煉獄の縦穴
ドドドドドドドドドッ!
生々しい衝突音が響き渡り、じっと下を見ていたベータが顔を歪める。
眼下の光景は、それほどに醜悪かつ想像を超えていた。
「マジかぁ…」
際限なく最底部の入口から湧き出す餓鬼人たちが、折り重なる事により
肉の塔と化している。後から後から這い上る後詰めの個体が、だんだん
ワイヤーに掴まっているカンドフに迫りつつあった。
「うわぁ、あったなあこんなゾンビ映画…」
「おいベータ!」
ドン引きしていたベータに、彼女を肩車するラモンドが声をかける。
「ボケっとしてんな、あれ見ろ!」
「え?…あ、ヤバいね。」
カンドフと餓鬼タワーに気を取られ気付いていなかったが、自分たちが
上ってきたウィンドウ階段にも別の餓鬼人たちが大勢取り付いている。
要領は悪いものの、何体かは階段を駆け上がって来ていた。
「とりあえず、対処します。」
キュイン!!
言うと同時に、ここまで上ってきたウィンドウ階段の、中ほどあたりの
数段を一瞬で消す。ほどなくそこに到達した餓鬼人たちが、足場を失い
次々と落下していく。とりあえず、こっちはこれ以上接近される怖れは
無くなった。
「で、問題はあっちだよね。」
「ああ。」
「悪いけど何とかしてー!!」
眼下の光景に身を縮ませたカンドフが、そんな悲鳴を上げる。実質的に
彼女はワイヤーに捕まっているだけの状態だ。魔力の残量も乏しく、
迫る餓鬼人には対応できない。とは言え、自分たちにも余裕はない。
一瞬の間を置き。
「とにかく、這い上ってくる速度を落とせればいいって事だよね。」
「カンドフ自身も上がってるから、それで何とか逃げ切れるだろう。」
「分かった。んじゃ何とかする。」
「どうする気だ?」
「お金にものを言わせるのよ。」
キュイン!
言いつつ目の前に出したウィンドウを操作し、ベータはあらためて銃を
構える。狙うのは餓鬼タワーの頂上より、やや下のポイント。その様を
見ていたラモンドが、何とも複雑な表情を浮かべてポツリと呟いた。
「…やっぱそうなるよな。」
「でしょ?」
ダンダンダンダンダンダンダンダンダンダン!!
放たれた銀貨弾が、容赦なく餓鬼人たちを撃ち抜く。積み木のピースが
抜けたかのように塔が一瞬揺らいたものの、後から後から上ってくる
個体が瞬く間に隙間を埋めていく。どう見ても焼け石に水だった。
しかし、次の瞬間。
ジャラララララララララララララララララララララララララララッ!
カンドフのいる座標の、わずか下の空間から赤茶けた雨が降り出した。
耳を聾する金属音を轟かせながら、その雨は餓鬼タワーに襲い掛かる。
降り注いでいるのは、銅貨だった。
レート再設定により、ドロップするコインは1ミンマ銅貨に変更した。
1ミンマとは1ビドルの1/10。この世界における最も安い貨幣だ。
ドルとセントより換算の桁がひとつ少ないが、要するに小銭である。
小さくても銅であり、アルミニウムでできていたかつての1円硬貨より
かなり重い。
そして、餓鬼人1体を倒して生じるドロップ金額は25000ビドル。
5000ビドル金貨でドロップする設定ならば、5枚にしかならない。
しかし1ミンマ銅貨なら、ドロップする枚数は50000倍になる。
そう。
たった1体の餓鬼人を倒すだけで、25万枚の銅貨が降り注ぐのだ。
これを数の暴力と呼ばすして、何と呼ぶべきだろうか。
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「オオオォォォォッ!?」
ドドドドドドッ!
カンドフの足元まで迫っていた餓鬼タワーが、いきなりの銅貨の豪雨で
成す術もなく崩される。一人二人が欠けるだけなら即行立て直せても、
百万枚を上回る数の銅貨が頭上から降り注いではどうしようもない。
衝撃と重さは、容赦なくその痩せた体を底部まで押し流していく。
その様子はさながら、激流に呑まれ流される遭難者の如くだった。
ガッシャアァァァァァァァァン!!
覚悟していたよりも凄まじい轟音と共に、銅貨が底部に達して弾ける。
と同時に、新たな銅貨がドロップ。さらなる豪雨となって降り注ぐ。
どうやら最初の銅貨豪雨と墜落で、さらにまた餓鬼人を倒したらしい。
銅貨の海の中でのたうつ餓鬼人たちに対し、またしても銅貨の洗礼が。
ガッシャアァァァァァァァァン!!
