【同意する】の向こうに
翌日。
「いよいよ女性絡みですね。」
「……」
役場の屋上でお弁当を食べながら、リッツとケーネルンが語っていた。
言うまでもなくその話題は、今日も早出早上がりのラモンドの事だ。
「一日だけなら、何かしらの急用があったのだとも考えられます。が、
二日続けてというのはどう考えてもおかしい。生活のリズムがそこまで
変わっていい理由なんて、そうそう無いでしょう。」
「…同棲の準備をしてるとか?」
「あくまでも可能性ですが。」
まさに我が意を得たりとばかりに、ケーネルンは粛々と続ける。
「率直に言うなら、ラモンドさんはそうそうご自身の生活スタイルを
変えたりはしない方だと思います。絶対に変えないって意味ではなく、
よっぽどの事情がない限りはという話です。つまり…」
「それを曲げるほどの事と言えば、自分の将来に関わる話だろうと…」
「妥当な考え方だと思いますが。」
「ううっ…確かに…」
言い返せないリッツが、持っていたハムサンドを握り潰した。
淀みなく話していたケーネルンが、その様を見てさすがに気後れする。
「いやまあ、そうは言っても確証はありませんが。」
「おかしいのは事実でしょ。」
「それは…確かに…」
「決めた。」
「は…えっ?」
潰れたハムサンドをひと口で食べ、リッツが勢いよく立ち上がった。
ますます気後れしたケーネルンが、気づかわしげに尋ねる。
「な、何を決めたんですか?」
「次に決定的に変な事を言い出した時は、とことんまで追求する!」
「とことんって…どこまで?」
「あたしが納得するまでよ!」
高らかに宣言するリッツ。
今さらオロオロするケーネルン。
早々に役場を退出したラモンドは、そんな事など知る由もなかった。
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ガラン!
「よう!」
相変わらず乾いた音を響かせつつ、ラモンドが勢いよく入ってきた。
相変わらず全く客のいない店内で、カンドフとベータが振り返る。
「いらっしゃい。早かったね。」
「おつかれー。」
「昼を食わず来いって言ったから、早く着いたんだよ。」
カウンターに歩み寄って荷物を椅子に置き、ラモンドが二人に言った。
「仕事を詰めたから腹減ってんだ。何かしら用意はあるんだろうな?」
「もちろん。」
「って言うか、待ってたんだよ。」
即答したカンドフが、カウンターの奥から何かの大きな包みを出す。
その中から取り出したものを見て、ラモンドは大きく目を見開いた。
「おい、それってまさかノレプ堂の高級仕出し弁当かよ!?」
「そう。それもいちばん高いの。」
「うわーいい匂い!」
「ってか、いくらするんだよそれ!どうやって払った!?」
「もちろん魔ゴキブリ。」
「へ?」
勢いを削がれたラモンドを見据え、ベータがちょっと笑って胸を張る。
明らかにドヤが感じられた。
「ちょっと探したら、結構いたよ。お店の中だけで4匹。外を回って
さらに5匹。全部仕留めて、しめて9000ビドル。ボロい討伐よ。」
「ええー…」
何とも形容し難い声で、ラモンドがうめいた。
「つまり魔ゴキブリどもをプチプチ潰して、ドロップした金貨で昼飯を
豪勢に買ったと?」
「そうそう。つまりゴキブリ定食。ちょっとロックでしょ?」
「言ってる意味が分からん。まあ、無理に分かりたいとも思わんが。」
呆れ顔だったラモンドも、とうとう可笑しそうに笑い出した。
「ま、とにかく食べようぜ。これもオゴリって事になるのか?」
「さあ、分かんない。」
「細かい事は気にしない!」
適当な言葉を交わし、三人は豪勢な弁当に向き合う。
賑やかな食事のはじまりだった。
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「ふー、やっと落ち着いた。」
食後の紅茶を美味そうに飲み干し、ベータがしみじみとそう呟いた。
予想以上のボリュームだった弁当を平らげた三人は、何だか達成感に
満たされている。当初の目的など、とりあえずはどうでもよかった。
しばしの食後休憩ののち。
「さてと。」
座り直したラモンドが、すぐ隣の席のベータに問いかける。
「俺が来るまでに『ブフレの古書』は多少なりと解読してたのか?」
「何にもやってないよ。とりあえずゴキブリ探してただけ。」
「二人がかりでかよ…」
様子を想像したらしいラモンドが、何とも微妙な表情になった。
その様を見たベータが、したり顔で告げる。
「先にやると面白くないでしょ?」
「まあ…それはそうだが。」
