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世界を解き明かせベータ  作者: 幸・彦
第1章 ノスタウの街の出会い
12/54

奇跡のゴキブリ

「ごちそうさまでした。」

「けっこう遅くなっちまったな。」

「狭いけど、部屋はあるよ。何なら泊まっていけば?」


食事を終えた三人は、時刻の遅さにかえって開き直っていた。

カンドフが淹れた紅茶を飲みつつ、並んでカウンター席に座る。

気が付けば、かなり長い時間に渡りあれこれと話し合っていた。


「世の常識を根こそぎひっくり返す話ばっかりしてたが、慣れたな。」

「意外と慣れるもんね、確かに。」


ズズズと紅茶を啜る、ラモンドたち二人がしみじみ語る。


「熟年夫婦に見えるよ。」

「勝手に言っとけ。」


茶化すベータのひと言を軽く流し、ラモンドが小さくため息をついた。


「それで、どうするんだお前は。」

「住むところと仕事探そうかな。」

「あらま、ずいぶん現実的ねえ。」

「それしかないもん。」


意外そうな口調で言ったカンドフに向き直り、ベータが告げる。


「それなりにいろいろ分かった事はある。だけど実際、今のこの世界で

通用しそうな要素がなさ過ぎるよ。ゲーム自体が終了してるとすれば、

そっち方面の事情を声高に叫んでも変人扱いされるだけだろうし。」

「まあ…それはそうでしょうけど…現実的ねぇホント。」

「だよなぁ。」


カンドフもラモンドも、どう答えていいか見当がつかない感じだった。


話だけ聴けば、ベータの言っている事はあまりにも荒唐無稽が過ぎる。

「お前の妄想だろう」のひと言で、全て片付けてしまえそうなほどに。

ステータスウィンドウが展開できる事を除けば、ごくごく普通の少女…

と定義しても何の差し障りもない。事実ラモンドも、似たような子供を

何度も補導した事がある。


しかし、そういった普通の感覚ではどうしても説明できない点がある。

加えて言うなら、ベータの説明には決定的な破綻というものがない。

信じるに足る整合性を備えている。スワンプトードを倒した結果として

彼女が現れたのだから、その勢いでもう少し付き合いたい思いもある。

少なくとも、面白そうなのは間違いないから。


とは言え、自分たちの生活を犠牲にして付き合うのはリスクが高い。

謎解きの先にあるものにそこそこの価値がなければ、帳尻が合わない。

ロマンに全振りして生きるにしては二人とも、大人になり過ぎている。


「まあ、それなりに手助けはする。その程度の責任は持たないとな。」

「ありがとう。」


礼を述べるベータの顔は、何となく穏やかだった。ガッカリしたような

色は見えない。恐らく彼女なりに、目の前の現実を見ているのだろう。

ここまでずっと話につき合ってきたからこそ、二人は確信が持てた。


確かに、ゲーム世界という話は実に興味深い。現実だろうと違おうと、

追求してみたい気持ちはある。その点に関しては二人とも揺るぎない。

しかし自分たちはもちろん、当人であるベータも現実を見据えている。

夢物語に等しい話を追いかける事の危うさも、失うものの大きさも。

何も持たないベータですらその点を見ているのに、自分たちが率先して

リスクを選ぶ事はできなかった。


しょせんこの程度かブフレの古書。それとも、俺が期待し過ぎたのか。

だったらあの時、さっさとあの女に売ってしまった方がよかったのか。

………………

いや、そうは思いたくない。もしもそっちを選べば、今もこいつは沼で

石になってるままだったんだ。なら少なくとも、今の結果は悪くない。

これからどうするにせよ、こいつはなかなか面白い。見どころもある。

多少の現金を手にして終わるより、先がある方が性に合ってるよな。


「ま、とりあえず今日は寝ようぜ。後の事はまた明日考えればいい。」


そう言ってラモンドは伸びをした。


「明日は、午後から仕事に出るよ。それまでは付き合ってやるから。」

「助かる。あたしもどうにかして、生活基盤を作りたいからね。」

「ああ任せとけ。カンドフも異存はないよな?」

「もちろん。」


そこまで言葉を交わし、三人はほぼ同時に頷き合った。

消極的だと言われればそれまでだ。それでも前向きに事を進めていけば

また条件クリアするかも知れない。その時はその時。少なくとも今日、

そこそこの実りはあったのだから。


「じゃ、部屋の準備するね。」

「あ、あたし洗いものするんで!」

「いいよいいよ。ゆっくりして…」

「せめてそのくらいしないと!!」


勢いよく言ったベータが、椅子から弾みをつけて跳び下りた。

と、その瞬間。


プチッ!!


