最初の金貨から
【条件クリア】
ガチン!
「お?」
聞き覚えのある通知と共に、何やら機械的な音が一瞬だけ響いた。
どうやらそれは、「ブフレの古書」から聞こえてきたらしい。傍にいた
ラモンドがそっと抱え上げ、機械音がどこから聞こえたのかを調べる。
しばしの沈黙ののち。
「…どうやら、ここらしいな。」
「え?…このコイン投入口?」
「変わって見えないけど…」
「いや、見つけた時とは違ってる。こんなに内側は暗くなかったな。」
確信めいた口調でそう言いながら、ラモンドが投入口を指し示した。
「多分だが、内側に蓋みたいなのがあったんだろう。今の条件クリアで
それが開いたんだと思う。」
「へえー…」
興味深げに言ったベータの視線が、投入口と金貨とを交互に見比べる。
と、その刹那。
「およっ!?」
皆の視線が集まった例の金貨から、かすかな光が放たれた。せわしなく
点滅するそれは、まるで何か訴えているかのように見える。
「何だ、どういうアピールだ?」
「その投入口に入れてくれ、って事じゃないの?」
「違ったらどうすんだよ。」
「ページの解放は?」
「…されてないみたいねえ。今回は投入口の解放なんだけじゃない?」
あれこれ三人で言い合うも、確信が持てない。とは言え今のままでは、
前には進めそうにない。一か八かで投入してみるか…
「…あ、ちょっと待って。」
そこで声を上げたベータが、スッと右手を前にかざした。
「ステータスオープン!」
キュイン!!
最初の時よりやや小さいサイズで、ステータスウィンドウが開いた。
ざっと確認したベータが、我が意を得たりといった声で告げる。
「あったあった!さっき見た時にはなかったメッセージが出てる!」
「マジかよ。何が書いてある!?」
「ええと…『最初の討伐報酬コインを投入せよ』だってさ。って事は、
その本はあたしのステータス表示に間違いなく連動してる!」
「やっぱり、そのゴキブリコインを入れろってか。」
「言い方」
「そうみたいだね。入れちゃおう!多分そのコインでなきゃいけない。
それが次のクリア条件なんだよ。」
「よっしゃ。んじゃ、腹を括るか。いいな二人とも。」
「もちろん!」
「今さらって感じでしょう。」
言い交わした末、ラモンドがフッと不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあベータ、お前が入れろ。」
「え?…いいの?」
「むしろその方が確実だ。現時点で考えれば、お前がやるのがな。」
「そうそう。あたしもそう思う。」
「………………」
明滅する金貨を見つめるベータが、やがて顔を上げた。
「分かった。んじゃ、遠慮なく。」
「やるからには次に繋げろよ。」
「期待してますよぉ!」
「プレッシャーかけないでっ!」
笑いながらそう言い放ち、ベータは迷いなく金貨を背表紙の投入口に
投げ入れた。チャリンと音が響き、金貨はそのまま本の中に消える。
内側に当たった音や、感触はない。重さが増加したようにも感じない。
金貨は、投入口の向こう側の世界に吸い込まれていったらしかった。
何度目かの沈黙ののち。
【条件クリア】
「「「来た!」」」
パシュン!!
