迫りくる餓鬼人
伝統的だな。
時代を超えたシチュエーションと、感慨に耽ってしまいそうになる。
薄暗い通路。
その向こうから迫る影。
ホラーゲームって、いつもこういう場面で怖がらせにかかるよね。
今の状況は、限りなく歪だ。もはやゲームか現実か、目覚めた時よりも
その認識は曖昧になってきている。相変わらず、あたしはプレイヤーも
いないままでこんな事をしている。
だけど、そんな物思いは後に回す。
まずは目の前に迫る、敵に集中だ。
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「オオオォオォォォォオ…!」
低い唸り声を上げながら、目の前の通路から同時に現れた二体の影。
考える前に、あたしは手にした剣を横薙ぎで一閃させた。
斬!!
手応えは軽かった。けど間違いなく斬撃は「通った」。
同時に膝をついた、目の前の怪物。
異様に細い手足と、相反するように大きく膨れた腹部。申し訳程度の
縮れた髪が生える、やせこけた顔。
「餓鬼、か。」
言い終えた瞬間、二体の体は細かなドット状に分解されて崩れ去る。
魔ネズミの時とは根本的に異なる、明らかにゲームモンスターの最期に
準じた消滅のビジュアルだ。
数秒さえ待たず、骸は申し訳程度の腰布も含めて崩れ、消滅した。
と、その刹那。
ジャララララッ!!
やっぱり出た、コインドロップ!
「おいおい多いって!!」
慌てたラモンドが駆け寄る。幸い、今回は水路が無いから回収できる。
それにしても、何だこの枚数は。
ふと思いついたあたしは、目の前にウィンドウを出した。もしかすると
既にこの餓鬼のデータも、リストに反映されているかも知れないと…
「あ、あった!」
「どうだったんだよ。」
「ええっと。餓鬼人1体でのコインドロップは…25000ビドル…」
え?
ちょっ、何て?
「25000だと!?」
最後の金貨を拾い上げたラモンドの声が、甲高く裏返っていた。
きっとあたしも、いま何か言ったら声が裏返るだろうなと確信する。
「越州清掃員の月収じゃねえか。」
「へえっ?」
思わず変な声が出た。
つまり今の一閃で、月収二ヶ月分を稼いじゃったって事になるの?
凄いんだけど、変に思考が冷えた。
…
安月給だなあ。
口が裂けても言えません。
そんな失礼な事は。
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「また来たよ。」
通路の前方から餓鬼人が迫ってくるのが見える。走っては来ないけど、
割と動きは早い。耐久性はきわめて低い反面、パワーは油断できない。
おそらく掴まれたらアウトだろう。逆に言えば、接近さえされなければ
どうにでもなる相手だ。
ゲームの敵キャラとしては、非常に妥当な存在じゃないかと思える。
よほどの準備不足かゲームが下手な人でもない限り、敗死はしない。
このバランス調整で考えられるのはやはり、プレイヤー自身の手による
追加設定だろう。それが時を経てもシステムとしてここに残っている。
間違いなく、ロタストリグなる人物はゲームプレイヤーだ。
「よし。今度は下がってろ。」
そう言ったラモンドが、迷う事なく前に出る。単発の敵でないと判った
時点で、彼のこの行動の理由は予想できていた。実に彼らしいというか
何と言うか。
決着は一瞬だった。
ドスッ!!
両手を突き出し突進してきた餓鬼人のこめかみに、ラモンドの放った
強烈な回し蹴りが炸裂する。しかも爪先からは鋭い刃が飛び出ている。
どう見ても、人間なら一撃で即死が確定の攻撃だ。まともな反撃もなく
餓鬼人は崩れ落ち、消滅していく。その様をじっと見ていたラモンドが
ポツリと呟いた。
「やっぱり出ないか。」
「そうみたいだね。」
あたしも彼も予想はしていた。が、もしかしたらという思いはあった。
三人ともプレイヤーとしての認識が成されたのなら、彼やカンドフでも
コインドロップが起こるのではと。しかし、何事もそうそう希望通りに
展開してはくれないらしい。もう、それは受け入れるしかないだろう。
コインドロップが発生するのはこのあたしだけ。
まあいいや。
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迷宮と言っても、さほど複雑な道になっているわけではない。むしろ、
向かうべき方向はどの道を選んでも見失わない。蜘蛛の巣状に展開する
街の形に当てはめれば、間違いなくこの道はすべて中央へと集束する。
つまりこのラクネリアのシンボル、ロタストリグ城だ。
『うん、そっちに向かってるよ。』
地上にいるカンドフもこちらの位置を確認してくれている。おそらく、
メインのゲームフィールドは城だ。この迷宮に出現している餓鬼人は、
言わば練習台のようなものだろう。ここで死ぬようなプレイヤーには、
攻城戦に挑む資格は与えられない。何と言うか、実に分かりやすい。
ザシュッ!!
あれこれ考えながら、目の前に迫る餓鬼人に剣を振るう。正直言って、
ちょっと物足りないとさえ思える。やっぱりこの餓鬼人はザコ敵だ。
おそらくは城から出てこの迷宮内を徘徊し、プレイヤーの道を阻む。
それだけの存在なのだろう。だけどありがたい事に、コインドロップが
かなりボロい。ベータ版の頃と比較しても、相当なサービス価格設定。
歳月に伴うインフレなのだろうか。だとすれば嬉しい限りである。
…何を言ってるんだかな、あたし。
自分を創造したプレイヤーさえも、まともに思い出せないのに。
現実か虚構かも分からない世界で、何を金銭欲丸出しになってんだか。
まあいいや。
今はとにかく、この迷宮を徘徊する餓鬼人たちを倒して城に…
「おいちょっと待てベータ。」
「え?」
「え?じゃねえんだよ。」
向き直って見たラモンドの顔には、苦労と不満の色がにじみ出ていた。
「どうかした?」
「荷物が重過ぎるんだよ!」
ドチャッ!!
そう言い放って彼が置いた革袋は、何とも魅力的で重厚な音を立てた。
聞いただけで判る。かなりの枚数の金貨が詰め込まれているって事が。
「言うまでもないが、餓鬼人1体で25000ビドル。1000ビドル
金貨が25枚ドロップする。んで、今までに12体倒してるんだよ。」
「ええっと、つまり…」
「合計で300枚だ。」
「うん、そうね。」
暗算が遅い自分にちょい自己嫌悪。
「たかが金貨と言っても、この数になるとキツイんだよ。」
「…そうだろうね、確かに。」
ええっと…
あ、あった。
正面にウィンドウを出し、情報系のアイコンで確認してみる。
1000ビドル金貨の重さは、1枚30gらしい。金貨だから妥当だ。
ほとんど純金だってところが、実にゲームらしい仕様と言えるだろう。
現実だと思うとかなり変だけどね。で、現時点で300枚という事は…
「およそ9キロ。」
………………
うん。
そりゃ重いわ。
「今はまだ持てない重さじゃない。が、限界が来るのは時間の問題だ。
いくら敵を倒すのがお前だろうと、俺が荷物運びだけに徹するってのは
あまりにもリスクが高過ぎる。」
「おっしゃる通りです隊長。」
ぐうの音も出ない訴えである。
無限に収納できるアイテムボックスを持ってない以上、金貨なんてのは
まさに「お荷物」そのものだろう。しかも否応なしにどんどん増える。
捨てていくのも何だか不本意だし、稼いだお金はやはり大事にしたい。
今の時点で何かしらの解決策を模索しない限り、前に進めないだろう。
ゲームのように単純にはいかない。
少なくとも今、それが目の前にある現実だった。




