先立つものがないと
「え?」
その日の夕方。
骨董店『蜘蛛足』の店内にて。
鼻歌交じりにカウンター周りの掃除をしていたベータが、やってきた
ラモンドの言葉に思わず瞠目した。
「…魔ネズミ退治?」
「そうだ。明日実施するって申請を出した。一緒にやろうぜ。」
「ど、どこで?」
「街の北東区画の下水道だ。まあ、もう寒い季節じゃないから別に」
「いやっ、ちょっと待って!」
さも当然と言った口調でつらつらと続けるラモンドに、ベータは慌てて
ブンブンと手を振る。
「何であたしがネズミ退治!?」
「ネズミじゃねえ、魔ネズミだ。」
「どっちでも同じでしょ!!」
「同じじゃねえよ。」
「ナニナニ、どうしたのー?」
そこに至り初めて、カンドフが店の奥から現れてのんきに問う。
平和な夕刻だった。
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「お金稼ぎ?」
「そうだ。」
いったん落ち着こう。
そう言ってカンドフが紅茶を淹れ、皆でテーブルを囲む。相変わらず、
客の来る気配はまったく無かった。そして始まったラモンドの説明に、
ベータは怪訝そうな表情で訴える。
「つまりアルバイト?でも役所仕事ってそんな簡単に手伝えるの?」
「いや、資格も戸籍もない一般人に丸投げはできない。当然の話だ。」
「だったらどうやって…」
「もちろん俺は特別手当をもらう。で、お前はコインドロップで稼ぐ。
あれは金が出ても死骸は残るから、ちゃんと駆除証明もできるだろう。
最終的に儲けは折半。どうだ?」
「ええー…」
「なるほどいい考えね。」
「えええー…」
あっさり賛成するカンドフに、絶句するしかないベータ。しかし彼女が
簡単に言葉を返せないのは、反論の余地がないからでもあった。
確かに、ラモンドの提案は無茶だ。しかし、妙案であるのも確かだ。
「魔ネズミ」とは魔ゴキブリ同様、魔物に属する存在である。名前から
設定から実に雑としか言えないが、これがゴキブリと同様の仕様ならば
確実にコインドロップが見込める。サイズなどを考えても、間違いなく
単価は魔ゴキブリよりも高くなる。これを駆除の名目で請け負うなら、
ボロ儲けのチャンスかも知れない。
しかし…
「もうちょっとマシな仕事ないの?大きな目標ができたっていうのに、
いきなり下水道って…」
「犯罪以外の仕事に貴賤はないぞ。これだって立派な清掃員の仕事だ。
お前もいつまでも、ここでダラダラ引きこもってんのは嫌だろうが。」
「ううっ…」
痛いところを突かれたベータの顔が歪む。実際、今の自分はニートだ。
あまりにも存在が特殊であるため、職探しさえ出来ない。かと言って、
客も来ないこの店で働くというのも現実味がない。むしろカンドフが、
どうやって生計を立ててきたのかの方が分からないくらいだ。
「世界の真理ってのを知るのも大切な事だが、まずは己の身を固めろ。
そして先立つものを用意する。全部そこからだ。」
「…う、はい。」
反論の余地、一切なし。
「んじゃ頑張ろうね!」
ベータの肩を、隣に座るカンドフが笑いながら強く叩く。
まずは当座の目的が定まった。その事実に、ベータもやっと笑った。
「そうだね。せっかくならとことん駆除して、とことん稼ごう。」
「おお、期待してるぜ。」
紅茶を飲み干し、ラモンドも笑う。
「申請日は明日だ。今日はきっちり英気を養っとけ。いいな?」
「了解っす。」
「よおし。」
あらためて気勢を上げる三人。
ファーストミッション開始だった。
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「で?」
翌日。
昼ごはんを済ませてすぐ、ベータはラモンドに連れられて下水道に至る
4番入口の前まで来ていた。しかしその顔には、ありありと不満の色が
にじみ出ていた。
「何で二人だけなの?」
「カンドフがいないからだよ。」
「分かっとるわ!!」
思わず口調がおかしくなる。
「何であたしだけ駆り出されたのか訊いてんの!!」
「俺も行くんだから別にいいだろ。何が不満なんだよ。」
「えこひいきだ!!」
ベータの声は甲高く裏返った。
「条件は同じじゃん!ってか、確かあの人、攻撃系魔術使えるじゃん!
どうして不参加なのよう!!」
「魔ネズミの駆除に攻撃魔術なんか使えるわけないだろ。下手すりゃ、
施設が使いものにならなくなる。」
「うっ」
「地道にやるしかねえんだよ。」
言いながら、ラモンドは懐に隠した黒い物体をチラッと見せる。
「心配しなくても、お前が使う用の武器は持ってきてる。とりあえず、
文句言わずについて来い。」
「…了解っす。」
口を尖らせ、ベータは渋々といった態で頷く。しかしその両の目には、
ラモンドが見せた「武器」に対する期待の光が宿っていた。
作業開始。
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「広いし、大して臭わないんだね。ちょっとイメージ違った。」
「高熱蒸気処理で、排水になる前にある程度殺菌してるからな。」
暗い地下の通路を歩きつつ、二人がそんな言葉を交わし合う。天井から
届く光は、採光用の天蓋から漏れる自然光だろう。歩くに不自由ない。
一応懐中電灯は持ってきたものの、今の時点では必要なかった。
「さて、あと1区画いたところから駆除申請のエリアだ。」
「いよいよっすか隊長。」
「誰が隊長だよ。」
少し広くなっている場所で停まり、ラモンドは苦笑と共に振り向いた。
「じゃあ、手順を説明する。」
「へい親分。」
「誰が親分だよ。」
律儀にツッコむラモンドが、懐から抜き放ったのは鋼色の拳銃だった。
仰々しいものではなく、どちらかと言うとスターターピストルのような
簡素な印象を受ける。当然ベータは興味津々だった。
「おおぅ拳銃だ!よくこんなものが手に入りましたねお頭。」
「誰がお頭だよ。」
言いながら、ラモンドはその拳銃を灯りの下にかざす。
「こいつは役場からの支給品だよ。今回の申請のために借りてきた。」
「何か世紀末だなあ。ネズミ退治のために拳銃が支給されるなんて…」
「いや、こいつは暴徒制圧用に使う非殺弾だよ。よっぽど当たり所が
悪くない限り、人間は死なない。」
「え、そうなんすか隊長?」
「レパートリー尽きたのかよ。」
相変わらず律儀に反応するラモンドが、自ら銃を構えてみせた。
「だが、尖頭弾に切り替えとけば、魔ネズミ程度は間違いなく殺せる。
とは言っても金属弾じゃないから、狙いを外しても壁だの何だのを壊す
心配はない。分かったか?」
「了解っす!!」
明らかにテンションが爆上がりしたベータが、元気な声で答える。
「よおし。ちなみに今回の仕事は、申請上俺一人でやる事になってる。
だからこれも1丁しか借りられないというわけだ。わざわざ三人揃って
やる事でもないからな。」
「なるほどそういう事ね。最初からそう言ってくれればいいのに。」
「それなりに察してくれ。」
「了解っす!!」
「気に入ったのかよ、その口上。」
再び苦笑いしたラモンドが、通路の奥を見据える。
「んじゃ、ボロ儲けと行こうぜ。」
「へい親分!!」
「だから…まあいいや。」
あきらめ顔のラモンドと、鼻息荒いベータ。
二人の初戦が始まろうとしていた。




