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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第1章 ノスタウの街の出会い
2/54

英雄の館の本

シャキン!!


軽く跳び上がったラモンドの靴の底から、細いロッドが飛び出した。

バランスを崩す事なくそのロッドで立ち、ラモンドはそのまま入口から

屋敷の中へと足を踏み入れていく。敷石の隙間を縫うような大股で、

一歩ずつゆっくりと。


これは彼が、この屋敷を調べる際にのみ使う特殊技能だった。

この屋敷の構造材は劣化をしない。ただ埃やゴミだけが積もっていく。

つまり、誰かが中に入れば何かしら痕跡が残る事になる。これまでにも

足跡が残っていた事により、侵入者の存在を察知できた事例があった。


今回は、玄関を見る限りそういった痕跡はない。窓などから入る手段も

あるので絶対の手段にはならない。同じ方法を考える者もいるだろう。

とは言え少なくとも、自分の足跡を残さずに済めばあとあと楽になる。

何度も来ているから、ロッドで狙う床のポイントもほぼ把握している。



忍者のような足取りで、ラモンドは音もなく屋敷内を確認していた。


================================


…参ったな。

いつになく緊張しているのは多分、昨日のリッツとの会話が原因だ。

いつもの説教かと思ったら、意外にはっきり心配を口にしてきた。

正直、ちょっと堪えた。


自分の力量は理解してるつもりだ。

少なくとも、赤毛三人組なんかには後れは取らない。その自信はある。

事実、結果はあんな感じになった。


だがそれも絶対とは言えない。

相手が殺意を向けてきている以上、一度でもしくじればそれで終わり。

百回の達成も、一回の失敗の前では限りなく無意味だ。


分かっている。

いくら偽称権を持とうが、多少腕が立とうが、そこに絶対などはない。

命を懸けるにしてはあまりに安い。いくらバランス感覚に優れようと、

やってる事のバランスは実に歪だ。人に言われると、嫌でも実感する。


「おっと!」


バランスを崩すところだった。

正直、あんまり良くない傾向だな。

だが、リッツが悪いわけじゃない。あいつはあいつなりに、俺の事を

本気で心配してくれてるんだろう。それは決して無下にはできない。


だけどな。

俺だって、人並みの欲を持ってる。己の金銭欲を恥とは思っていない。

むろん犯罪に手を染める気はない。不労所得を望んでるわけでもない。

自分で考えて動いて働いて、それで相応の金を稼ぎたいってだけだ。

効率よく稼げる方法を自分の技量に求めるのが、そんなに悪い事か?


…いやいや、ちょっと違うな。


きれいごとを並べ立ててるが、今の俺の問題はそういう事じゃない。

偽称権なんかを持ち出して、ケチな犯罪者を相手に無駄に命を張る。

あまりにも貧乏臭いし、危険な割に未来への可能性がなさ過ぎるんだ。


そうだよな。

俺ももう、若いと言い張れる歳じゃなくなってる。もちろん体力的には

まだまだ行けるが、いつまでも今のセコい金稼ぎをするのは情けない。

せめてもう少し、マシな何かを…

………………………………


「…ん?」


色々と考えつつ全ての部屋の確認を終えたラモンドが、入口に戻ろうと

向き直ったその刹那。

既に点検を済ませたはずの書斎に、形容し難い奇妙な違和感を覚えた。

もちろん誰もいない。気配もない。音もしていない。もちろん足跡も。

別にここに誰か来たわけではない。その確信は崩れていない。

だからこその違和感だ。この書斎は先に確認した。ついさっきの事だ。

そのついさっき見た室内の光景に、何かしらさっきと違う点がある。


靴底のロッドで曲芸のように立ったまま、ラモンドは意識を集中する。

さっきロッドで立った時の跡がまだ残っている。間違いなくこの角度で

部屋の中を見たはずだ。その時に…


「あ。」


分かった。

答えは至って呆気ないものだった。

自然に見えるからこそ、気付くのにここまで苦労したらしい。


入口正面にある、古びた大きな机。その上に1冊の本が置かれている。

机の上に本。あまりに当たり前で、初見ならば見過ごしていただろう。

しかし確信がある。さっき来た時、あの本は確かに無かったはずだ。


確信を得たラモンドは、素早く己の周囲に視線を巡らせた。耳を澄ませ

微かな物音も逃さぬよう集中する。しかし聴こえるのは、窓の外からの

鳥のさえずりだけだった。


おかしい。


じんわりと汗が背中に滲む。

気配がないだけに、気が抜けない。

 

