望まざるリアリティ
出口門を塞いでから、二時間の後。
特に問題なく迷宮から脱出した二人は、上等の弁当をしこたま買い込み
『蜘蛛足』に戻っていた。さすがにカンドフが目を丸くしたが、迷宮で
稼いだ額から見れは実にささやかな出費である。何より皆、少なくとも
十分見合う程度には苦労したのだ。有意義に使ってこそのお金である。
そんなわけで、豪勢な昼食。今日はもう、これ以上城に挑む気はない。
さすがに疲れていた。
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「やっぱり銃がいいって事?」
「そうそう。」
「あらためて実感した。」
食後の紅茶を堪能しながら、三人は次の挑戦について検討していた。
「使いものにならなかったの?」
「いや、そうじゃないけど。」
カップを置いたベータが、すぐ脇に立てかけていた剣を手に取る。
すらりと鞘から抜き放つと、刀身が照明を反射してギラリと光る。
素人目にも業物と判る剣だった。
その名は『トライセイバー』。
かつて純粋なゲームアバターだった頃、ベータが実装した武器である。
一撃の威力は並よりやや上、という程度だったものの、同じ相手に三度
攻撃を当てれば、ほぼ確実に致命傷となる特性を持つ。ある意味かなり
チートな代物だった。と言っても、ベータ版で活用する場面は少ない。
正直言って、あの時点で実装できる武器としてイマイチの代物だった。
もちろん威力が弱いという意味ではない。むしろ逆である。要するに、
ベータ版の時点ではそこまで強力な敵が設定されてなかったのである。
スワンプトードによって石化された際、唯一持っていた装備がこれだ。
ゲームサービスが終了している今となっては、攻撃三度で致命傷という
機能が生きているかどうかは定かでない。しかし少なくとも、一般的な
魔物と戦う際は決め手となり得る。だから今回、携行して行ったのだ。
結論から言えば、大いに役立った。
迷宮をさまよう餓鬼人たち相手に、無双できるだけの性能は発揮した。
長い時を経ても、武器としての価値は損なわれていないようだった。
だからこそ今、検討したい。
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「結果的に、そいつを持って行ったのは正解だったんだがな。」
トライセイバーに視線を向けつつ、ラモンドが私見を述べる。
「見た限り戦った限り、迷宮にいたあの餓鬼人は非殺弾では倒せない。
細かい部分は分からんが、質量的な理由もあるんだろうな。何にせよ、
最低限の殺傷力は必要って事だ。」
「で、その剣でどうにかなったって事なんでしょ?」
「まあ確かにそうなんだけどね。」
カンドフの問いに、今度はベータが答えた。
「だけど正直、やっぱりあたしには飛び道具の方が向いてるなと思う。
キャラメイクしてくれた元のゲームプレイヤーにはまことに悪いけど、
こればっかりは感覚だからさ。」
「要するに気に入らないって話ね。確かに、それはホントに本人にしか
分からない事かもね。」
「分かってもらえますか姐さん。」
「まあ、多少は。」
我が意を得たりといった態のベータに対し、カンドフは苦笑を返す。
「正直、その剣が今の時代にマッチしてるとも思えないしね。」
「身も蓋もねえな。」
聞いていたラモンドが笑い出す。
つられるかのように二人も笑った。
真面目なのかそれとも遊びなのか、どうにも判別しにくい現状である。
第三者から見れば、ベータの言っている事も大概に無茶苦茶だろう。
しかし皆、いたって真剣である。
それもまた、愉快な事実だった。
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問題の本質そのものはごく単純だ。
本人の感覚だけでなく、戦いをすぐ傍らで見ていたラモンドとしても、
ベータには銃の方がいいと思える。剣では厳しいという意味ではなく、
よりよい戦果を目指すための必須と捉えるべき課題である。
先ほどの迷宮で発覚した、意想外のステータスウィンドウの活用法。
やはりあの戦法は、飛び道具と兼用してこそ本当に「活きる」だろう。
おそらくロタストリグ城の中では、大人数を相手にした乱戦になる。
体力的な点を鑑みても、ベータにはどうしても銃火器を持たせたい。
「じゃあ持たせればいいじゃない。何か問題でもあるの?」
「まあ、社会的な意味でな。」
カンドフの問いに、ラモンドは少し険しい顔で答える。
「ネズミ退治に使った非殺弾なら、特殊清掃員である俺が一緒にいれば
一般人でも使用に問題はない。が、殺傷力がある実銃は事情が変わる。
きちんと登録しないと、一発で目を付けられる。」
「あー、やっぱりそういう決まり事あるんだ。リアルだなあ本当に。」
「お前にとってはゲーム世界の延長だとしても、ここは一応現実だ。
無茶は出来ないんだよ。」
そう言ったラモンドは、椅子の背に体重を預けて天井を仰ぐ。
「登録そのものはまぁ可能だろう。手続きをすれば銃の購入もできる。
問題になるのはむしろ、弾丸だ。」
「弾丸?」
「そもそも今の時代、戦争でもないのにそう気安く銃はぶっ放せない。
もちろん犯罪だの魔獣だのといった条件があれば話は変わってくるが、
はっきり言って俺たちの目指すものはかなり胡散臭い。弾丸の購入には
資格開示が必要になってくるから、あんまり大量に買うと怪しまれる。
何に使うつもりなんだってな。」
「うーん…世知辛いなあ。」
さすがにベータも天井を仰ぐ。
「れっきとしたアクション系ゲームだったはずなのに。一体何年経てば
ここまで社会が常識的に熟成するんだろうね。正直想像できないよ。」
呟く言葉に、何とも言えない実感がこもった。
石化していた年数は、今の時点では推測すらも立てられない。しかし、
おそらく1000年は超えている…と考えてもいい段階に来ている。
ベータの記憶と比較しても、現在の社会はとてもゲームとは思えない
成熟を果たしている。そもそも今のこの世界自体が、ベータにとっての
ゲーム世界の延長ではない可能性も大いにあるのだ。いずれにしても、
ベータ版ゲームの時のように何でも簡単に進める事は許されない。
まさに世知辛い「現実」だった。
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しばしの行き詰まった沈黙ののち。
「分かった。」
声を上げたのはカンドフだった。
「何が分かったんだよ。」
「諸々の問題を解決するには、このあたしが一肌脱ぐしかないって事。
まあ任せなさいって。」
「…?」
何となく、ベータとラモンドが顔を見合わせる。
あまりにもリアルな問題に直面しているこの状況において、カンドフに
何ができるのだろうか。確かに彼女は、今の時代では珍しい魔術などを
使える。しかしその特性はむしろ、現在の問題とは相性が悪いだろう。
あくまでも今目指すのは、ベータの現実的な武器の調達なのだから。
「どうする気だよ。」
「うちが何のお店か知ってる?」
「あ?…骨董屋だろ?」
「そのとおり!」
変なポーズでラモンドを指差して、カンドフは意味ありげに笑った。
「骨董というのは、別に美術品とか希少品に限った概念じゃないのよ。
意外とあるんだよ?古いものの中にだって、使える代物がね!」
「…………………?」
もう一度、ベータとラモンドが顔を見合わせる。顔に浮かんだ困惑は、
しかし長くは続かなかった。
あらためてカンドフに向き直ると、ほぼ同時に二ッと笑い返す。
「そこまで言うなら見せてみろよ。使える骨董品とやらを。」
「ベータちゃん期待しちゃうよ!」
「ふふん、よろしい。」
腰に手を当てて、カンドフはぐっと胸を張る。
これぞまさに自信満々。
子供じみた期待感が、狭い店の中に満ち満ちていた。




