そして出発の時
「…越州清掃員の申請?」
「ああ。」
「………………」
翌日。
前日の駆除の報告に来たラモンドの言葉に、リッツは絶句していた。
昨日の時点でもう、十分に理解不能だった。稼ぐ事には積極的でも、
あまりにも彼らしくない話だった。それでもきっちり結果を出した上、
生息が確認されていなかった母体を仕留める事までやってのけていた。
そこまでなら、ギリギリ彼らしいと納得もできていたと思う。
しかし。
特別報酬を受け取った彼からの次の言葉は、あまりにも想像を超えた。
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越州清掃員の資格。
要するにそれは、このオキシー州を出ても仕事ができるという資格だ。
パンゲア合州国は、120もの州に分割されている巨大な国家である。
州を超える行為は、場所によっては違う国に行く事にも等しい。なので
長期出張する役人の中には、越州の資格を事前申請していく者が多い。
このライセンスさえ持っていれば、大抵の州で仕事を取る事ができる。
ただし毎回、面倒な申請をする必要が生じる。毎回、申請費もかかる。
さほど高額ではないものの、回数を重ねればバカにならないだろう。
どこをどう考えても、現実的な稼ぎを信条とするラモンドらしくない。
こんなのは、何かしら大それた夢を見る若者なんかが抱きがちな志だ。
何なんだ。
彼は一体、何を見てるんだろうか。
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「色々と手間かけて悪いな。」
「いえ。」
ラモンドの言葉にそっけなく答える自分が、何だか虚しかった。
自分が彼と同じ方向を向けていないという事実だけが、心に重く淀む。
「…他州へ行くんですか。」
「ああ、ちょっとな。」
リッツの問いに答えたラモンドが、フッと小さく笑う。
「仕事もそれ以外も、もうちょっと気合い入れて臨もうと思ってる。」
「似合わないですね。」
「そう言われると何とも。」
喧嘩腰とも取れるリッツの言葉に、ラモンドは怒りを見せなかった。
代わりに、少し口調をあらためる。
「なあ、リッツ。」
「何でしょうか。」
「これまで何やかんやと俺の要望に応えてくれて、感謝してるぜ。」
「………………」
「あんまり無茶するなと言われて、最近はちょっと考え直してたんだ。
チンピラ相手に危険な偽称権なんぞチラつかせて、何やってんだとな。
そんな不毛な事に体を張ってたら、命がいくつあっても足りない。」
「…分かっててコレなんですか。」
「そうだ。」
リッツの口調に実感がこもったのを感じ、ラモンドは背筋を伸ばす。
しかしその顔に、困惑や躊躇などは浮かばなかった。
「やれる事のギリギリを攻めるのは俺の性分だ。今さら変えられない。
毎度毎度が命がけとは言わないが、体を張るのは性に合ってるんだ。」
「だから他の州に行くんですか?」
「そうじゃない。」
食い気味に否定したラモンドの目が捉えたのは、リッツの顔だった。
「無茶やりたいから行くと言ってるわけじゃない。目的ができたんだ。
それを果たすためには、ノスタウに留まってるわけにはいかないんだ。
だけど少なくとも、その目的は体を張るだけの価値を秘めている。」
「…何をしに行くか、それをここで話してもらうのは無理ですか。」
「悪いけど、それは無理だ。」
即答しつつも、ラモンドはリッツの顔から視線は外さなかった。
「だが、犯罪をしに行くって訳じゃない。それだけは約束する。」
「当たり前過ぎる当たり前です。」
そこで耐えかねたように、リッツは笑い声をあげた。
「やりたい事が見つかったんなら、全力で臨んで下さい。個人的には、
大いに応援しますので。」
「ありがとよ!」
リッツが直々に発行したライセンスを手に取ったラモンドは、そのまま
迷いのない足取りで去っていった。その背を見送るリッツに、背後から
ケーネルンが声をかける。
「何ですか、あれ?」
「やる事が見つかったんだって。」
「それで越州ライセンスを…?」
「言い出したら聞かないからね。」
「いいんですかそれで。」
「いいよ。」
どこか不満気なケーネルンに対し、リッツはどこか清々したような声で
言葉を返した。
「この街でくすぶってる姿よりも、前向きな後ろ姿の方がいいって事。
土産話と一緒に帰りを待てばいい。もしずっと帰って来なけりゃ…」
「どうするんですか?」
「あたしも越州申請出すだけよ。」
「なるほど、納得しました。」
そこでケーネルンも笑い出す。
周囲からの視線も気にせず、二人は心ゆくまで笑い合う。
そうだ。
くよくよ悩むのは時間の無駄だ。
ラモンドさんが本気でやりたい事を見つけたのなら、黙って応援する。
それもひとつの幸せだろう。
迷いを振り切ったリッツの笑顔は、どこまでも晴れやかだった。
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その日の夕刻。
ガラン!