あんな物、一体どこから来たんだ。そこまで集中はしていなかったが、

少なくとも置いた音は聴いてない。あのサイズなら絶対聴こえるはず。

誰もいない風も入らないこの中で、俺がその音を聴き逃すはずはない。


まんじりともせず待つ事、十数秒。

やはり、気配も音も何もなかった。


それでも警戒を保ったままの態で、ラモンドはゆっくりと書斎に入る。

やはり誰かが侵入した形跡はない。それどころか、本の置かれた天板の

埃も動いた気配がほぼない。まるで虚空からピッタリの高さで現出し、

そのまま待っていたかのようだ。


待っていた、だと?

本が俺を?

バカ言え。


そこでラモンドは思わず苦笑した。と同時に、緊張の汗も止まる。


何をそんなにビビってるんだよ。

確かに不可思議だが、そもそもこの屋敷が不条理の塊じゃなかったか。

胡散臭い英雄の伝承と、劣化しない建材。まことしやかに囁かれる噂。

最近ではすっかり少なくなったが、魔術と呼ばれる不可思議な能力を

駆使する輩がいないわけじゃない。何でそこまで怖れる必要がある?


やっぱり、リッツの言葉のせいか。ちょっと気にし過ぎだぞ、俺。


迷いない足取りで机まで辿り着き、ラモンドはその本を手に取った。

思ったより少し重い。しっかりした造りで、製本技術からしておそらく

かなり古い代物だ。そして案の定、天板の埃は他と変わらなかった。

ずっと置きっ放しだったとすれば、本の形が埃で描かれているはずだ。

やはり何らかの方法でついさっき、この机の上に置かれたに違いない。


誰が?

それは今考えても無駄だろう。なら開き直って他の疑問に目を向ける。



とりあえず、この本は何なんだ。


================================


製本はかなり古式だが、本格的だ。しかし劣化していない。と言うか、

新品状態である。あらゆる意味で、状態と前提が一致していない代物。

無理に形容するなら、「わざと古い装丁で作った」という感じか。

とにかく印象が記号的で、作為的。もちろん表題も読めない文字だ。


「…意図的に捏造した骨董品って、こんな感じなのか?」


思わず、そんな言葉が口をついた。それほどにこの本は「不自然」だ。

悪意などは感じない、純粋な作為。それ以上は自分の知識の外だろう。

そして、開く事が出来ない。

物理的な封がしてあるのではなく、全くページをめくれないのである。

かと言って、一体化しているというわけでもないらしい。何かしらの、

魔術的な封印が施されているのか。だとすれば、今は手に負えない。

分かる誰かに見せるしかない。


よし。

とりあえず、危険な代物ではない。ここを調べるのが仕事なんだから、

不審物として持ち出しても問題などないだろう。もちろん着服する気も

今はない。値打ちのあるものなら…


「…まあ、その時はその時だな。」


もはや、さっきの緊張はどこへやらといった感じである。苦笑を浮かべ

ラモンドはその本を抱え直した。


「…?」


ふと、背表紙に妙な感触があった。最下部に設けられていたそれは…


「まさかこれ、コイン投入口か?」


口にするとはっきり確信が持てる。いや、そうとしか思えない形状だ。

どうしてそんな妙なものが、書籍の背表紙なんかにあるのだろうか。

試しに小銭を…


いやいやちょっと待て。


いくら何でも、今ここでやる事じゃないだろう。最低限の分別を持て。

とにかく点検は終わった。この本を除けば、いつも通りの異常なしだ。

今日の仕事はこれだけだったから、これから誰か心当たりを訪ねよう。

値打ちだけでも判ればそれでいい。見つけたもん勝ちだろうから。


「よし。」


ロッドのバランスを取ったままで、ラモンドは踵を返し入口に向かう。

いつの間にかけっこう時間が経っていたらしい。日の差す角度もかなり

変わっていた。

外に出て、しっかり施錠をし直す。仰ぎ見る建物の外観は、来た時ほど

威圧感を放っていない気がした。


調べて、値打ちがあれば売り払う。相変わらず考えてる事は俗っぽい。

今さら、本質は簡単に変わらない。人間なんてそんなものだろう。


しかしラモンドは、来た時と比べてほんの少し気分を上向かせていた。

リッツの言葉に不安を隠せなかった時とは、明らかに違っている。


もしかすると、この本のおかげか?

