ったのは、何とか呼吸を整えたラモンドだった。


「ここが塔の頂って事なのか。」

「でしょうね。」

「そうであってほしいけど…」


言いつつ三人は何とか立ち上がる。ほんの少しの間、三人ともまったく

周囲に目を向ける余裕がなかった。油断し過ぎと言われても仕方ない。

が、それほど疲れていたのである。


明るかった。

塔の屋上ではない。屋上にしては、むやみに広い。いや、広過ぎる。

外から見た城の上部に、こんな広い空間など無かったはずだ。もしや…


「多分ここ圧縮空間だね。だけど、ここまで広いのは初めて見た。」


そう言ったのはカンドフだった。


「外みたいに見えるけど、いわゆる異空間よ。外部からは多分見えない

構造になってると思う。」

「これで外じゃないのかよ…」


仰ぎ見た頭上は青空に見える。いや雲が動いてさえいる。しかし確かに

人工物のような曲面を成していると判る箇所もあった。いずれにせよ、

外の音が全く聞こえないという点を鑑みても、室内なのは間違いない。

実に不条理な空間である。しかし、ベータはそんな不条理そのものには

気を向けなかった。その代わりに、少し歩いた先にあった小さな池に

目を向けて呟く。


「…蓮の花が咲いてる。」

「ハス?」

「水の上に咲くんだ。面白いね。」


傍らに歩み寄ったラモンドたちも、水面を埋め尽くす蓮の花に目を向け

感慨深げな声を上げた。


「何て言うか、下とは別世界ね。」

「ああ。神の庭って感じか?」


「違う。」


何気ないラモンドの言葉に即答し、ベータが水面を見つめたまま呟く。


「ここは、極楽浄土だよ。」

「は?」

「何だそれ?」

「徳のある人が、死後に到達できる世界。」


言いつつベータは屈み込み、目の前の花弁をあらためて凝視した。

そして。


「ロタストリグって、芥川龍之介が好きな子供だったのかもね。」

「…………………?」


意味こそ分からないものの、二人はベータの言葉の意図を察する。

彼女にしか分からない、外の世界のファクターなのだろうと。



あっさりと受け入れる自分たちが、何だか少し不思議だった。


================================


三人の中には、もうここでの戦いは終わったのだという意識があった。

正直、疲れた。何よりこの場の光景は、さっきまでの状況とは完全に

隔絶されているようにも思える。

もちろん、目的は達成していない。何はさておき、ロタストリグ公爵に

会わないと話にも何にもならない。ましてや、ラストプレイヤーは彼が

まだ一人目なのだから。


しかし、三人はしばし黙って蓮の花に見入っていた。

ここまでひたすら突っ走ってきた。しかし今この場に至り、間違いなく

いくつかの疑問に対し答えが出る。それは自分たちの世界の根幹に深く

関わるものだ。ここまで来て今さら言う事ではないものの、やはり少し

知るのをためらう気持ちもあった。


そして。


「これが『蜘蛛の糸』なら…」

「何だよ『蜘蛛の糸』ってのは。」

「さっき言ってた、芥川龍之介って人が書いた児童文学だよ。」

「児童文学なの?ちょっと意外。」

「うん…」


蓮の花に目を向けたまま、ベータは淡々とした口調で告げる。


「あたしたちは亡者で、この場にはお釈迦様がいるって事になる。」

「誰がいるって?」

「お釈迦様。…まあ、宗教のご本尊みたいな偉い存在よ。」

「それがロタストリグだってか?」


不審そうな口調を隠そうとせずに、ラモンドが呟いた。


「ご本尊が作ったにしては、えらく殺伐とした城だったな。正直な話、

完全に殺しにかかってたぞアレ。」

「まあ、それは否定しない。」


苦笑したベータが、ようやく視線を戻して続ける。


「ロタストリグが神様だなんて事、さすがに言う気はないよ。ってか、

あくまでもこの城はゲームの中でのクリエイトフィールドなんだから。

ただ単に受けた印象が『蜘蛛の糸』に似てたってだけ。」

「なるほどね。んじゃあ…」


あらためて、カンドフが言った。


「とにかくここまで来たんだから、城主様にお目通りと行こうか。」

「ああ、そうだよな。」

「うん。」


そうだ。

思うところは色々あれど、今ここでやるべき事は実にシンプルである。

そして自分たちは、ロタストリグと敵対しているわけでもない。単に、

ラストプレイヤーに会いに来ただけなのだから。城を突破した今なら、

少なくとも会う資格は得たはずだ。


少しくらいのチートは目をつぶってもらい、堂々と行こう。



ようやく三人に、前を向けるだけの気力が戻りつつあった。


================================


「ん?」


気持ちを切り替えたと同時に、誰か近付いてくる気配を感じた。

殺気ではなく、純粋な気配。少なくとも敵意などは感じない。三人は、

ほぼ同時に振り返っていた。


「ようこそ皆さん。よくぞ複数人でここまで来られましたね。」

「…………………」


暗に一人しか生きて辿り着けないと仄めかしながらも、相手の口調には

やはり棘も敵意もない。純粋な賛辞と捉えられる言葉だった。


見据える先からゆっくり歩み寄ってきた声の主は、どう見ても人間では

なかった。生物であるかどうかさえ定かでない、異形の存在だった。

と言っても、禍々しい怪物の類ではない。逆に、高貴な印象を受ける。

全身は金色。金属質にも見えるが、肉感的な印象もある。どことなく、

人体を再解釈した彫刻芸術のような趣も感じられる。「神」なる概念を

人が表現した姿…と言うべきか。


少なくとも、確実な事がひとつ。

「公爵」という爵位を誰か上の位の者から授与される存在ではない。


「…もしかして、神様とか?」

「違うよ。」


