攻防一体のチート戦法
いったん落ち着いて深呼吸。
そして状況を整理しましょう。
と言っても、目の前で起こった事はごくごく単純だ。不条理だけれど、
そもそも今の状況そのものが不条理なんだし、限りなく今さらである。
あたしの…と言うか、プレイヤーの出すステータスウィンドウ。これは
言うまでもなく、ゲーム内での己の状況を確認するための代物である。
言うなれば、虚空に出して操作するタッチパネルだ。もちろん実存など
していない。ゲームの時点で他人に見えない仕様だったし、見えてない
他人も接触すればすり抜けていた。要するにただのホログラムだった。
だけど、どうやら今は違うらしい。現実かゲーム世界か断定ができない
曖昧な状況において、ウィンドウは謎に満ちた実存性を獲得している。
まさに視覚的に見えている状態で、堅牢な板として存在しているのだ。
どういう事よ、それ?
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悩んでも意味がない。答えなんて、今ここで出るはずないんだから。
だったら今はとにかく、可能な限り正確にこの特性を理解するべきだ。
「俺とお前じゃ全然違う。その点の認識をきっちり詰めておこうぜ。」
「そうだよね。」
ゲームプレイヤーですらないのに、ラモンドはやたらに順応性が高い。
いや大助かりではあるんだけどね。全面的に賛成だ。
彼がステータスウィンドウを「壁」として認識しているのは、確かだ。
フリかも知れない…と思ったけど、端に掴まりぶら下がってみせた。
どう考えてもあんなの、フリとかでできる事じゃない。もう認めよう。
向こう側にいる餓鬼人どもと同様、彼にとってステータスウィンドウは
物理的に存在している壁らしい。
そして、あたしは彼と違っている。そう、それまでの認識通りである。
ステータスウィンドウは単なる情報開示用のホログラムであり、そこに
強度も重さもいっさい存在しない。軽く押し込めば手足も体もそのまま
ウィンドウの向こう側へと抜ける。そして彼自身が金貨で実践した通り
投げた物でも結果は同じだ。無理を言って金貨を借りて投げてみたら、
さっきみたいに跳ね返らず奥の方に飛んで行った。ここまで来ればもう
認めざるを得ない。同じ事しても、あたしとラモンドでは結果が違う。
分かんない事ばかり増えてくけど。
今は全部、後回しである。
全て前向きに、かつ都合よく解釈!
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長い直線通路。薄暗い割に、かなり遠くまで見通せる。その途中には、
間隔を置いて数体の餓鬼人がいる。皆、一定の速度で接近してくる。
「よーし、んじゃ行くよ。」
「タイミング合わせろよ。」
「了解!」
ジャキン!!
振り返らずに答え、ベータが鞘から剣を抜き放つ。そして進む速度を
上げる。すぐ後に続くラモンドも、遅れないように速足になる。
相互距離が一気に縮まり、餓鬼人の手があと少しでベータに届くという
地点まで来た瞬間。
「ウィンドウ!」
キュイン!
ガッ!!
躍り掛かろうとした餓鬼人の目の前に、青白く発光するウィンドウが
一瞬で現出。その腕を弾き返した。虚ろなその顔に、一瞬動揺が宿る。
刹那。
ザシュッ!!
歩調を緩めないベータの放った剣の横薙ぎが、ウィンドウを透過して
餓鬼人の上体を両断した。声もなく倒れたその骸は、粒状に崩壊する。
ベータは、やはり立ち止まらない。そのまま目の前にあるウィンドウを
突破し、骸には目も向けずに進む。そして、透過と同時にウィンドウを
消す。それを合図にしたかのように現出したのは、5枚の金貨だった。
パシッ!
虚空に並んだ5枚の金貨を、素早く後詰めのラモンドが掴み取る。既に
行く手を阻むウィンドウは存在していない。間隔を保ちベータを追う。
流れるようなコンビネーションで、二人は迷いなく進んでいく。
ベータの攻撃を防ぐ術が、餓鬼人にあるはずもなかった。
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ザシュッ!!
ザシュッ!!
ザシュッ!!