価値も中身も判らない。それでも、何かしら心躍るような代物である。

案外、俺の停滞した日常をそこそこ変えてくれるのかも知れない。


ああ。

どうせならこんな気分の方がいい。

今さら清廉潔白な生き方が選べないなら、開き直って前を向こう。

とりあえず、これがお宝である事を祈るだけだ。


午後の空は、いつしか雲も途絶え。


どこまでも晴れ渡っていた。


================================

================================


「ねえおじさん。」


呼びかけは、あまりに唐突だった。

もちろん、不躾という意味もある。しかし本質はもっと別のところだ。


ここまで近づかれていたのに、声を掛けられるまで気づけなかった。

いくら気が急いていたと言っても、こんなのは俺らしくない。

明らかにこの女、普通じゃない。


ラモンドは、最大限の警戒心をすぐ目の前の少女に向けていた。



深々と被ったフードの奥に見える、どこか危険な気配を感じる顔に。


================================


「何だ?」

「珍しい本を持ってるんでしょ?」

「………………」


やっぱりか。

程度はさっぱり判らない。しかし、明らかにこの少女は見た目以上の

何かを持っている。情報なのか能力なのか、それは見当もつかない。

それでも今この瞬間、俺がソーマの屋敷で入手した物を知っている。


何なんだ、こいつは一体。

まさか半魔か、魔術師の類か?

