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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第2章 下水道の魔ネズミ退治
25/54

あきらめの先にある心

迂闊だった。

水に落ちたなら、水から出るはず。その先入観が、意識を誤った方向に

集中させていた。背後から迫る足音に気付いた時は、もう遅かった。


ドゴン!!


いきなりすぐ後ろの壁が砕け散り、そこから女王ネズミが飛び出した。

間一髪のところでかわしたものの、ラモンドもベータも目の前の水路に

足を突っ込んでバランスを崩した。どうにか転ばすには済んだものの、

流れの中で踏んばる姿勢では機敏に動く事もままならない。


背後の壁を一気に崩して現れた女王ネズミは、音もなく再び潜水する。

しかし、今回は波紋が見えている。二人から距離を取った場所で頭だけ

水から出し、こちらを睨み据える。赤い眼光が鋭かった。


「油断したな…」


女王を見据えつつラモンドが呟く。その声には苦渋の響きがあった。


「思った以上に隠密性が高いね。」


足元を気にしながら、ベータがそう答える。水に足を突っ込んだ際に、

銃は水中に落としてしまっていた。


「悪い。見通しが甘かった。」

「それはお互いさまだよ。」


言い交わした二人が苦笑する。互いの顔を見る余裕などはないものの、

同じ表情になっているという確信があった。


確かに見通しが甘かった。

まさかこんな場所に、女王ネズミがいるとは全く想定していなかった。

それは間違いなく、ラモンドの甘い見通しが招いた事態だろう。だが、

今の窮状を招いたのは二人の甘さが原因だ。女王ネズミを甘く見た。


相手はこの下水道に棲息している。つまり、空間を知り尽くしている。

泳げるのであれば、行動範囲を想定できるわけがなかったのである。

さっきは蹴り落とされたから派手な音を立てた。しかし本来であれば、

音もなく潜ったり水から上がったりなどの芸当はごく簡単なのだろう。

底の浅い先入観で、墓穴を掘った。


どうする。

通用しないとはいっても、銃撃には牽制の効果くらいは期待できた。

しかし落ちた銃は今、どこにあるか分からない。仮に分かったとしても

拾いに行く余裕がない。もし拾えたとしても、撃てるとは限らない。


顔を自ら上げた女王ネズミは、歯をカチカチ鳴らす。どう見てもそれは

勝ち誇った者の行動だった。


「余裕ぶってやがるぜ。」

「だけど、どうするの?」

「まあ、あきらめるしかないな。」

「えっ!?」


あっさりと言い放ったラモンドに、ベータは思わず目をむいた。


「あきらめたら試合終了ですよ!?もうちょっと粘ろうよ…!!」

「勘違いすんじゃねえよ。」


油断なく女王ネズミを見据えつつ、ラモンドが少し語調を強くする。


「あきらめるのは、あいつのコインドロップだ。」

「へ?」

「さぞかし高額になるんだろうが、死んだら元も子もないからな。」

「ああ…そうっスね先輩。」

「まだ言うのかよ、この状況で。」


肩をすくめたラモンドの顔が、一瞬だけベータに向けられる。


あきらめてなどいない。



そんな確信を持つには十分過ぎる、不敵な顔だった。


================================


なおも女王ネズミは動かない。

余裕を見せているように取れるが、実際はもっと戦略的な膠着だろう。

おそらく急ぐ事もなく、二人の体力が尽きるのを待っているのだ。


ラモンドもベータも、膝上まで水に浸かっている。今のこの状態では、

素早く動く事は出来ない。そのためには水から上がる必要がある。が、

素振りを見せた瞬間に、間違いなく襲い掛かって来るだろう。水の中に

いる限り、その攻撃はかわせない。


そして一方で、この状況が長引けばこちらの体力が限界になるだろう。

そうでなくても、転倒しないように気を張って踏んばっているのだ。

それほど水温は低くないとはいえ、長く耐えられる状況ではない。

明らかに、こちらが不利な膠着だ。

………………………………


この状況で、コインドロップの話をするのか。ベータは心中ひそかに、

ラモンドの豪胆さに感服していた。

今のこの世界を現実と考えた場合、コインドロップは間違いなく危険な

チート能力である。経験から見て、女王ネズミ討伐は大変な額になる。

まったくの想定外だったとはいえ、出来ればコインゲットしたかった。


しかし現状、もはやそれは無理だ。ただでさえ通用しない銃すら失った

ベータに、目の前にいる女王ネズミを殺す手段はない。彼女が殺せない

以上、コインドロップは望めない。それはもう、潔く諦めるしかない。

だったら、どうするのか。


ラモンドがやるしかない。



選択は、どこまでも明白だった。


================================


死んでしまえはそれまでだ。

逆に、生きてさえいればチャンスはいくらでも巡って来るだろう。

なら今は、生きて戻る事だけに専念すべき時である。


「できるの?」

「やるしかないだろ。」


視線を切れば襲われる。

あくまで目の前の女王ネズミの目を見返しながら、ラモンドが言った。


「俺が通路に上がるまでの、数秒を稼いでくれ。後はどうにかする。」

「あたしが?」

「他に誰がいるんだよ。」


なおもラモンドは淡々と続ける。


「どうにかして間合いを維持しろ。接近されたら一撃の殲滅は難しい。

とにかく数秒間、ネズミをあそこに釘付けにしてくれ。」

「釘付けって…」


そんな無茶なという言葉を、ベータは辛うじて呑み込む。あまりにも、

ラモンドからの要求が難し過ぎた。

自分は確かに、アクションゲームのプレイヤーとして想像されている。

しかし今この瞬間、その本質や意味はほぼ失われているに等しい。


ゲームはサービス終了しており。

プレイヤーの存在も認識できず。

なぜ動けているかも定かでない。

誰もゲーム設定を憶えていない。

ステータスもほぼ表示されない。


ファンタジーの残り香はわずかで。

世界は様変わりしてしまった。

そしてあたしは。

モンスターどころか、こんなネズミにさえ太刀打ちできない。


どうすればいいのか。

どうすれば…


だけど不思議だった。

悲観も嘆きも、心には浮かばない。あるのは純粋な疑問と探求心だけ。


そうだ。

非力を嘆いたって何にもならない。いや、あたしの性に合わない。

打てる手が少ないのなら、その中にこそ打開策を見出すべきだろう。

むしろそっちの方が面白い。


やってやる。

魔ネズミが何だ。

ゲーム終了が何だ。

あたしの物語は終わってない。

いや、まだ始まってもいないんだ。

絶対に、この場を切り抜ける。

そして新しい冒険に出るんだ。


ベータの顔に不敵な笑みが浮かぶ。



決着に向かう心は、燃えていた。

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