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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第3章 ロタストリグの城
31/55

ラクネリアの街へ

「意外と慣れるもんだな。」

「そうね。」

「だねー。」


街道をガシャガシャと進んでいく、『蜘蛛足』の店内で。

出窓の外の光景をのんびり見つつ、三人はそんな言葉を交わしていた。


メンバー登録ボーナスとして、店に付与された常識外れの移動機能。

初めて見た時はさすがに皆が度肝を抜かれ、古書の正気を疑った。

もちろんベータのゲーム知識にも、こんなものは含まれていなかった。

時代の変遷の産物か、あるいはこの世界を創造した何者かの遊び心か。

自分たちに分かるはずがない。ならもう、開き直って受け入れるだけ。



そのあたりの切替えは、もはや三人とも徹底していた。


================================


さすがに移動速度は自動車に劣る。が、今のところはこれで十分だ。

小さいとはいえ、建物が丸ごと移動しているのである。しかもどういう

仕掛けなのか、灯りも水道もトイレすらもそのまま使えるという仕様。

このあたりの融通に関しては、もうゲーム由来という理屈で納得する。

あれこれ考え悩むより、便利だなと喜ぶ方がよっぽど前向きだから。


『蜘蛛足』は店舗であると同時に、カンドフの住まいでもある。なので

生活設備は揃っている。キッチンも風呂もあるし、何なら狭いながらも

二階に個室も存在している。出向が長距離かつ長期間になるとすれば、

この上なくありがたい仕様である。旅費や宿泊費が浮くのはもちろん、

生活の環境を維持できるというのは地味に助かる。



そんなこんなで、快適な旅だった。


================================


「さて、と。」


川沿いの道を進むうち、広い河原を見つけたので降りる。で、小休止。

かなりの段差や高低があるものの、多脚であるため難なく降りられた。

おそらく、車輪ではここまで降りるのは不可能だっただろう。


「ラクネリアまではあと半分弱。」


地図を見ながらカンドフが言った。


「思ったより速いわね。」

「そうだな。」


答えたラモンドが、入口扉の向こうに広がる河原の景色を見やる。


「建物ごと移動ってのは、どうにもまだ慣れないな。外の景色だけが

変わってるのが何とも不条理だ。」

「だよねー。」

「お前は経験ないのか?昔に。」

「ここまでぶっ飛んだアイテムは、さすがに知らなかったよ。たぶん、

まだ実装されてなかったと思う。」


三人の中で唯一ゲーム世界の見聞を持っているベータとしても、やはり

『蜘蛛足』の仕様はどこまでも異様そのものだった。


「それで、このまま街に入れる?」

「まあ、多少手続きは必要になると思うが…」


カンドフの問いに答え、ラモンドが少し視線を泳がせる。


「多分大丈夫だろう。」

「いや多分って。」


さすがに納得しかねたか、ベータが言葉を挟んだ。


「せめて最低限の根拠が欲しいよ。没収されたら洒落にならないし。」

「そりゃそうだな。」


あっさり頷いたラモンドは、二人に苦笑を向けて続ける。


「お前ら二人なら確かに厳しかったかも知れない。だが、越州清掃員の

申請を通してきた俺が同行している事実は大きいんだよ。とりあえず、

この店舗は俺の公用扱いにする。」

「ええー、何だか無理矢理だね。」

「あたしもそう思うなあ。」


なおも二人はかなり懐疑的だった。それに対し、ラモンドは少し口調を

あらためる。


「確かにそれは否定しない。正直、言葉では納得は得られないだろう。

だから、実績で黙らせる。」

「実績?」

「そうだ。」


ベータの顔をきっかりと見据えて、ラモンドが告げた。


「ラストプレイヤーがラクネリアにいようといまいと、魔ネズミ駆除か

それに相当する公務を引き受ける。まだあの街は越州手前の地点だが、

ノスタウからはけっこう離れてる。俺が移動しながら仕事をするという

建前を通すには十分だろう。」

「なるほど。お仕事しますっていう言葉だけじゃなく実行していけば、

たとえ家が歩いても文句を言われる筋合いはなくなるってワケね。」

「そういう事だよ。」


姿勢を崩し、ラモンドが愉快そうな笑みを浮かべる。


「ま、考え過ぎなのかも知れない。意外とすんなり街に入れるかもな。

とりあえずの心構えだと思ってればいい。」

「了解っす。」

「んじゃ行こう!」


ガシャン!


