闇の向こうに潜むもの
「そろそろ潮時だな。」
腕時計を確認したラモンドが呟き、ベータに声をかける。
「おい、ボチボチ引き上げるぞ。」
「え、もうそんなに経ってる?」
「残弾も10発を切ってるだろ。」
「ああ、まあ確かに。」
既に予備のカートリッジに切替えてかなり経つ。戦果としては充分だ。
正直、逆の意味で怪しまれるほどの勤勉ぶりを示せただろう。
「とりあえず、狩った数が多くてもコインドロップが目減りするような
事はないらしい。そこまで判明した点でも今日は上々だ。上がろう。」
「了解っす。じゃあ…」
刹那。
ベータが途中でその言葉を切ったと同時に、二人はハッと向き直る。
自分たちが歩いてきた通路の奥手、つまり退路の方向から物音がした。
水の音ではない。さっきまで何度も聞いていた、魔ネズミの走る音とも
異なる。もっと大きな物が移動する音だ。しかも近づいてきている。
「…誰か来た?」
「違う。」
「やっぱり。」
その想定が否定されるという事は、最初から分かっていたのだろう。
銃を構え直し、ベータはあらためて臨戦態勢になった。
そう。
明らかに人間の足音ではない。
大きさは定かではないが、おそらく四つ足歩行の何かだ。魔ネズミより
ずっと大きくて重い何かが、それに匹敵する速度で接近している。
「下がれベータ。」
「え、でも…」
「いいから下がれ。」
ラモンドの指示に従ったベータが、じりじり後退する。しかしこの先は
行き止まりだ。見取り図で確認しているから間違いない。だとすると、
相手次第で手詰まりになる可能性が高い。その時はどうするつもりか。
「おそらく母体だ。」
「母体?」
「魔ネズミの女王だよ。」
ラモンドの声は、張り詰めていた。
「まさかこんな場所にいるとはな。運が良いんだか悪いんだか。」
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赤く光る点が二つ、並んで見えた。
今この瞬間に至るまでに飽きるほど見た、魔ネズミの眼光だ。しかし、
根本的に高さが違う。地面を駆ける魔ネズミにしてはあまりにも高い。
そして間隔で計るなら、サイズは…
「来るぞ!」
その言葉を合図にしたかのように、灯りの下に駆け出た影がひとつ。
「うわぁお。」
思わず声を漏らしたベータが、目を大きく見開く。
確かにそれは魔ネズミだ。しかし、今までに仕留めた個体とは大きさが
まったく異なっている。と言うか、もはや別種ではないかと思われた。
大型犬?いやまだ甘い。どちらかと言うと小型の、いや中型のクマだ。
さすがに体高は自分より低い。が、それは四足歩行だからに過ぎない。
もし立ち上がれば確実に3m級だ。横幅も通路一杯。そんな化け物が、
こちらを見据えながら駆けてくる。大きさで惑わされるが、小型個体に
劣らない速度だった。
「ちぃっ!!」
舌打ちしたラモンドが、素速く壁に身を寄せる。射線が確保された。
女王ネズミと相対する格好になったベータが、両手で銃を構えて撃つ。
パンパン!!
こんな窮状においてもなお、彼女の射撃は正確だった。狙い過たず、
2発とも見事に頭に命中する。が、それは突進を止める事さえできずに
弾き飛ばされていた。
「ええっ!?」
「やっぱりか!!」
そう叫んだラモンドが、パッと身を起こす。もう彼と女王ネズミの間の
距離は、無いに等しかった。
次の瞬間。
「ギィッ!!」
ドポォン!!
大きく口を開けて襲い掛かってきた女王ネズミを、その場で軸回転した
ラモンドが蹴り飛ばす。その勢いでバランスを崩した女王ネズミは、
すぐ傍らの水の中へと転げ落ちた。水面が近かったため、水しぶきは
ほとんど上がらなかった。
「こっちだ!」
手招きされたベータが、慌てて彼の許に駆け寄る。水が濁っているので
落ちたネズミの位置が分からない。しかし蹴ったラモンドはもちろん、
見ているだけだったベータにも確信できていた。
あの程度で死ぬなんて事はないと。
「気を付けろ。」
流れの左右に油断のない視線を向けながら、ラモンドが注意を促す。
「人間を襲うような習性はないが、俺たちはここで同族を狩っていた。
それを考えれば怒り心頭だろう。」
「うわぁコメントに困るなあ…」
ラモンド同様に水面を注視しつつ、ベータが困り顔で呟く。
「じゃあ、どうすんの?逃げる?」
「この状況で逃げられるか。ここに母体がいると分かった以上、絶対に
駆除する。それまでは帰れない。」
「やっぱり。」
当然の話だ。
ラモンドの考えが正しいなら、今の今まで狩りをしていた自分たちが
襲われるのは不思議でも何でもない事である。しかもこの状況になれば
ただ魔ネズミが跋扈していただけの昨日までよりも状況は悪い。いや、
より危険だという方が適切だろう。原因を作った身としても、最低限の
けじめは着けないと帰れない。
しかし、はっきり言ってかなり今の状況は悪い。
何度も撃っているから、もう手応えだけで判る。あの女王ネズミには、
この弾丸はまったく通用しないと。対人非殺仕様になっているが故に、
貫通力が足りない。それでも普通の魔ネズミなら、大きさと重量だけで
殺す事が可能だった。しかし女王は皮下脂肪がぶ厚く、硬い毛も密だ。
どう考えても致命傷にはならない。
どうする。
どうやって仕留める。
それ以前に、どうやって場を凌ぐ。
簡単な仕事だったはずの魔ネズミの駆除は、突如として生死を懸けた
戦いと化していた。