もはやそれは、戦いと言うより作物の収穫に近い作業だった。
絶対に破れないバリヤーの向こう側から放たれる、バリヤーを透過する
必殺の斬撃。タイミングが掴めればもう、餓鬼人は脅威になり得ない。
回収すべき金貨の枚数が減った事により、ラモンドの負担も軽減した。
『迷いのない速度だねえ。』
地上から届くカンドフの口調にも、いささか呆れの響きが混じる。
『本当に戦ってるの?』
「もちろん。無双してるよ。」
キュイン!!
ザシュッ!!
慣れてきたベータは、ウィンドウを無言で出せるようになっていた。
練度が上がるに伴い、タイミングも座標もピンポイントをかなり正確に
狙えるようになっている。実の所、さほど素早くもない餓鬼人が何度も
襲い来るこの単調きわまる迷宮は、ウィンドウを出す練習の舞台として
非常にうってつけだったのである。
「一方的だな、本当に。」
ドロップコイン回収員になり果てたラモンドが、呆れ声でそう呟く。
何とも異様なボロ儲け劇場だった。
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「あ。」
しばしの蹂躙ののち。
足を止めたベータの見つめる先に、一対の門が見えた。通路に沿う形で
構築されているその門は、おおよそ10mほどの間隔で並んでいる。
そしてその門の前部分のみ、通路の幅がぐっと広く丸くなっていた。
「何かそれっぽいとこに来たね。」
「一応、迷宮のゴールか。もしくはスタートなのかもな。」
「両方かもよ。」
そんな事を言い合う二人の視線が、さらにその門の向こう側の通路から
接近する二体の餓鬼人を捕捉する。それを見たベータが、咄嗟に壁際に
寄った。意図を感じたラモンドも、彼女を追って壁に身を寄せる。
「どうした?」
「確かめたい事があるから、ここで観察しよう。」
「いや、勘付かれるだろ。」
「だったら隠れる。」
「どうやって…」
キュイン!!
問いが終わる前に、二人を囲む形で3枚のウィンドウが一瞬で現れた。
その表面には、通路とまったく同じブロックのテクスチャーが貼られて
疑似的な壁を成している。
「忍法・壁隠れ!」
「何だよ忍法って。」
「ジャパニーズニンジャの技よ。」
「頼むから理解できる説明をくれ。何ひとつ分からん。」
「だよねゴメン。」
小さく舌を出して、ベータが笑う。
「今まで見た情報を、ウィンドウに投影できる機能があったからさ。」
「急に分かりやすくなったな。」
「とりあえず、これで相手の視界に入っても大丈夫だと思う。もし仮に
見つかったとしても、この壁を突破される心配はないからね。」
「よっしゃ。」
あらためて二人は、門の方に視線を向ける。想定の通り、餓鬼人たちは
こちらに気付く様子もなく門の方に近付いていった。
そして。
「あ、入った。」
「やっぱり、ここが根城なのか。」
「そうみたいね。」
奥の方の門に、餓鬼人は迷う事なく足を踏み入れ吸い込まれていく。
どうやら、この迷宮を一巡した後でここに戻ってくる仕様らしかった。
と、次の瞬間。
「あ、出てきた!」
明らかに入った二体とは違う個体がやはり二体、続けざまに隣の門から
姿を現す。そしてベータたち二人のすぐ前を通り、踏破してきた迷宮に
向かって歩き去る。接近されたにも関わらず、なんちゃって壁には全く
気付く様子もなかった。
「…なるほど、そういう仕組み。」
「戻った数だけ出るのか、もしくは総数が決まってるのか。何にせよ、
あんな風にここを起点に徘徊してるらしいな。」
声が届かない距離まで相手が去った事を確認し、二人がそう言い合う。
キュイン!