「どうせ認識を共有するんだから、謎解きも一緒に進めた方がいい。
ヒマつぶしでそこそこの額のお金も稼げるし、お昼も豪華になるし。」
「妙に合理的なのが腹立つな。」
言いながらラモンドも笑った。
そんな二人を、カンドフも面白そうな顔で見守る。
「まあいいや。んじゃ昨日の続きと行こうぜ。いいな?」
「応よ!」
元気な声が揃って返る。
外は晴れ。お客もなし。
絶好の謎解き日和だった。
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「それで、昨夜の時点で解放されたページは全部読んでないんだな?」
「そう。まあ正直もう疲れてたし、ちょっと眠くもあったし。」
実に正直に言ったベータの右手が、『ブフレの古書』を掴み上げる。
「あと、長文だったし。」
「疲れ以上に面倒だったってか。」
「ぶっちゃけて言うとね。」
「はは、ホント正直ねえ。」
あれこれ言いつつ、ベータは昨夜の条件クリアで解放されたページを
そっと開く。確かにかなりの文章が整然と羅列されていた。
「うわあ面倒くせえな。これを全部読めってのか?」
「ええっとね…」
率先して読み始めたベータの目が、やがて文字を追う行為を中断する。
明らかにテンションダウンしている様子だった。
「どうした?」
「読めないの?」
「そうじゃないけど。」
解読できるのはベータとカンドフの二人だけ。すらすらと読めるのは、
ベータだけというのは判っている。だからあえて任せていた。しかし、
既にベータはまともに読もうという気概を無くしているように見える。
「理解できないのかよ。」
「いや、書いてある事が面白くないだけの話。正直、退屈過ぎる。」
「内容は何なの?」
「権利関係の確認。」
「は?」
「要するに、ゲーム購入者に対する契約だの守秘義務だのアレコレよ。
お金の絡む話だから、違反行為とか権利とかしっかり定義しとかないと
悪用する輩が出て来るから。」
「とうの昔にサービス終了してたんじゃねえのかそのゲーム。何だか、
世知辛い話だな。」
「まあ決まり事だから。」
ブツブツ言いつつ流し読みしていたベータが、やっと末尾に辿り着く。
「えと…あ、これだ【同意する】。これをクリックすれば先に…あれ?」
「どしたの?」
「押せない…んだけど。」
ページの文字をぐいぐい押しながら訴えるベータは、困り顔だった。
「これ同意しないと次にいけない。ちょっ、どうすれば…」
「本のページがボタンになるかよ。いくら何でもそりゃ無茶だろ。」
「だけど…!」
「ねぇちょっと思ったんだけど。」
ムキになっているベータにカンドフが助言する。
「紐づいてるなら、あなたが出せるステータス表示ならどうかな。」
「え?」
「昨日見てた感じだと、むしろそのナントカはあのウィンドウに…」
「ステータスオープン!」
皆まで言わせず、ベータがおなじみステータスウィンドウを展開した。
「ええと…あ、確かにかなり表示のレイアウトとかが変わってる。」
「ありそうか?」
「ちょっと待って…これかな?」
タスクバーの端のアイコンを押すと同時に、ポップアップウィンドウが
ひとつ開いた。それを見たベータの声が、甲高く裏返る。
「ああっ!同じのがあった!!」
「同じって、こっちの第二章冒頭と同じって事か?」
「そうみたい。何だあったんだ。」
ラモンドの問いに目を向けず答え、ベータはそのウィンドウの文字を
一気にスクロールさせる。やがて、末尾に古書のページとまったく同じ
【同意する】のアイコンがあった。
「あったあった。」
「そんな飛ばし読みしていいの?」
「ざっと読んだから大丈夫。」
「それでどうなんだよ。」
「アクティブになってる。どうやら押せそう。」
「………………」
しばし、三人とも黙った。
同じものがあったという事は、本とベータの因縁の証拠にもなる。
そしておそらく、ここから先を読むためにベータの存在が必須になると
そう言いたいに違いない。いよいよ『エターナルメモリーズ』の全容が
明らかになる。
「いいよね二人とも?」
「ああ。同意する。」
「あたしも同意!」
大げさな決意表明など、必要ない。
これから面白い事が始まるのなら、ちょっとした秘密の共有と同じだ。
ラモンドもカンドフも笑顔だった。
「よーし、じゃ同意!」
ピコン!
アイコンをクリックすると同時に、ウィンドウと古書の両方が光った。
通知こそないものの、またページが解放されたのが音と気配で判った。
「何でも来い。」
ラモンドが不敵にそう呟く。
骨董店『蜘蛛足』の店内は、街角にぽつんと浮かぶ異界の入口だった。