小声で呟いたカンドフのひと言に、すぐ傍らにいたベータが即答した。

意外なほど確信を含むその言葉に、反対側にいたラモンドも向き直る。


「知ってんのか、アレ。」

「会った事はない。だけどあの姿は間違いない。」

「え、誰?」


「お釈迦様だよ。」


答える声に、迷いはなかった。


そう。

それは、ゲームの外の世界の知識を持つベータにしか分からない事実。

知らない者からすれば漠然と「神」と形容したくなるその異様な姿も、

日本人としての知識があれば容易に確信に至れる。



どう見てもそれは、スタイリッシュにアレンジされた釈迦如来だった。


================================


「ご存知でしたか。」


三人の言葉を聞いていたらしい相手は、その顔に笑みを浮かべ言った。


「では、この城の意図も…」

「『蜘蛛の糸』ですよね?」

「ええ、まさにその通りです!」


パンと手を軽く打ち鳴らし、相手は嬉しそうにその手を広げて告げる。


「私の名は、シャクソン。」

「…釈尊?やっぱりお釈迦様?」

「名前負けは承知の上です。何ともお恥ずかしい話ですが。」

「…つまり、ロタストリグ公爵じゃないって事ですか。」

「ええ。」


ストレートなラモンドからの問いに対し、「シャクソン」は苦笑気味に

頷いてみせた。



「私は、この城をロタストリグ様に託された者です。」


================================


「やっぱりか…」


呟くベータの声に、実感がこもる。

来る前にある程度予想はしていた。これまでの事を思い返せば、やはり

ラストプレイヤーに会うのが難しいという事実は、容易に想像できた。

もちろん、ゲーム世界の時間経過が外の世界と同じ…とは限らない。

案外、この世界の時間なんて単なる設定上の数字に過ぎない。そういう

仮定ができないわけではない。


しかし、今まで見てきたこの世界はあまりにリアルであり、積み上げた

歴史にも現実的な重みがある。単に設定として存在する歳月などとは、

もはや思えないのである。


とすればやはり、ラストプレイヤーであるロタストリグは…


「どうぞ、こちらへ。」


そう言ってシャクソンが歩き出す。ベータもラモンドもカンドフも、

黙ってその後に続いた。今はもう、そうするしかないだろうと思った。

塔の頂の庭園は、決して広くない。せいぜい学校の運動場程度だろう。

しかしその建築構造は起伏に富み、何とも言えない趣がある。


「こういうの、アニメとかで見た事ある気がするなあ。」

「見覚えある場所なのか?」

「いや、雰囲気だけ。」

「こんな所に住めたらいいかもね。ちょっと憧れるよ。」


そんな言葉を小声で交わし合う三人の前で、シャクソンが足を止める。

並ぶ形で立ち止まったその前には、四角い石碑のようなものがあった。

劣化したり崩れたりしている様子はないものの、苔むしている。表面に

浮き文字で何かが書かれているのがうっすらと見えた。


「…もしかして、お墓?」

「いえ。ロタストリグ様がこの世界から去られる際に遺された碑です。

未来の来訪者のためのものだよと、説明して下さいました。」

「じゃあ、ロタストリグがゲームのプレイヤーだって事は…」

「もちろん存じておりますよ。」


カンドフからの問いに迷わず答え、シャクソンは寂しそうに笑った。


「私はロタストリグ様に創造された存在ですが、この世界の創造主が

別の誰かという事も知っています。さらに言えば、もっと高位の存在が

世界そのものを司っている事も。」

「高位の存在…」


シャクソンの言いたい事はそこそこ理解できる。ベータがいるからこそ

その言葉は、神話や伝説とは異なる現実的な意味を持つ。


ロタストリグは、ラクネリアの街とこの城を創造した。街の人間たちや

シャクソンにとっての彼は、間違いなく神と呼ぶに相応しい存在だ。

たとえ時代が過ぎても、その存在に対する畏怖と敬意は消えはしない。

それについては、ラクネリアに住む人たちの雰囲気からも察せられた。


ロタストリグ公爵は、「エターナルメモリーズ」というゲームに登録し

やり込んでいたプレイヤーだろう。そしてこの世界の創造主というのは

おそらく、「オメガクリエイター」を購入し「エターナルメモリーズ」

というゲームを創り上げた人物だ。どちらも同じ世界の人間という事に

なるのだろう。ベータを使っていたプレイヤーも、同じ世界の人間だ。

ラモンドもカンドフも、今ではもうその世界観の仮定は疑っていない。

それよりもっと高位の存在となるともう、元のゲームの製造メーカーに

なるのだろうか。いずれにしても、もはや昔の事である。


シャクソンは、いわゆるNPCだ。この世界で生み出された存在であり

プレイヤーにはなり得ない。それが世界の理を知っているというのは、

やはり異例の事になるのだろうか。ここまで辿り着いた以上、その点を

聴く権利くらいはある気がする。


どのみち、自分たちは古書が示した「永劫の思い出」とやらを収集する

目的がある。中身は分からないが、それは6人のラストプレイヤーが

分割して持っているらしい。なら、ラストプレイヤーであるここの城主

ロタストリグ公爵の事は詳しく知る必要がある。公爵自身が自分たちの

来訪を予見していたかどうかは別としても、少なくともシャクソンは、

その役目のためにここにいるのだと考えていいはずだ。


だからこそ、三人は焦らず待った。

傍らに佇むシャクソンが、自分から語ってくれるのを。



蓮の花の上を、蝶が待っている。

まさに極楽という形容が相応しい、穏やかな時と光景だった。

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