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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第2章 下水道の魔ネズミ退治
19/54

らしくない仕事

「…本気で言ってますか?」

「もちろん。ってか、別に変な事は言ってないだろ?」

「それは…そうですが…」


その朝。


リッツ・サザントは困惑していた。


================================


決意したのは昨日だ。

ラモンド・ドルミレッジの動向が、あまりにもいつもと違ったから。

体調が悪いとか機嫌が悪いとかではなく、むしろその逆だったと思う。

いつも何となく仕事をしているだけだった彼が、明確な意思を見せつつ

早出早上がりをした。しかも二日。どう考えてもおかしかった。


「女だ」というケーネルンの言葉を頭から信じたわけじゃない。でも、

否定し切れないのも確かだ。むろん自分がどうこう言う事じゃないのは

分かってる。分かり過ぎるほどに。同僚として友人として、彼の行動に

不信を抱いているのは間違いない。


…とか何とか、グダグダと言い訳を並べている自分が心底嫌になった。

仕事になら毅然と向き合えるのに、どうして彼の事だとこうなるのか。

理由は分かってる。そんなの今さらケーネルンに言われるまでもない。

ラモンドさんを異性として意識している事くらい、とっくに認めてる。

離婚歴があるらしいけど、だったらどうした。そんなの珍しくもない。


自分が恋愛に対して奥手なのはもうとっくに知ってる。認めてもいる。

ここだけの話、両親もあたしが孫を見せる事はあまり期待していない。

兄弟姉妹が多いから、そういう心配だけはしなくていい。とうの昔に、

兄と妹がかわいい孫を両親に見せている。あたし的にも可愛い姪っ子。

だからもう、今さら結婚しろだのとせっつかれる事はない。仕事だって

好きだし、こんな風に生きる自分を嫌いなわけでもない。


だからって、誰かを好きになったりしないってわけじゃない。そこまで

人間として萎びてはいない。いや、少なくとも自分ではそのつもりだ。

奥手は奥手なりに、想い人の幸せを見守りたいって気持ちを持つんだ。

その先にあるのが失恋であろうと、幸せな姿を見るのもまた幸せだ。

かなり歪んだ形かも知れないけど、今のあたしはそれでいいんだよ。


「バカですね」と、ケーネルンには遠慮なく言われた。言い返す気にも

ならなかった。だって事実だから。そんな馬鹿な自分を知ってるから。

あの人が無茶をするたび心配する。偽称権なんかを行使して荒くれ者と

渡り合うたびに、寿命が縮む思いをしてきた。もっと自分を大事にと、

何度もたしなめてきたのである。


自意識過剰かもしれない。だけど、最近はそんなお小言がちょっとずつ

届いているような気になっていた。相変わらずあの人は無茶をするけど

それでも自重する事を覚えてくれているようにも感じていた。

毎日、役場で顔を見るだけでいい。お互い元気で挨拶して、時おり顔を

合わせて他愛のない話をする。また無茶しましたねとお小言を言う。

ごくたまに、お昼を一緒に食べる。そんなのでいいと思っていたんだ。


だからこそ、ここ数日の彼の行動はどう見ても不審だ。後ろめたい事を

しているんじゃない。って言うか、そういう時の彼ならもう知ってる。

偽称権を使ってチンピラからお金を巻き上げたとか、そんなヤンチャを

した時はすぐに判る。あたしだって伊達にベテランとは呼ばれてない。

そう。今のラモンドさんは、決して後ろ暗い事をやってるんじゃない。

何かしら、自分の生活を変えてでも打ち込みたい事を見つけたんだ。


「なら、いい事じゃないですか。」


ケーネルンの言葉は身も蓋もない。それを言ったらお終いでしょうが。

そう言い返したら彼女、キョトンとしていた。若いっていいなあ本当。

あたしは何も、自分の気持ちだけでここまで心配してるわけじゃない。

いやもちろんそれがメインだけど、もっと客観的な心配もしてるんだ。


ラモンドさんは、間違いなく一流の特殊清掃員だ。キャリアも長い上、

犯罪検挙率などもずば抜けて高い。何で昇進しないのか不思議だけど、

まあ今の立場が性に合ってるという事なんだろう。それはむしろいい。

ヘタに出世されるよりずっといい。限りなく個人的に言うならば。


だけど、そうじゃないんだ。

一流、そしてベテランだからこそ、あの人が「何かに打ち込む」という

事実そのものに危険な臭いがある。大げさに考え過ぎなんだろうけど、

逆にこの想定が大げさじゃなかった時がむしろ怖い。それならいっそ、

特定の女性に入れあげているとか、それ系の方が安心できる。…まあ、

個人的には少なからず複雑だけど。


だけど悲しいかな、そうではないと確信できてしまう。こればっかりは

理屈じゃない。つきあいと経験から来る勘だ。今のラモンドさんから、

そういう浮ついた気配は感じない。むしろ何かに集中している感じだ。

生活サイクルを変えてまで集中する事って、いったい何だろうか。


だから腹を決めた。勝手に何の腹を決めたんだって話だけど、とにかく

明日も早出早上がりする気なら一度呼び止めよう。そして事情を訊く。

少なくともあの人は、仕事に関して馬鹿げた嘘などつかない。偽称権を

行使した時でも、報告と実情に齟齬があった事は一度もない。だから、

きちんと訊けば話せる範囲で事情を説明してくれる。自意識過剰だけど

そのくらいの自信はある。あの人がプロの特殊清掃員だという事実は、

どこまでも信じているから。


とにかく明日だ。

あたしも早出して時に備える。で、何かしらラモンドさんから訊く。

逃がさないように注意してないと…


そんな地味な決意を抱いて臨んだ、今朝の仕事。

ラモンドさんは早出せず、いつもの時間に来た。拍子抜けだった。

それでも午後になったら呼び出し、少し事情を訊こうと思っていた。


午後イチで、彼から訪ねてきた。

そしてあたしに言った。

ごくごく、何気ない口調で。


「明日、街の北東の区画で下水道の魔ネズミ駆除をやりたいんだが。」


………………


え?



何それ?

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