いや、それとも単なるコソ泥とか…


「聞いてる?」

「ああ。」

「持ってるよね?珍しい本。」

「それが何だ。」


おそらく否定しても無駄だ。なら、相手の目的だけでも探るべし。

ラモンドは、あえて素っ気ない声で端的に答えた。


しばしの沈黙ののち。


「あたしに売ってくれない?」

「何だと。」

「300000ビドルでどうかな。即金で払うよ?」


「見せてみろ。」


一瞬の間を置き、ラモンドは少女に開示を要求した。いくら何でも、

これで何かしらボロが出るだろう。もし出なければ、いよいよ…


「ホラ、これでいい?」


少女は、ためらいもしなかった。

差し出して開いた右の手のひらに、鈍い光を放つ金貨が並んでいた。

1枚で100000ビドルになる、ゴビドル金貨がちょうど3枚。

どう考えても、こんな少女がポンと出せる金じゃない。どこから見ても

異常でしかない。


「ニセモノだと疑ってる?」

「いいや。」


即答したラモンドは、首を振った。

この女を見た目通りの存在だと判断するのは、あまりにも危険だろう。

ならばもう、下手な小細工を挟まず話を進めた方がいい。


「仕事柄、そういう偽造品には割と目が利く。そいつは本物だろう。」

「へえ、見る目があるね。」

「恐縮だ。」


嘘ではなかった。

いかなる偽造硬貨でも容易く見破るこの目は、ひとつの才能だった。

犯罪者と渡り合う中で、幾度となくこの才能で彼らを出し抜いてきた。

だからこそ、目の前の女の危険性が否応なしに伝わってくる。


間違いなく、異能の持ち主だ。

だとすれば、この本を欲しがるのも何となく分かる気がする。

おそらく自分よりその価値を正確に知っているのだろう。間違いない。

でなきゃこんな金額提示できるか。


「おじさん。」


ゴビドル金貨を握り締めた少女が、少しあらたまった口調で告げる。


「ハッキリ言うけど、多分その本はおじさんの手に余るよ。」

「…だから売れ、と?」

「そう。どうせなら今ここで換金をするのがいちばん利口だと思うよ。

怪しいと思うだろうけど、後ろ暗いお金じゃないのは保証するから。」

「なるほどな。確かにそれが利口な判断なんだろう。」

「そう。だからこれであたしに」


「断る。」



答える声に、迷いはなかった。


================================


沈黙は、さほど長くはなかった。

手を掲げたまま、少女がラモンドに淡々と問いかける。


「理由を訊いてもいい?」

「必要か?」

「まあ出来れば。やっぱりあたしが信用できないから?」

「それもある。」


問う少女の顔をまっすぐに見返し、ラモンドもまた淡々と答えた。


「だが正直、そこは大した問題じゃない。理由はもっと単純だ。」

「差し支えなければ、教えてよ。」

「俺自身が、この本に金で買えない価値を見出してみたいからだよ。」


そう言い切ったラモンドが、不意に嬉しそうな笑みを浮かべる。

少女は、黙って次の言葉を待った。


「正直、今日はおかしな事が多い。お前も含めてな。だけど俺としては

悪くないんだ。停滞していた自分を前に進めるために、今日の不条理を

金なんかで手放したくない。たとえ後悔するとしても、それは己の目で

しっかりと確かめてからだ。」

「………………」

「もしも本当に欲しいんなら、俺がこの本を諦めてからまた来いよ。

その時は潔く100ビドルで売る。それでどうだ?」


あまりに子供じみた自分の言葉を、ラモンドは変だとは思わなかった。

言葉にした事で、自分の中の何かに確信が持てたような気がしていた。


リッツに言われた事。

それに迷いを感じた事。

この本を手に取った事。


昨日から繋がる全てが、今この時に集約されているような気がした。

いつもなら、迷わず食いついたかも知れない好条件の取引。しかし今、

自分はそれを拒んだ。金額ではない何かを、迷わず選択したのである。



何か、それが無性に誇らしかった。


================================


「…なるほど。そういう考えね。」


ゆっくり手を下ろした少女が、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべる。

どことなく、ラモンドの笑い方にも似ていた。


「じゃあいいよ。」

「悪いな。俺は」


刹那。


ギィン!!


前触れもなく、少女の両目が強烈な赤い光を放ったのが見えた。いや、

放たれた光が目に飛び込んで来た。


…魔術か!?


洗脳魔術か何かかと、考える間などなかった。視界が赤く染められ、

一瞬で意識が飛ぶ。何をされたかは分かるものの、ラモンドに抗う術は

なかった。こういった異能に対し、彼はどこまでも無力だった。


くそっ



油断した!!


================================


意識の回復は、唐突に訪れていた。


倒れたわけでも、移動したわけでもないらしい。腕時計を確認すると、

まだ1分も経っていない。つまり、意識の喪失は一瞬だったらしい。

反射的に周囲を見渡す。体の自由を奪われた訳でもない。


「…本は!?」


カバンを探ると、確かにあった。

奪われてはいなかった。

そして、あの女の姿も消えていた。去りゆく後ろ姿さえ見えなかった。


「…何だったんだよ。」


あまりにも不可解だった。

普通ではない事は予想していたが、能力はともかく目的が謎過ぎる。

あんな力を持っているのなら、なぜ最初から奪おうとしなかったのか。

そもそも、本当にこの本を欲しいと思っていたのか。

何をどう考えても、答えには決して辿り着けそうにない不条理。


やがてラモンドは、深く考えるのをやめてため息をついた。


何をされたかなど分からない。が、少なくとも奪われたものはない。

それ以上は考えても無駄だ。なら、一刻も早く本の詳細を知るべきだ。

あるいは、そこからあの女の素性や目的が探れるかも知れない。


よし。じゃあとりあえず…


「『蜘蛛足』の店主に訊くか。」


ようやく思い当たった。

街外れにあるあの骨董屋の店主ならきっと、何かしら分かるはずだ。

場合によっては、仕事を休んででも本の正体を突き止めてやる。


少なくとも、300000ビドルを出すという奴までいる代物である。

たとえ怪しかろうと、本質を調べるのはきっと意義ある選択のはずだ。

どうせなら、そっちの方が面白い。冒し甲斐のある危険って事だ。


よおし!


何かが吹っ切れたような足取りで、ラモンドは通りを西に歩いていく。

目指す店に、答えの片鱗がある事を信じて。


あの女が何だったのか。

それはもう、今は気にしない。

いずれその答えはどこかで出る。

なら、今はまずこの本だ。


方針を定めた彼は、どこまでも前を向いて歩む。

自分の想像を超える未知を求めて。


それは、まさに目指す先にある。



彼はまだ、それを知らなかった。

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