着地したベータの右足の下で、妙な音が聞こえてきた。それと同時に、

中途半端な体勢のベータがその顔を露骨に歪ませる。


「何だ、どうしたんだよ。」

「何か思い出したの?」


「違う。この感触はもしかして…」


うわずった声でそう述べたベータが向き直り、そしてさらに告げる。


「ゴキブリ踏んじゃったかも…」

「ええっ?」

「飲食店と思って油断したぁ…!」

「飲食店じゃねえよここは。」

「えっ違うの!?」

「骨董店です!」


ギャアギャア文句を言い合いつつ、ベータはそっと足を浮かせた。

わずかに粘りのある感触が、非常に嫌な確信を生む。あらゆる意味で、

案の定の結果が待っていた。


「ううっ…やっぱり…」


右足の靴の裏を確認したベータが、げんなりした声でうめいた瞬間。


チャリン!!



甲高い金属音が、カウンターの上で弾けるのを全員が耳にした。


================================


「あ?…何だ?」


音の発生源に最初に気付いたのは、怪訝そうな表情のラモンドだった。

カウンターの上でクルクルと回っている「それ」を、指で摘み上げる。

少し遅れて、他の二人もラモンドの摘み上げたものに視線を向けた。


一瞬の沈黙ののち。


「…1000ビドル金貨だと?」

「え?」


ラモンドとカンドフの目が、大きく見開かれる。

照明を受けて輝きを放つその平たい物体は、まぎれもなく金貨だった。


「…コインドロップ?」


それを目の当たりにしたベータが、呆けたような顔で呟いた。


「モンスターの退治報酬…って事?こんな機能が生きてたんだ…」

「オイちょっと待て!」


そこでラモンドが目の色を変えた。


「退治って、要するに魔ゴキブリを潰したからこの金が出たのか!?」

「魔…普通のゴキブリじゃないの?これ。」

「眼球が赤く光るのが魔物なのよ。在来のゴキブリはこれに駆逐されて

ずいぶん減っちゃったわね。」

「アメリカザリガニみたいね。」

「だからどうなんだよ!」

「ええっと…」


詰問口調のラモンドにいささか気を呑まれつつ、ベータが答える。


「多分そう。ベータ版のゲーム世界では、モンスターを倒すと同時に

お金かアイテムが落ちるシステムになってたから。どういうわけか、

それだけが残ってたみたい。」

「つまり…」


手の中の金貨に目を向けたラモンドが、うめくような口調で告げる。


「これはどっかから盗んだとかじゃなく、無から生み出されたのか。」

「だと思うよ。」

「マジかよ…」


そこで黙り込んでしまったラモンドから少し距離を取ったベータが、

カンドフに小声で訊ねる。


「ちょっと訊きたいんだけど。」

「うん?」

「夕方に買ってくれた自動販売機のジュース、いくらだったっけ?」

「1本が25ビドル。」

「ええと、つまり今出たあの金貨で40本買えるって事になるのか。」

「そうみたいね。」


そこでベータも黙り込んだ。

忙しく目だけ動かしながら考える。


ジュース1本が25ビドル。現実で買えば200円強程度の量だった。

単純に円換算するなら、1ビドルは10円くらいと考えていいだろう。

つまりさっき踏み潰した魔ゴキブリは、1匹で1万円になったのか。


「…え、マジで?」


ボロい。

あまりにもボロい。

今日いちにちの街ブラで考えれば、1万円あればかなり買い物できる。

それが、ゴキブリ1匹で手に入る。もはや狂気じみたボロさだ。

マジかぁ…?


「二人とも目が怖いよ。」


さすがにカンドフが引き気味の口調で呟く。しかしラモンドもベータも

完全に目が据わっていた。


「おいおいおい。」

「んふふふふふ。」


鈍い光を放つ金貨を凝視しながら、二人はそれぞれ奇妙な声を上げる。

ドン引きしていたカンドフもまた、いつしか面白いものを見るような

目をしながら笑っていた。


急転直下。



三人の目の前には、かなり俗っぽい可能性の平原が広がりつつあった。

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