最終的な意思確認を終え、小休止も終わり。

鈍重な機械音と共に、『蜘蛛足』はガシャガシャと動き出す。


もちろん不安はある。しかし今は、正直ワクワクしていると言った方が

相応しいだろう。言葉にせずとも、その思いは三人ともきっと同じ。



ラクネリアは、もうすぐだった。


================================


「ん?」


いよいよ街の入口が、正面にそびえ始めたその時。

緊張の面持ちで側面部の窓から外を窺っていたベータが、怪訝そうな

声を上げた。


「どうした?」

「歩道で拝んでる人がいる。」

「は?何をだ?」

「多分あたしたちを。」

「はあ?」


間抜けな声を上げたラモンドもその窓から外を見やる。すでに後方へと

遠ざかりつつあったものの、確かに数人の老婆が横並びで拝んでいた。

追い越す形になった事で、結果的に彼女たちの視線が自分たちを追って

動いているのも判った。間違いなくこの『蜘蛛足』を拝んでいたのだ。


「…何でだ?」

「そんなにありがたいかなあ、このお店って。」

「もうすぐ門を潜るよー!」


運転に集中するカンドフが、二人にそんな言葉を投げた。遠くからでは

よく分からなかったが、街の正門は背が高い。独特な造形と相まって、

形容し難い威圧感を放っていた。


自分たちが進んでいるのは、大型の車両専用に使われているレーンだ。

前も後も、『蜘蛛足』よりも大きな運送トラックが並んでいる。しかし

さすがにどれも車輪を用いた普通の車両だ。車列の前方にも後方にも、

多脚の乗り物は見当たらなかった。やはり、純粋に悪目立ちしている。


「とは言え、何か妙な空気だな。」

「だよね。」


ふたつ向こうのレーンは歩行者用として運用されているらしく、大勢が

双方向へと歩いているのが見える。当然、トラックの間に不意に現れる

巨大な多脚店舗を目にした人たちは驚く。あまりに当たり前の反応だ。

しかし皆、驚いても表情が険しくはならない。むしろパッと笑顔になる

人の方が多い。素性も判らないこの異物が、妙に受け入れられている。


正直、かなり予想外だった。

そしてある意味、いかなる予想より反応に困る展開だった。


「…手でも振り返す?」

「やめとけ。」


とにかく、早く街に入りたい。



それまでとはいささか違う意味で、その思いは切実になっていた。


================================


「ノスタウ所属の…特殊清掃員の…ドルミレッジ様…ああ、はいはい。

確かに確認しました。」


しばらくののち。


役所の車に先導される形で来訪した中央役場で、ラモンドの身元照会が

滞りなく行われた。さすがに今回は一人ではマズいので、ベータたちも

同伴者として彼について来ている。特に咎められる様子もなかった。


「さすがに越州資格まではこちらのデータには反映されていませんが、

ご提示頂いたライセンス確認で十分です。ようこそ、ラクネリアへ。」

「どうも…恐縮です。」


さすがのラモンドも頭を下げて礼を述べる。他の二人も彼に倣った。

あんな怪しいものに乗って来たにも関わらず、あっさり街に入れた。

気を張っていた分、配慮に対し礼を述べたくなるのは無理もなかった。

しかしその一方、やはりこの対応に対する納得が欲しいのも事実だ。

単純な物珍しさなどではない。街の人間全てひっくるめ、『蜘蛛足』は

妙に「ウケて」いる。



何をするにせよ、その理由に関する最低限の説明が不可欠だった。


================================


「ははは、それは確かに。」


ラモンドの率直な質問に、ダカタという対応職員はからからと笑った。


「何も知らずあれに乗ってこの街に来られたのなら、不思議な奇縁だと

言うしかないでしょうな。」

「と言いますと?」

「あの形状は蜘蛛ですよね?」

「ええ、まあ。」


答えたラモンドが曖昧に頷く。なお現在、『蜘蛛足』は脚部を収納して

店舗の状態で駐車場に停めてある。何も知らぬ者が見れば、間違いなく

ただの違法建築だと思うだろう。


ただ、あれが蜘蛛型なのは間違いのない話だ。少なくとも法律違反など

していない以上、無駄な嘘は不要。とにかく事情を訊いてから…


「蜘蛛という虫は、このラクネリアにとって特別な存在なんですよ。」

「特別って…どんな風に?」

「それは説明するより、これを見て頂いた方が早いでしょうね。」


カンドフの問いに答えたダカタが、筒状に丸めた大きな紙を取り出す。

目の前に置かれたそれを見ながら、今度はベータが問いかけた。


「何ですコレ。もしかして地図?」

「ええ。このラクネリアの俯瞰図になります。」

「俯瞰図…ですか。」

「どうぞご覧ください。」


そう言ったダカタの手が、紙の端を留めていたクリップを同時に外す。

割と厚手のその紙は、パッと一気にテーブルに広がった。


「………………?」

「これは…」

「まあ、何とも…」


並んで瞠目したラモンドたち三人の声が、中途半端に重なる。しかし、

動揺は一瞬だけだった。そんな反応を笑いながら眺めていたダカタが、

あらためて問いかける。


「理由、お分かりになりました?」

「はい。」

「確かに。」

「納得しました。」


同じような苦笑を浮かべた三人が、そんな言葉を彼に返す。確かに、

これを見れば一発で納得できた。

この街を『蜘蛛足』が訪れた事実の数奇さが、今さら重い実感を持つ。


ラクネリアの街を見下ろす俯瞰図。

放射状に広がる美しいその形状は、誰がどう見ても間違えようがない。



それはまさしく、蜘蛛の巣だった。


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