声を揃えて言った三人の目の前で、ブフレの古書がひときわ強い光を
放った。そして冒頭部のページが、勢いよく解放されてめくれる。
それまでにはなかった、景気のいい封印解除のアクションだった。
「よし解けた!」
「課金して封印解除って、何か少し俗っぽいなあ。もっとこう…」
「いいのいいの気にしない!」
ワイワイ言い合いつつ、解放されたページをそっとラモンドがめくる。
「タイトルだ概要だと出し惜しみが続いてんだ。金まで巻き上げたなら
もうちょい景気よく行けや古書!」
「まあそう猛らないで。ええっと、どれどれ…?」
「第二章?…ああ、この前の概要が第一章って事になってるのか。で、
具体的には何が…」
「どっちか、早く読んでくれ!」
「ええっとね…」
解放されたページに視線を落とし、カンドフが確かめるような口調で
ゆっくりと告げた。
「『エターナルメモリーズの世界に在りし者よ。世の理を知りたくば、
ラストプレイヤーたちを捜し出せ。彼らに授けられた永劫の思い出が、
汝らに真実をもたらすであろう。』…だってさ。何かのお告げかな?」
「ラストプレイヤー?誰だそれ。」
「ええっと…」
「ちょっと待って!!」
そこでベータが大声を上げた。
気を呑まれたラモンドとカンドフが視線を向ける。
「どうした?」
「とりあえず、今日はここまでって事にしない?頭パンクするから。」
「………………」
ヒートアップしていた二人も、その言葉を耳にして少し黙り込む。
しかし、沈黙は短かった。
「…そうね、確かに。」
「明日も仕事だしな。」
言いつつ、ラモンドが古書に視線を向けて苦笑する。
「とりあえず、本は逃げねえし。」
「でしょ?」
「ってか、お前も逃げんなよ。」
「言われるまでもないよ。」
少し心外そうにベータが即答した。
その語気にラモンドも黙る。
「誰より真実を知りたいのは、このあたしなんだから。そこんとこ、
ちゃんと認識しといてよ?」
「…そうだな、悪かった。」
「ははは、一本取られたねぇ。」
詫びるラモンドと、笑うカンドフ。やがてベータもニッと笑った。
「それじゃ、まあお開きとするか。やっぱり俺は帰る。明日も早出して
とっとと仕事を終わらせて来る。」
「今日と同じね?んじゃ、帰ったらすぐ寝なさいよ。」
「お前はお袋かよ。分かってる。」
そう言い置いてラモンドが椅子から腰を上げる。
と、そこで。
「二人とも。」
やや改まった口調で、ベータがそう切り出した。
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「どうしたの?」
カンドフの問いに、ベータはほんの少しだけ沈黙を返した。
慎重に言葉を選んでいるなと察し、二人はあえて何も言わずに待つ。
そして。
「…訳のわからない事ばっかり言うあたしに付き合ってくれて、本当に
感謝してる。手探りではあるけど、少しずつあたしとその古書と世界の
成り立ちも見えてきてると思う。」
「…まあ、そうね。」
「感謝されるのはまだ早いがな。」
そこで三人は、揃って苦笑した。
「でもね。」
ゆっくりとベータが続ける。
「現時点ではまだ、今のこの世界がゲームなのかそれに似た世界なのか
判断ができない。もちろんそれは、ゲームアバターとして創られたこの
あたしから見てって話だけどね。」
「…つまり?」
「『ブフレの古書』が示す道標は、明らかにゲームのチュートリアルに
近いものだと思う。その本を著したであろう誰かは、手にした人たちに
謎解きさせるつもりでいる。表紙の裏にスワンプトードの事が手書きで
追記されていたのなら、ベータ版で石化させられたあたしと一緒にね。
それはつまり、ここに集った三人にゲームをやれと言うに等しいよ。」
「この世界が現実でもゲームでも、謎解きをやるって点は変わらない。
そういう事ね?」
「……たぶん。」
答えたベータが、あらためて二人の顔をきっかりと見据える。
「この先にまで踏み込めば、きっと危険な事も起こる。沼ガエルなんか
比較にならないような事も。それはほぼ確信してる。」
「だから何だ、手を引けってか?」
「違うよ。」
即答したベータの顔に、それまででもっとも不敵な笑みが浮かんだ。
「覚悟しといてねって話。」
「言うねえ。」
「いいじゃない面白そうで!」
挑発するかのようなそのひと言に、ラモンドもカンドフも笑う。
彼女が無茶苦茶な事を言ってるのはもう、限りなく今さらな話だ。
それに怖じ気づくというのもまた、同じくらい今さらだろう。ならば、
開き直るまでだ。
「ひとつだけ訊く。」
「うん。」
「そのゲームってのは、遊ぶ人間が楽しむために創られたんだよな?」
「もちろん。」
「だったら楽しませてもらおうじゃねえかよ。ここまで関わったんだ、
きっちり元は取るぜ。」
「そうそう!」
「じゃ決まり!」
そう言って突き出された、ベータの右の拳。ラモンドもカンドフも、
迷いなく自分たちの拳を突き出してゴツンと打ち合わせる。
そう。
もうここまで来たら、多少の危険は承知で謎解きを楽しむまでだ。
作り手の思惑がそこにあるのなら、大いに乗ってやろうじゃないか。
迷わぬ者たちの思いをまとう夜は、静かに更けていった。