「よう、待たせたな。」
「遅いよ!」
「準備は済ませた?」
「思ったほど手間取らなかったな。公私ともきっちり片付けてきた。」
「へえぇー…」
そう言い切るラモンドに、ベータが興味深げな問いを投げる。
「つまり仕事辞めてきたの?」
「誰が辞めるかよ。」
即答の言葉に迷いはなかった。
「俺はヨレヨレになるまで公務員を続けるつもりなんだ。憶えとけ!」
「はあい。」
肩をすくめてベータが笑う。
「んじゃ、出発しようか。」
笑いながら告げたカンドフの言葉。
それが号令だった。
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「蜘蛛足、アクティブモード!!」
ガチャン!!
言いながら、カウンター脇の小さなレバーを勢いよく倒す。と同時に、
ズシンという重厚な振動が走った。
次の瞬間。
ギリギリギリギリ!!
耳障りな駆動音が鳴り響き、店内のレイアウトが一気に変形していく。
カウンターが半分近くの長さにまで縮み、左側の出窓の天面が開いた。
据え付けの椅子三脚が回転しながら移動し、出窓の正面に三角に並ぶ。
開いた天面からは、運転用の武骨なレバーコンソール群がせり上がる。
窓の外では、入口の上のカンテラがレールに沿って出窓の正面にまで
移動する。さながらそれは自動車のヘッドライトの如しだった。
そして。
ガシュガシュガシュン!!
ひときわ大きな振動が走ると共に、店の前面と背面から巨大な機械製の
「脚」が伸びた。その総数は8本。等間隔でずらりと展開し、文字通り
蜘蛛のようなシルエットを形成して店全体をかすかに持ち上げる。
わずか10数秒で、カンドフの店は機械仕掛けの蜘蛛になっていた。
メンバー登録。
それはまさに、『ブフレの古書』の最終意思確認だったのだろう。
それに応えた瞬間、走り抜けた光が店舗を文字通り「改造」したのだ。
カンドフ自身も想像すらしなかった自立式歩行形態。『蜘蛛足』という
店名がもたらしたものなのか。全て三人の想像をはるかに超えていた。
しかし、驚きも困惑も一瞬だった。
三人とも、呆れるほどあっさりその現実を受け入れた。
望むところだ。
今に至り、もはや『ブフレの古書』は想像を超えるアイテムになった。
意志を表明しただけでこんな突拍子もない事をやったなら、最終目的を
果たした先にある事実も軽くない。それはもう、疑わない。
「んじゃ、明日出発ね。」
「はあい!」
「応よ。野暮用を片付けてくる。」
とんでもない事になったが、常識を取っ払って鑑みれば実に好都合だ。
店ごと移動できるのなら、交通費も宿泊費もかからない。さらに言えば
行った先で商売もできる。とは言え骨董屋の客など、見た事もないが。
かくして、今に至る。
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「それじゃあ、出発進行!」
元気なベータの号令で、『蜘蛛足』はガシャガシャとその脚を動かして
通りに出る。かなりの衆目を集めるものの、多脚式の乗り物はそれほど
珍しくはない。さすがにここまでのサイズだと珍しいかも知れないが、
それはそれ。勢いで押し切るまで。
「まずは最初のラストプレイヤーを目指して南下しまぁす。」
楽しげにカンドフが告げる。そして『蜘蛛足』は、南に向かう街道に
針路を向けた。
目指すは南の街・ラクネリア。
そこに待つのは何か。
世界の真理を求める三人の旅が今、始まりの時を迎えていた。