…………………
ガッシャアァァァァァァァァン!!
「いやもういいっての!」
銅貨の豪雨で餓鬼人撃破、そこからまた銅貨のドロップ。無限コンボの
様相を呈し始めた目の前の惨状に、さすがにベータが声を張り上げた。
もし餓鬼人が無限に湧いてきたら、この空間が銅貨で埋もれてしまう。
キュイン!
再び出したウィンドウで、レートを変更。5000ビドル金貨に戻す。
ガッシャアァァァァァァァァン!!
チャリン!
5枚の金貨が奈落の底へと落ちる。その様を見ながら、ベータたちは
ほぼ同じ事を考えていた。
同じお金でも、こんなにも形が違うもんなんだなと。
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ようやく静寂が戻る。
見下ろせば、そこはさっきまでとは違う意味で凄まじい様相だった。
完全に床が見えない。どこを見ても銅貨で埋め尽くされている。しかも
何層にも積み重なり、等間隔で並ぶ出口もほとんど埋まっている。仮に
まだ出てくるとしても、あの状態でタワーを積み上げるのは不可能だ。
あまりにも足場が悪過ぎる。
「…ざ、ざっとこんなもんよ。」
「やった本人がドン引きするな。」
「いやあの…ハイ。」
ベータは頭を掻いた。咄嗟の判断でやったものの、ここまでデタラメな
事になるとは思わなかった。しかしこの戦法でなければ、カンドフが
危なかったのも事実だろう。なら、堂々としていればいいだけで…
「って、あれ?姐さんは?」
「は?」
眼下の惨状に気を取られ過ぎ、塔の中央部分でワイヤーに掴まっていた
カンドフの存在をほぼ忘れていた。ワイヤーは自動で上がっていくから
先に上に行った、という事だろう。
「おおーい!」
見上げると同時に大きな声が届く。ずっと上の天井に、カンドフの姿が
小さく見える。どうやらワイヤーの巻き取りが終了したところらしい。
…何と言うか、ワイヤーに掴まって上るような高さではない気がする。
しかし、少なくとも餓鬼人が彼女の許まで上っていく事はないだろう。
「ねー、開けられそう!?」
下からベータが叫ぶ。かなり距離があるものの、反響するから声自体は
余裕で届いた。ほどなくカンドフの答えが返ってくる。
「最後に面倒な手順があるよ!!」
…………………
「なぁにー!?」
…………………
「4ケタの解錠コード入力!!」
…………………
「「はぁ!?」」
ベータとラモンドの声がハモッた。
「今さらそんな面倒なのかよ!」
「ここでそれやれっての?ヤだなぁそんな時間かかりそうな」
ゴォン!!
唐突に、塔の内壁が振動した。
「うぉっ、何だよ!?」
危うくバランスを崩すところだったラモンドが、表情を険しくする。
「また何か出てくんのか?」
「でも今さら出てきたところで…」
そこでベータの言葉は途切れた。
眼下から、危険な気配と危険な熱が同時にじわじわと伝わってくる。
明らかに餓鬼人と違う何かが、この塔内に近づいてくるのが…
ゴオォォォォン!
地の底から響くような音が炸裂し、なかば銅貨で埋め尽くされていた
内周出口からいっせいに、赤い何かが勢いよく流れ込むのが見えた。
「おオオッ!?」
見下ろしていたラモンドが絶句し、慌てて上に向かってウィンドウを
駆け上っていく。肩車をされているベータも、懸命に態勢を維持する。
この距離でも判る。
容赦のない輻射熱が、何であるかを残酷なまでに伝えてくる。
あれは、溶岩か溶鉄だ。
「冗談じゃねえよ!!」
ラモンドの声は、裏返っていた。
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幾重にも折り重なっていた1ミンマ銅貨が、あっという間に溶かされて
赤い奔流の一部となる。もちろん、残っていた餓鬼人たちも成す術なく
溶解して消えていく。その様子は、今度こそ地獄そのものだった。
「マズイマズイマズイ!」
螺旋になっている階段を上るため、どうしても上昇速度が鈍くなる。
そして既にラモンドの体力も限界が近い。眼下のマグマは、容赦のない
速度でどんどん昇って来ている。
もはやそれを食い止める術がない。
ウィンドウを横倒しで出して塞ぐという方法はあるが、塔内部の空間が
あまりにも広過ぎる。同時に出せるウィンドウの数に限界があるため、
塞ぐには到底足りない。相手が液体である以上、どうにもならない。
これが最後の難関なのか。
それにしても、あまりに無理ゲーが過ぎないか!?
攻城を初めて以降、最大とも言える危機が足元から迫る中。
ベータは、心底ウンザリしていた。