なんちゃって壁を消したベータが、あらためて並ぶ門に目を向けた。
「間違いなく、ここがあの餓鬼人の発生ポイントだろうね。」
「カンドフ、聞こえるか?」
『ええ。さっきまでよりもはっきり聞こえるよ。』
ラモンドの問いに対し、明瞭な声が返ってくる。
「俺たち、今どこだ。」
『ちょうどお城。正面の門の真下に到達したみたいね。』
「やっぱりか。」
『何か見つけた?』
「実に分かりやすいモノがあった。間違いなく、ラストプレイヤーは
俺たちを城の中へ誘ってるな。」
『あらま。』
しばしの沈黙ののち。
『じゃあ、どうするの?』
「とりあえず戻る。いいな?」
「うん、賛成。」
即答したベータに頷き、ラモンドがあらためて告げる。
「そっちは先に店に戻っててくれ。俺たちも入口から出て戻るから。」
『分かった、気をつけてね。』
「おう。」
そこで通信は切れた。
待ちかねたようにベータが問う。
「どうする気?」
「もちろん乗り込む。だが、やはり準備は周到にしとかないとな。」
答えたラモンドの視線が、出口用の右の門に向けられる。
「お前も、殴り込む覚悟は出来てるよな?」
「もちろん。んで、準備が必要って点も全面的に同意。」
「よし。」
頷いたラモンドが、視線を門の方に向けたままベータに言った。
「あの餓鬼人が、向こう側の門から外に出るって事は考えられるか?」
「まあ多分ないと思う。パターンが確定してる以上、イレギュラーな
行動を起こすとは考えにくいし。」
「つまり操り人形みたいなものって事だな。じゃあ話は早い。」
「え、何の事?」
「あれだよ。」
なおも凝視していた門を指し示し、ラモンドは強い口調で言い放った。
「出口の方の門を塞いでしまえば、餓鬼人どもはみんな城に帰るだろ?
今この迷宮をさまよってる個体も、いずれ一人残らず戻るって事だ。」
「…つまり全員を城に誘い込んで、その上で殲滅しようっての?」
「どうせならとことん儲けようぜ。お前もその方がいいだろう。」
「それは………………」
さすがにベータも言葉を濁した。
ラモンドの言っている事は、非常に単純明快だ。システムに操られて
餓鬼人がさまよっているなら、別に殲滅してしまってもいいだろう。
少なくとも自分たちは、プレイヤーとして城に招かれているのだから。
思う存分狩り尽くして、それだけの対価を得るのは強欲などではない。
もし餓鬼人が一定数までリポップを繰り返す存在なら、少なくとも今は
根こそぎ倒してもいいはずだ。
………………
…いや、理屈はそうなんだけど。
本気かこの人。
内部がどうなってるかもまだ詳しく分かってないのに。
てか、そもそもどうやって出口を…
「お前ならすぐできるだろ?」
「え?な、何を?」
「その出口を塞ぐ事がだよ。」
「どうやって…」
そこまで言った瞬間。
不意にベータの脳裏に、火花が散るたような感覚が走った。
「………………なるほど。」
「そういう事だ。」
言いながらラモンドがニッと笑う。
「やるか?」
「やる。」
「んじゃ頼むぜ。」
「応よ!」
同じくニッと不敵に笑ったベータの手が、門に向けてかざされた瞬間。
キュイン!!
右側の門のすぐ前に、壁を投影したステータスウィンドウが現出する。
さっきの壁隠れと同じシステムで、出口は完全に塞がれていた。
ほどなく、ゴツゴツと何かが中から何度もぶつかる音が聞こえてくる。
だがウィンドウはビクともしない。頑強な壁として、そこに存在した。
「うわぁ、ホントにできた…。」
「これ、ずっと維持できるよな?」
「もちろん。あたしが消さない限りここに投影されっぱなしだよ。」
「よおし上等だ!」
「さすがっスね隊長!」
パァン!
言い交わした二人が、ハイタッチをしながら笑い合う。
もはや完全に開き直っていた。
「んじゃ戻ってカンドフと合流だ。決戦前の会議と行こうぜ。」
「了解!」
そう言って二人は元気に踵を返す。もと来た道を戻るのは簡単だった。
これ以上餓鬼人が増えないのなら、もはや対敵の機会も少ないはずだ。
ちょっとチートかも知れない。が、仕様なんだから遠慮なく活用する。
今さら誰も文句は言わないはずだ。もちろん、ロタストリグだろうと。
「これこそゲームってやつだよ。」
「かもな。」
歩む二人のその姿は、まぎれもなくゲームプレイヤーだった。




